第73話 森野の日記⑤
【5月13日(木)】
またも緊急事態です!!!
今月の食費をほぼ使い切ってしまった!
今日は夢ちゃんの家へ行って、久々にたくさん話せてよかった。
帰りが遅くなると連絡すると、里見先輩は快く承諾してくれ、「気を付けて帰って来いよ。」とまで言ってくれた。
最近、お風呂掃除を引き受けてくれたり、少しずつだけど、先輩の態度が軟化してきたようだ。
何か嬉しい…。
帰ったら、もっと信じられない事に、先輩が夜ご飯を用意してくれていた。
里見先輩のピンクのエプロン姿にはビックリしたけど、作ってくれたパエリアとスープ、サラダはどれも激ウマで、夢のようだった。
と、ここまでは、よかったのだけど…。
なんと、このご飯の為に食材と道具(高級フライパン)で、今月の食費をほとんど使い切ってしまったことが発覚!!
急遽、以前登録していた短期バイトの事務所に電話して、土日でバイトをして、食費分のお金を稼ぐ事にした。
ホッとしたのも束の間、里見先輩が食費を使い切った責任を感じてか、「俺もバイトをする。」
と言い出した。どうなることやら…。
【5月15日(土)・5月16日(日)】
今日から2日間、ショッピングセンターの店頭で、エンジェル・ドーナツの販売のバイトをする事になった。
エンジェル・ドーナツの制服、可愛くて、テンション上がってしまった。ただ、少しスカートが短いのが気になり、かがむときヒヤヒヤした。
鏡で見ると、ファンデと、色付きリップをつけた制服姿の私はいつもより、少しだけ大人っぽく見えるような気がした。
そして、先輩はマスコットキャラクターの
エンジェル・ベアーの着ぐるみをきて、モフモフになっていた。
うんわぁ。キュンかわ!触りた〜い!あのモフモフに思いっきり顔を埋めてみた〜い!私は内なる衝動と必死に戦った。
いやいや、中身はあの毒舌キャラの里見先輩だ。そんな事をしたら、後でどんだけ罵倒されるか?
でも、この外見で、「君はバカなのか?」とか言われても何だかパンチ力に欠け、何を言われても許せてしまいそうだった。
いかんいかん、邪な念は捨てよう!今は仕事中。
私は自分に言い聞かせた。
それに里見先輩は、日差しの強い中、着ぐるみで店頭に立っているだけで辛そうで、それどころではなさそうだった。
体調崩さないようにしっかりフォローしてあげなきゃと心に誓った。
一日目午前中のドーナツの売れ行きはまずまずで、お客さんが長く途切れる事はなかった。
里見先輩の扮するエンジェル・ベアーは、コミカルで可愛い動きでお客さん(特にお子様)を引き付けてくれた。
予想以上の先輩の頑張りに驚きつつ、私はお客さんに流れるようなセールストークで、一生懸命ドーナツを売り込んだ。
ただ、昼に向かい気温が高くなっていく中、なかなか水飲み休憩をとらないでふらついている先輩を心配していると、子供達が急にエンジェル・ベアーに飛びつき、先輩は後ろに倒れてしまった。
ケガはなかったようけど、私は肝の冷える思いだった。すぐに、バックルームに先輩を連れて行って、休憩してもらうように言った。
ドーナツをいくつか駄目にしてしまった事もあり、里見先輩はすっかりしょげていた。
以前から思ってたけど、先輩は毒舌で偉そうな割にえらく打たれ弱い。
あ…。なんかそういう面倒臭いとこ、ちょっといーちゃんに似てるかも。
私は子供に言い聞かせるように、里見先輩を慰める言葉をかけていたが、いつも学校でヘアスタイルをバッチリきめて、制服もお洒落に着こなしている先輩と、着ぐるみを脱いで、髪ボサボサで赤い顔でへばっている今の先輩の姿はギャップがあり過ぎて、途中から堪えきれなくて、大爆笑してしまった。
ああ、台無し…。
でも、私は、必死に頑張っている先輩を何だかとっても可愛いと思ってしまい、胸がキュンとした。
男の子に可愛いは禁句らしいので(かっくんで実証済み)、口に出してはカッコイイと言っといたけどね。
少ししてから、私も休憩に入り、自腹買取りしたドーナツを里見先輩と分け合って食べた。
その後は里見先輩もこまめに休憩をとるようにして体調を崩す事もなかった。
途中チャラい茶髪のお兄さんに人生初のナンパをされるなど、ハプニングはあったものの、なんとか無事2日間のバイトを終える事ができた。
二日目の終了時刻のエンジェル・ベアー(里見先輩)
の充実感に満ちた佇まいたるや…。神々しささえ感じた。
一人では味わえなかったであろう達成感で、私は胸がいっぱいになった。
今回の事で、分かった事がある。
同居してから里見先輩と一緒にいる事で、大変な事、ハラハラする事がいっぱいあったけど、そんなに腹が立たないのはどうしてだったのか?
里見先輩へやってしまった事への罪悪感。
ーそれもある。
けど、一番の理由は、大変な事を含めても、ちょっと気難しいけど、不器用で、嘘がつけなくて、一生懸命な里見先輩と、一緒にいるのが楽しいからなんだなぁ。
いつまで続くか分からない同居だけど、一日一日を大事に過ごして行きたいと思った。
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「〰〰〰〰〰〰〰っ。」
俺は口元を押さえて、赤面した。
森野の奴、直球なんだよな。
あ、でも日記だから直球なのは当たり前か。
これ、本当は俺が読んじゃいけない奴だもんな。
罪悪感を感じつつも、森野が少しずつ好意を寄せてくれる事に嬉しさを隠せなかった。
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