第77話 森野家の茶の間

いつものように突っ込みを受けて、私は目の前に立っているのが、夢でも幻でも宅配員でもない、里見先輩その人だという現実をやっと受け入れる事ができた。


急に疑問がわき出てくる。


「先輩、わざわざ、家までどうしたんですか?

私、今日一度帰るつもりでしたのに…。何か急ぎの用でも…。」


「いや、それは、その…。ちょっと君とご両親に話があって…。」


先輩は少し口ごもると、目を逸した。


「??」


「君、その格好…。」


「あ。」


言われて、自分がよれよれのTシャツ一枚の姿だった事を思い出した。


奥から、お母さんが飛んできた。


「あらあら、浩史郎くん。いらっしゃい。よく来てくれたわね。さぁ、りんご、居間までご案内…して…。」


愛想よく里見先輩に応対していたお母さんは、私の格好を見ると、目を剥いて、パンと頭をはたいてきた。


「あんた!まだそんな格好してたの?着替えとけって言ったでしょ?」


「いったぁ!だって、お母さんが宅配の人だっていうから…。」


私が頭に手をやり、不服そうに口を尖らすと、そっと耳打ちされた。


「サプライズを演出しようと思ったのよ。それなのに、もう、バカ!下着透けてるっ。」


!!


よく見れば、水色のレースのキャミソールと、パンツのセットのラインや色がTシャツの上からもうバッチリ分かる感じにうつってしまっていた。


「うわぁっ。」


私は赤くなって体を隠すようにして、お母さんの陰に隠れた。


「いや、見てませんから。」


先輩は、視線を逸したまま、気まずそうに言った。


お母さんは、取り繕うように、里見先輩に笑いかけた。


「こ、浩史郎くん。ごめんなさい。ちょっと待っててくれる?」


お母さんは私を先輩から後ろ手に隠すように、後ずさると、奥の寝室まで引き立てていった。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


さっきまで、のんびりしていた森野家の茶の間は、雰囲気が一変していた。


アヒルの家族に紛れ込んだ白鳥のように、一人品のよいイケメンオーラを放ちながら、何やら緊張している様子の里見先輩。


そんな先輩にこやかに応対しながらも、どこか緊張を隠せないお父さんとお母さん。


そして、急に珍客が来て、何だろう?と顔を見合わせてワクワクしている様子のいーちゃん、かっくん。


そして、何が起こっているのか、ちっとも分からないまま、去年の夏に買ってもらい、まだ2回しか着ていないよそ行きの紺色のワンピースを着せられ、所在なげに先輩の左隣に座っている私。


張り詰めた空気の中、その場にいる全員が、落ち着かない気持ちを抱えながら、事の成り行きを見守っていた。


「あの、突然お伺いしてしまってすみません。これ、よかったら皆さんでどうぞ…。」


先輩が、おずおずと差し出したのは、家の近くにあるコージーコー○ーのケーキセットだった。


かっくんといーちゃんは歓声を上げた。


「あらあら、これは大層なものを頂いてしまって!気を遣わないでいいのに。浩史郎くん、ありがとうね。」


「いっ、いえ。」


「私、苺ショート!」


「俺、チョコケーキ!」


今食べたいと色めき立つツインズに「これっ」と嗜めつつ、お母さんは里見先輩にすまなさそうに言った。


「頂いてばかりで申し訳ないのだけど、今出してしまって、よいかしら?」


「全然構いません。どうぞどうぞ。」


「ありがとう。ごめんなさいね。ちょっと失礼します。」


と言ってお母さんがキッチンに向かうところを私も後を追った。


「わ、私も手伝うよ。」


茶の間に続くドアを閉めるとお母さんは私にケーキをお皿に盛りつけて運ぶように申し付けた。


お母さんはお客様用の紅茶を淹れている。


「里見先輩。どうして家に来たんだろ?さっきの電話里見先輩からだったんでしょ?何て言ってたの?」


「あんたと私達に直接話したい事があるから、お家にお伺いしてもいいですか?って。それだけよ?まぁ、だいたいどんな内容かは想像つくけど。」


「えっ。何?どんな内容なの?」


「それは、お母さんが言うよりも、浩史郎くんがこれから話してくれる事を聞いた方がいいでしょうよ。」


「ええ?お母さんのケチ!」


「ケチじゃないよ。浩史郎くんの顔を見たらすぐ分かることなんだけどな。ホラ、早くケーキ持って行って。」


私はお母さんに小突かれ、仕方なくケーキの皿を茶の間のテーブルに運びに行った。


先に里見先輩に運ぼうとしたが、先輩はきっちり正座したまま、ジェスチャーで、「ご家族に先に」と伝えてきた。


先輩に「すみません」と頭を下げ、

お父さん、お母さんに、ゼリーと、苺ムース

いーちゃん、かっくんに、苺ショートとチョコケーキ、と順に運んで行き…。


「先輩、オレンジケーキでよかったです?」


「ああ。何でもいいよ。」


その緊張ぎみのお顔をじっと見てみるが、これから先輩が何を話したいのか、さっぱり見当もつかなかった。


「も、森野…?」


じっと見られた先輩に不思議そうに問われ、我に返った。


先輩は少し顔が紅潮して、汗をかいているようだった。


「あっ。いえ。お部屋の中少し暑かったですかね?」


「あ、ああ。そういえば少し、暑いかもな…。」


私は慌ててエアコンの温度を下げに行った。




*あとがき*


次回は1/16(月)投稿予定です。

1/16〜1/24まで毎日投稿になりまして、

1/24(火)完結予定となります。

どうかよろしくお願いしますm(_ _)m

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る