突然の停電は決まって良くないことが起こる

「あぁ~! やっとベッドで眠れるっスよ~!」


 フィオが白いベッドに、どっかり寝転びながら言った。

 ミドとキールの二人も着替えて休む準備をしている。キールはメイド服のまま椅子に座って足を組みながら考え事をしている様子だ。ミドがキールに話しかける。


「どうだった? 何か分かった?」

「いや……ザペケチ本人に怪しい動きはなかった。ただ、この屋敷の外と中を見た時に違和感は感じた。大まかな屋敷の地図は頭に入ってるんだが、どうも外観の大きさと中の広さが食い違ってる気がする」


 キールが深刻な顔をしていると、フィオが入ってきて言う。


「何言ってるっスか~。あれだけゴミ溜めてたら、屋敷の中も狭くなるっスよ」

「それだけじゃねえ、上から屋敷を俯瞰しても見たが、やっぱりおかしい。この屋敷には隠し部屋があるはずだ。おそらく、今オレたちがいるこの東側の方にな……」



 バチン――



 その時だった、突然の停電で部屋の中が真っ暗になった。


「ててて、停電っス!? 光は! ランタンはどこっスか!?」

「静かに、誰か来る……!」


 真っ暗な闇の中、部屋のドアの向こう側から誰かの走る足音が微かに聞こえた。その足音は部屋の前までくると立ち止まった。その人物は息が荒くしながら、部屋の中に意識が向いているのが分かる。

 キールは鈍く光る真っ赤な鋼線を口で引っ張り出し、その人物が入ってきたら即座に捕らえる準備をして警戒している。フィオはまだ暗闇に目がなれておらず、両手をわなわな動かして混乱している。ミドはドアの向こうを真顔で見ていたが、鼻をクンクンさせて匂いを感じ取ると、目を丸くした。


 カチャ……


 ドアがゆっくりと開かれた。

 その瞬間に、キールが鋼線で入ってきた人物を捕らえて言った。


「動くな」

「………………」

「何者だ?」

「………………」


 何も答えないその人物にキールがしびれを切らして鋼線を縛る強さを上げようとすると、


「待ってキール!」


 ミドがキールを止めに入る。

 キールがその声に反応して手を止めると、フィオがランタンを持ってきてその人物に光が当たる。

 光に照らされて立っていたのはエイミーだった。


「エイミー……どうしたの??」


 ミドが心配して言うと、エイミーがつぶやいた。


「にげ、て……」


 すると、エイミーはミドに寄りかかるように倒れ込んできた。ミドは一瞬エイミーの体に触れたことに喜ぶが、よくよく観察するとエイミーは背中を切られて出血していた。血液がエイミーの衣服を真っ赤に染めていく。

 ミドは自分の手に彼女の赤黒い血液が付着してるのを確認しながら言う。


「こ、れは……?」

「あらあら、悪い子ね。周りを巻き込むなんて……」


 その時、廊下の奥から女の声が聞こえてきた。ミドとキールは声の方向に意識を向けた。するとその先にいたのは美しい女性だった。

 白くて長い髪を腰まで伸ばしており、その瞳は血のように赤黒い色をしていた。胸元が開いたワインレッド色のドレスに身を包み、黒いヒールを履いている。それだけなら問題ないのだが、ミドとキールが警戒を強めているのはそこじゃない。女の両手には鋭利な肉切り包丁が二本握られていた。見間違いでなければ、それは赤い液体を滴らせているのが確認できた。

 すると女は小首を傾げながら笑顔で言った。


「ごめんなさいね、あなたたちを巻き込むつもりはなかったのよ。でもその娘がここまで逃げてきちゃったから仕方なく……」


 女はまったく悪びれる様子もない。エイミーはミドに寄りかかって倒れたまま虫の息だった。ミドは目だけを動かして確認すると静かに言った。


「キール……」

「了解」


 キールは一瞬でミドの意図を察して、目の前の不気味な女を真っ赤な鋼線で縛り上げる。すると女は「あん……」と喘いで嗤い、どこか楽しんでいるようだった。


 ――ガシャン!


