ついに対面! 白い刺客「ゾイ・ゲルヴィラ」

「そっか……」


 エイミーの話が終わると、ミドはほんのり微笑んだまま言った。

 しかし、胡坐をかいて座っているミドの組まれた両手には、グググっと力が入っているのが分かった。


「面倒なことになったな……」


 キールが呟いた。


「とにかく、場所を変えるぞ。あの女に見つかる前に身を隠したほうがいい」


 現状、エイミーの傷はミドによってある程度回復させることに成功したのだが、その代償としてミドはしばらく満足に動けないだろう。今は体力の回復に専念するのが得策だった。

 さらに、現在地には逃げてくるまでのエイミーの血痕が残されている。白い髪の女が追いかけてくるもの時間の問題だ。

 するとフィオが腕を組みながら言う。


「お話に花を咲かせている余裕はないってことっスね……邪魔が入る前にさっさと退散するっスよ」

「あらあら、お邪魔だったかしら?」

「――!?」


 背後から声が聞こえた瞬間にキールが後ろを向く。すると鋭利な刃物がキラリと光るのを目の片隅に確認し、ナイフを声の方向に三本投げつける。ミドはエイミーの手を引いて走り出し、フィオがそれについて行く。

 キールのナイフは一本目は空を切り、二本目は金属が弾かれる音と共に床に落ちる音がした。そして飛んでくる三本目を手で「パシッ」と掴んで言う。


「いきなり逃げるなんて、つれないのね。でもいいわ……こんな楽しい鬼ごっこなんて久しぶりよ」


 白い髪の女は恍惚な表情をしていた。そして、「――ダンッッッ!!」という床を蹴る音が聞こえると、一瞬でミドとエイミーの目の前に現れて言った。


「逃がすわけないでしょ」


 その時、キールが紅い鋼線を両手から飛ばす。白い髪の女は真っ赤な鋼線に全身を巻き取られて縛りつけられた。真っ赤な鋼線からギリギリギリという小さな音が部屋に響く中、キールは白い女に睨みつけて言う。


「てめぇ、オレの鋼線からどうやって抜け出しやがった……!」

「あなたの縛りつける愛……とってもステキだったわ。でも束縛はダ~メ」


 キールは逃げるとき、屋敷の壁に女を紅い鋼線で縛りつけて身動きを捕れないようにしていた。しかし白い女はいとも簡単に解いてきたようだった。

 キールが白い髪の女に問いかけた瞬間、突然女がくねくねと体をよじりながら自分の身体をキールの鋼線に擦りつけた。

 キールの鋼線は下手に動くと皮膚を切り裂いてしまうほどの鋭利な鋼線である。当然、女から真っ赤な血が流れ出して体中を流れていった。

 キールは、白い女の行為の意味が分からず言葉を失う。すると見る見るうちに、キールの紅い鋼線がほつれて切れていくと、パラパラ……と落ちていった。何が起きたのか一瞬理解できず固まっていると、瞬時に理解した。


「まさか……純血、なのか??」

「正解」


 白い女は、ただニタっと嗤って言った。


「――!?」


 次の瞬間――

 キールは瞬時に身をねじってかわそうとするが、気づくと肩を切られて膝をついていた。キールは片手で流れ出る流血を止めようと押さえる。

 そして白い女が標的ターゲットであるエイミーを一瞥して言った。


「あら……? その娘、傷が癒えてるのね。どういうことかしら? 吸血鬼族でも、そう簡単に治るような傷じゃないはずなんだけど……」


 白い女は、ぐるっとキール、フィオ、そしてミドとエイミーを睥睨する。

 廃墟の中には、月の光が流れ込む。その淡い微かな光が、ミドの顔を照らす。すると、 月の光に照らされたミドの髪が深緑色に輝いていた。それを見た白い女はさらに嬉しそうに言った。


「あら、やだ……その珍しい緑色の髪、もしかしてあなた、有名な『死神』さんじゃないかしら?」

「………………」


 ミドは何も答えない。


「隠さなくてもいいのよ。裏の世界じゃあ、あなたは有名人ですもの」

「………………」

「でも本当なのね。人を殺すこともあれば、生かすこともある。女神に愛された殺し屋とは聞いていたけれど、その娘の傷をこの短時間で癒したところを見ると……信じざるを得ないわ」