 そしてミドはエイミーを抱えて部屋の窓を割って飛び出した。キールとフィオもそれに続く。すると女はニヤリと嗤って言った。


「賢明な選択ね……でも焦っちゃダ~メ。だって……こんなに目印を残したら、私からは逃げられないわ」


 女は部屋の床と、窓の外の地面をじっとり見つめて言う。そこには、赤黒いエイミーの血液が点々と地面に残されていた――





 ミドは、血だらけのエイミーを背負って走った。その後ろをキールとフィオが走ってついてくる。


「おいミド、出血が酷すぎる! 早く手当して止血しないとまずい!」


 キールはエイミーの傷を心配してもいたが、流れ出る血の足跡があの不気味な女への目印になることに気づいていた。

 ミドは気を失っているエイミーを一瞥すると、キールに向かって小さく首を縦に振る。そしてミドは走りながら貧民街にある廃墟の中へ逃げ込んだ。

 廃墟の中は埃が待っていて空気が淀んでいた。硬く冷たい床には埃が積もっていた。このような衛生的に問題のある所に重傷者を寝かせるわけにはいかない。ミドはエイミーを抱きあげたまま目をつぶり、ゆっくり開くと廃墟の床を歩き始める。

 ミドが床を踏むと、突然樹木がニョキニョキと生えてきて簡易的なベッドが作られる。その上にはふかふかの芝生が生えてきた。ミドは、そこにエイミーを横にゆっくり寝かせた。

 そして、キールがエイミーの背中の傷を見て言った。


「どういうことだ!? 傷の治りが、遅すぎる……」


 エイミーは吸血鬼族との混血であり、少々の傷なら瞬時に治ってしまうほどの回復力を持っている。大きな傷を負っても、すぐにとは言わないが手当てをすれば一~二日ほどでカサブタが残る程度まで回復できる。しかし現状の傷はふさがる気配がない、むしろ酷くなる一方だ。

 キールは自らの知識を総動員して導き出される結論は一つしかなかった。


「クソっ……毒か」


 キールは毒と薬に関して非常に詳しかった。元盗賊という経験の中で様々な毒草や薬草などを使用してきたのだ。

 エイミーを切ったあの女の肉切り包丁には毒が塗られていたのだろう。しかし、毒といっても何でもいいわけではない。混血の吸血鬼族に対して効果的な毒でなければ意味がない。だが、その毒は現代では入手することは困難なはずだった。


「混血の吸血鬼に一番毒なのは……純潔の吸血鬼の血だ」


 混血にとって純潔の血液は刺激が強すぎて劇薬と呼んでもいいほど強力だ。エイミーは吸血鬼の血を引いているといっても、それは半分であって残り半分は別の種族が混じっている、つまり吸血鬼の血は薄い。そこに純潔の血液が入り込むことで、傷の回復を行う免疫機能を阻害するのだ。


「どうするっスか!? このままじゃ、エイミーちゃんが!!」


 フィオは慌てふためき、必死に傷口から出血を止めようとしている。このままではエイミーは出血多量で死に至るだろう。

 その時、ミドは決断する。


「……ボクの血を使おう」

「――!? 待てミド、それは……」

「彼女を今ここで死なすわけにはいかない」


 キールは苦しそうな顔をした。今ここには適切な知識をもった医者はいない。キールも毒と薬に関しては知識はあるが、医療に精通しているわけではない。現状で頼れるのは、ミドの血に含まれる成分『世界樹の雫』の力だけだった。

 そして、キールはミドに言う。


「分かった……だが約束だ、絶対に無理はするな」

「うん、分かってるよ」


 ミドは掌を切るとそこから血が流れ出る。指先から落ちるミドの血がエイミーの背中の傷に落ちていく。


 ポタ……ポタ……ポタ……


 そしてミドは、掌でエイミーの大きく切り開かれた背中の痛々しい傷に優しく触れていった。

 ミドの血がエイミーの傷口に落ちると、水色の光を発しながら傷口が塞がっていく。そして出血が止まり、カサブタになって剥がれ落ちる。

 エイミーの呼吸はまだ浅かったが、それも徐々に落ち着いてきた。


「うぐっ……」


 ミドはかなりの量の出血で目の前が真っ白になり、足元がふらついて倒れそうになる。すると、キールとフィオがそれを支えた。


「それ以上はダメだ、ミド。お前の体が持たなくなる」

「そうっスよ、ミドくんの出血大サービスは見てて心配になるっス」


 ミドは二人に支えられながら言う。


「ごめん……いや、ありがとうだね」


 するとキールとフィオは少しだけ微笑んだ。






 エイミーは、まぶたを震わせながらゆっくり目を開けた。


「おはよう、目が覚めた?」

「……旅人、さん?」

「まだ傷は痛む? ほぼ完治してると思うんだけど」

「え……? 傷って……あれ!?」


 目の前には深緑色の髪の毛をした見覚えのある人物が目に入った。そしてエイミーは背中の傷に触れると、ほぼ完治している状態に驚く。まだカサブタは所々残っているが、それでも大きく切り開かれていた傷が魔法のように治っていた。

 エイミーは自分の吸血鬼の血による回復力でも、これほどの急速な回復は不可能であることを理解していた。だからこそ聞いてしまった。


「……どうやって??」

「ん~、それは乙女の……いや、女神の秘密かな~」


 ミドはさらりとエイミーの質問を回避する。エイミーはかわされたことに気づいて眉をひそめる。すると、ミドは真剣な表情でエイミーに問いかけた。


「何が、あったの?」

「………………」


 エイミーは口をつぐんだ。


「説明してくれると、ボクも助けた甲斐があるんだけどな~」

「……分かりました」


 エイミーは助けられたという感謝と問題に巻き込んでしまったという罪悪感から、ミドたちに何があったのかを経緯を話すことにした。






 エイミーは暗い通路を歩いていた。

 ザペケチが入っていったと思われる謎の隠し通路。空気が少し湿っており、生臭さを感じる。壁に触れると軽く粘着性を感じる程度にベタベタしていた。

 しばらく歩くと一〇〇メートルほど先に壁にかけてあるランプの明かりが見え始めた。あれが隠し部屋なのだろうか。エイミーはその光に向かって歩いて行った。

 ランプの光が近づいてくると、微かに奇妙な音が聞こえてきた。


「ずずず……ずずず……じゅるじゅる……じゅぽじゅぽ……」


 何かをすするような、吸っているような不気味な音が聞こえてきた。エイミーは少し不安になって足が止まるが、その音の正体を知りたくなる。もしかしたらザペケチ様が隠れて夜食を食べているだけかもしれない。夜遅くに食べるのは健康に悪いからダメだと言っているのに、ザペケチ様には困ったものだ。

 エイミーは部屋の中に足を踏み入れる、そして音の方向に声をかけた。


「ザペケチ、さま?」


 ――すする音が止まった。


「おやおや……エイミーは、いつから他人の秘密を覗く悪い子になったんですか?」


 ザペケチが振り向かずに言った。そしてゆっくり振り返ると口元を真っ赤にした状態でニンマリと嗤う。

 エイミーはザペケチが手に抱いている物体を見て絶句する。そこにあったは――


 ――少年の死体だった。


 その一〇歳に満たない少年は陰部を切り落とされた状態で、そこから大量の血液が流れ落ちていた。吸い出しやすいように根元から数センチだけ残して切り落とされた陰部に、ザペケチは再び口をつけて血液を吸い出した。