「………………」

「あ、そうそう。自己紹介がまだだったわね。私はゾイ・ゲルヴィラっていうの、同業者同士、仲良くしましょうね。死神さん💗」

「勝手に、話を、進めるな……!」


 ミドがしばらくの沈黙の後、フラフラの状態で白い女に言い放つ。


「純血、ってことは……お前も、吸血鬼族、なんだな?」

「ええ、そうよ」

「お前、なん、で、エイミーを、狙ってる?」

「簡単よ、殺せと言われたから殺す。それだけよ」

「同じ吸血鬼同士の、仲間じゃないのか?」

「同じ種族同士で殺し合う……人間も同じでしょ? 種族は関係ないわ」

「なるほど、はは……こりゃ、参ったね……」


 ミドはゾイの説得は不可能に近いと察した。

 その時、ミドの足元がふらつき、キールが瞬時にミドを支える。ゾイはそれを見逃さなかった。鋭い眼光で射抜くように見つめている。

 キールは現状をどう打開すべきか考えていた。

 今のでゾイに、ミドが負傷していることに気づかれてしまっただろう。

 エイミーの傷はある程度は回復したとはいえ万全ではない。ミドはエイミーの傷を癒すために血を流して体力を消耗している、フラフラの体では戦うのは無理だ。

 かと言って、キール一人でゾイと名乗る白い髪の女とりあうのは分が悪い。キールが単体で残り、フィオにミドとエイミーを任せて逃がしたとしても、それはゾイにフィオたちが戦えない状態です、と教えているようなものだ。それをゾイが見逃すはずがない。戦えないミドとエイミーという弱点を真っ先につくのは暗殺者として当然の判断だ。となると、キールが一人でゾイを足止めするのは愚策と言える。

 キールは瞬時に判断して行動に移した。


「……今は逃げるのが先決だ。フィオはミドとエイミ―連れて逃げろ!」

「何言ってるっスか!? それじゃキールが……」

「いいから早くいけ!!」

「りょ、了解っス!」


 キールが焦った表情で言うと、フィオもそれを察して返事をする。そして、ミドとエイミーの手を引いて走り出した。それを見ていたゾイが言う。


「あらあら、それは悪手じゃないかしら?」

「うるせぇよ、クソ女……」

「クソ女だなんて、傷ついちゃうわ。でも、そういう言葉攻め嫌いじゃないのよ」

「上等だ……二度と動けねぇように再起不能にしてやるよ」

「あらやだ、動けなくなるほど感じさせてくれるのね。嬉しいわ……まずは、あなたから頂こうかしら。でも……」


 ゾイは頬を紅く染めて、包丁を舐めると「ギュオンッ――」と一瞬で飛び出してきた。しかしゾイはキールではなく、その後ろのフィオたちを狙って飛び出した。


「弱点を突くのは暗殺の基本よ」


 ゾイはキールに目もくれず、ミドとエイミーを狙って包丁を振り上げた、その時だった。


「――そう来ると思ってたよ」


 キールはゾイが自分から意識を逸らしたことのを確認すると、紅い鋼線を片手で引っ張る仕草をする。すると、ゾイが包丁を振り切るが、部屋中に張り巡らされた紅い蜘蛛の糸のようなものに阻まれて、包丁を絡み取られる。

 ゾイが包丁を奪われて空中でバランスを崩していると、キールは先ほどゾイに切られた自身の腕の傷に指を突っ込んで流血させた。


「くらえ、クソ女!」


 そしてキールがおもいきり手を振ると、血しぶきがゾイの両目に飛び散る。すると、ゾイの目から沸騰するように煙があがって皮膚が焼ける音がした。


「きゃあああああああああ!!」


 ゾイが一瞬立ち止まる。するとキールは、すかさず懐から薄く黄色い透明な液体が入った二本の注射器を人差し指と中指と薬指で挟んで取り出し、ゾイが両目を開けて動き出す前に投げつける。二本の注射器がゾイの両目に「サクッ――」と突き刺さるとゾイが悲鳴を上げた。


「あぎゃあああぉおおおおぁああ!! 目がああああ!! 痛いぃぃいい! 痛いわぁあああ!!」


 狩りの基本はタイミングを掴むことである。最も隙ができるタイミングを射抜けば、どんな獲物も刈り取れるだろう。そのベストのタイミングとは、その獲物が別の餌を刈り取ろうとしている瞬間だ。どんな狩人でも獲物を刈ろうとしている瞬間だけは、そこに意識が集中するために、第三者に狙われていることに気づかず隙ができるものだ。

 吸血鬼だろうとそれは同じ。キールはゾイがフィオたちを狙うことは最初からわかっていた。だから、あえて逃がしたのだ。


 ゾイが自身の目から注射器を引き抜いて、両目を手でおさえてもがき苦しむ。そして、ポッカリ開いた穴と真っ赤に充血させた目を見開き、キールを睨みつけた。

 するとキールが自身の腕の出血を抑えながら、いつも使っている紅い鋼線を見せながら、ゾイを見下ろして言う。


「この血鬼けっき鋼線こうせんは、オレの血を染み込ませて強化してある。でも純血のお前が相手じゃあ、混血は負けちまう。だからお前を拘束するのは不可能なようだが、その包丁は別だろ?」