 エイミーは目の前の光景に一瞬絶句してしまう。そして震える声で言った。


「ザペ、ケチ様……?? 一体、な、にを、して……」

「すみません、夜食は身体に悪いと分かってはいるのですが……あんなにおいしそうに育っているのを見ていたら、我慢できなくて……」


 ザペケチは少年の死体を撫でながら言う。


「でも丁度よかった。帰る前に、この少年なまごみを捨ててきてもらえますか? まだ切り分けていつものゴミ袋にまとめていないのですが、このままで問題ないでしょう」

「さっきから……何を言ってるんですか!?」

「おや、簡潔に説明したつもりなのですが?」


 ザペケチは悪びれることもなく言った。エイミーは怒りに震わせながら言った。


「こんなことして……許されると思っているんですか!?」

「難しいでしょうねえ……」

「まさか、ここに集められた子どもたちは……!? 身寄りのない子どもたちを助けるためじゃなかったんですか!! それが正しいことだからって――」

「そうですよエイミー、これは正しいことなんです。吸血鬼族の血を引いている君なら理解できるでしょう?」

「分かる訳ない! あなたのやってることは正義に反しています!!」

「正義……ですか。果たして正義とは、一体なんでしょうね?」


 ザペケチは真っ赤な口元をハンカチで拭いながら言う。


「正義とは、己の主観にすぎません。間違っているのはエイミー……あなたの方ですよ」

「何を、言って……」

「吸血鬼の本質を捨てて、人間にでもなるつもりだったんですか?」

「吸血鬼……? 本質??」

「おやおや、吸血鬼の本質を忘れてしまったんですか? 嘆かわしいことです。血を吸えない吸血鬼など、もはや吸血鬼ではないですね……」


 ザペケチはエイミーの反応に肩をすくませながら、ため息をついた。その時エイミーはザペケチの言い回しに違和感を感じて言った。


「吸血鬼は、人間の血を吸わなくてはならないのです。それが天から与えられた役目であり、正しい行為なのですよ」

「ちょっと待って!? もしかして、あなたは吸血鬼族なの??」


 ザペケチはエイミーの質問に少し沈黙して、長し目をしながら言った。



「――いいえ、私は『人間』ですよ」



 するとエイミーは、ますます訳が分からなくなってが言う。


「じゃあ……どうして???」

「私はね、吸血鬼に敬意を表しているんですよ。だって、こんなにおいしい食材に太古の昔から気づいていたのですから……素晴らしい美食家ではありませんか」


 ザペケチは、少年の死体を一瞥しながら言う。

 しかしエイミーの中に疑問が浮かんでくる。エイミーも元々はザペケチに拾われた孤児であり、殺されていても不思議はなかった。しかし彼は殺さなかった。エイミーはそれが分からず問いかけた。


「どうして、私は……殺さなかったのですか?」

「エイミーは特別でしたからね。吸血鬼は唯一分かり合える存在だと思っていました。ですが、あなたも私を否定するのですね……残念です」


 パチン!


 ザペケチはとても寂しそうに俯いたかと思うと、突然真顔になって指を鳴らすと、突然部屋の灯りが消えた。


「秘密を知られてしまったからには仕方がありません……今までご苦労様でした。楽しかったですよ。エイミー」

「――!?」


 それは一瞬の出来事だった。

 エイミーは背中に何かが当たるのを感じて、気づいたら倒れていた。

 じんわり人肌ほどの温かい液体が体中に伝わり、衣服に染み込んでくるのが分かった。そしてその後に、一気に肌の感触が敏感になって激痛が流れ込んでくる。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 するとエイミーの横に歩いてくる足音が聞こえる。すると女の声が聞こえてきた。


「あらあら、ごめんなさい。すぐに終わらせてあげるつもりだったのに……」


 エイミーが奥歯をカチカチ鳴らして、震えながら顔を上げた。するとそこには、白くて長い髪を腰まで伸ばした真っ赤な瞳の美女が、こちらを見降ろしていた。


「よかったの? あなたのお気に入りの子だったんでしょ?」

「構いませんよ、ゾイ。それはもう吸血鬼ではありません。人間でもありませんがね」

「あら、そう。でも私も彼女の血はダメなの。可哀想だけど、このまま苦しんで死んでもらうしかないわね……」


 エイミーは両目を見開いてザペケチに言い放つ。


「あなたは、人間じゃ、ない……!!」

「それは違います。人間じゃないのはエイミー……あなたの方です」


 そしてエイミーが震えながら力を振り絞り、立ち上がってザペケチに向かって言った。


「あなたは、間違ってる!! こんな残酷な行為が、正しいはずが、ない!!」


 そして自分の血の水溜りに滑りそうになりながらも、力の限り逃げ出した。するとエイミーの血が白い女に飛び散った。


「あら、危ない!」


 ゾイと呼ばれた白い女は、エイミーの血を一滴残らず避けた。そしてザペケチに問いかける。


「どうするの? 追いかける?」

「もちろんです、必ず始末しなさい。秘密が洩らされる前に……」

「報酬は?」

「そうですねえ……今度は知り合いの若い男性を紹介しますよ」

「あら、いやだわぁ……若い殿方の血なんて、久しぶりで興奮しちゃう」


 ヨロヨロと必死に走りながら、後ろからザペケチとゾイと呼ばれた女の話声が微かに子消えていた。そしてエイミーは危険を知らせるために、旅人たちの部屋へと向かったのだった――

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