「混血!? あなた、まさか……!?」

「ここにいる吸血鬼が、エイミーとお前だけだと思うなよ……オレにも流れてんだよ、吸血鬼族の血がな」

「たかが、混血ハーフの血で……純血の私が……!!」

「一瞬でも動きを止められれば十分だったからな。お前がオレの思惑通りに隙を作ってくれて助かったよ」

「まさか……逃がすと見せかけて、囮に使うなんて……!!」

「相手の弱点を突くのが基本なら、相手の隙を狙うのも基本だろ」

「あぐぅうう……」


 ゾイが痛みに耐えられず、四つん這いで床に伏せると、キールが追い打ちをかけるように言う。


「あ、言い忘れたが……さっきの注射の中身は、オレ特性の猛毒サービスだ、ありがたく受け取って失明してくれ」


 キールは自身の吸血鬼族の血に関して調べ尽くしていた。彼自身が毒学や薬学を専門にしているというのもあるが、当初の目的は自分の中に流れる血の弱点を知ることだった。

 純血の吸血鬼の血は、混血ハーフの吸血鬼にとって猛毒だが逆も然りである。猛毒とまでは言えないが、一時的に動きを止めるくらいの毒性のある刺激は与えられる。石鹸液が目に入って、目を開けられなくなるようなものだ。

 しかし、キールはそれだけでは満足しない。

 キールは人間はもちろんのこと、吸血鬼にも効く猛毒を使った。それは血液をゼリー状に固めてブヨブヨにしてしまう恐ろしい代物だ。純血の吸血鬼でも、それは例外ではない。

 ゾイの両目は真っ赤に充血して膨れ上がり、今にも破裂しそうになっていた。

 それを震えながら、若干引き気味で見ていたフィオにキールが言った。


「なにぼさっとしてんだ! 今のうちに逃げるぞフィオ」

「りょ、了解っス! ……あれ、なんかデジャヴっス」


 フィオは、ちょっと前と同じ返事をした。

 キールはミドを背負い、フィオがエイミーの手を引いて廃墟から出て行く。廃墟の中に走って逃げる足音が響き渡り、徐々に小さくなっていく。

 そして廃墟からは、吸血鬼の悲鳴が響き続けていた――






 廃墟から逃げた後、キールの判断で一時的に隠れることになった。

 エイミーの部屋は、すでにザペケチの追っ手が向かっているに違いないため論外だ。ミドたちが泊っている宿も、おそらく情報は筒抜けだろう。かと言ってホームレスのように橋の下や下水道に手負いのミドやキール、エイミーを連れていくなどありえない。変な病気にでもなったらそれこそ取り返しがつかなくなる。


「クソ、身を隠れる場所がねぇ。どうすれば……!!」


 キールが思い悩んでいると、フィオが提案を出してきた。


「一つだけあるっスよ。誰にも知られてない隠れ家的な秘密基地が」


 キールが怪訝な顔をすると、フィオは大丈夫と胸を張っていた。そうして訪れたのが現在の居場所である自然公園の中だった。


「いや~、二回もこの秘密基地に助けられるとは思わなかったっスよ」

「なるほど、ミドがココを作ったのか。確かにこれなら簡単には見つからないだろうな」


 キールたちが訪れたのは、以前ミドとフィオとエイミーが衛兵たちから逃げるため隠れた巨大な樹木の中であった。中は意外と広く、四人でも感覚を開けて座れるほどの広さだった。

 そこにミドとエイミーを休ませて、今後の行動指針を相談していた。


「もう……あの屋敷には、帰れません」


 エイミーはそう言って、膝を抱えて震えていた。するとキールがエイミーに言う。


「しばらく身を隠した方がいい……」


 おそらく、ザペケチは秘密を知ったエイミーを血眼ちまなこになって探すだろう。もちろん命を奪うためにだ。エイミーにはしばらく隠れてもらって、今後の偵察はキールが単体で動くことになるだろう。

 エイミーを一人にするのは危険なため、キールが出るときはフィオが必ず側についていてもらうことになる。

 あまり想像したくはないのだが、自ら命を絶ってしまう可能性があるほど、今のエイミーは精神が疲弊しているように見えた。フィオのポジティブな性格がエイミーを元気づけられれば良いのだが、それが逆効果にならないかも心配だった。

 なんにせよ、今エイミーは下手に動かないのが吉だとキールは判断している。

 エイミーを一瞥すると、奥歯をカチカチ鳴らしながら震えが止まらない様子だった。


「ふぁあああ~……眠くなってきたっス……」


 フィオは大きなあくびをして言った。さっきまで殺されかけていたというのに、今は安心しきっている様子だった。まったく鈍感というか図太いというか……。

 キールは何気なく自分の持っている時計をとりだして時間を確認した。すると、時刻は既に深夜一時を回っていた。


「今日は、もう休んだほうがいいな」


 キールが時計を懐にしまってつぶやいた。

 ミドは途中で気を失ったようで、隠れ家に到着する前から眠っている。フィオは床に大の字になって眠った。キールは壁に寄りかかったままナイフなど武器を手に持ち、いつでも動けるような状態で眠りについた。


 ――エイミーは一人、不安で眠れなかった。

 あまりにも色々なことが一気に起こりすぎて頭の中が混乱していたのだ。


「私も、ちゃんと休まないと……」


 エイミーは横になって目をつぶる。

 明日はミドたちの滞在期間、三日目の最終日だった――

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