第66話 ああいう生き物
「俺、基本女の子大好きじゃん?
付き合って最初の頃はさ。その子のいいところとか、可愛いところ見つけてすぐ仲良くなれんのよ。
だけど、その内その女のやな部分っていうの?嫉妬だとか狡さだとか、打算だとかそういうの目についてくると一気に冷めちゃってさ。
俺もなるべく顔には出さないようにしてんだけど、やっぱり態度に出ちゃってるらしくって。『最近冷たくなったよねー?』とか『他に好きな人できたんじゃないのー?』とか言われるうちにどんどん面倒臭くなってって…浩史郎、聞いてるかー?」
カウンター席の隣でアイスコーヒーを飲みながら、珍しく饒舌になっている恭介の話を聞き、虚ろな目で適当な相槌をうっていた俺は突っ込みを受けた。
脳内では、何故か森野が、
『せんぱい、最近冷たくありませんか?』と頬を膨らませたり、
『もしかして、他に好きな人ができちゃったんじゃないですか?』
と涙目で睨んでくる映像が頭に浮かんでいた。
「くそ羨ましい…。」
「はあ?」
「いや、気にしないでくれ。寝てないせいか今脳がおかしいんだ。」
「もう。何だよ。心ここにあらずかよ?って、今の状況まんま俺の別れ際の状況じゃん?
やべー、俺、女の気持ち身を持って分かっちゃった。
はっ!浩史郎、まさかその事を俺に分からせようとわざとおざなりな対応を…?」
「ああ?」
勘違いして俺に畏怖の念を抱きそうになる恭介に呆れたような視線を送ると、
「んなワケないか。」
恭介は苦笑した。
「何だかお前の方が重症みたいだな?あれから、森野さんと何かあった?」
「まぁ、なるようになったよ。森野は母親に自分の気持ちを話して、今実家に帰ってる。多分許嫁と同居も解消になるだろうよ。
ははっ。やっと追い出してやったぜ。
ザマーミロ!」
「浩史郎…。棒読みセリフやめろ。目ぇ死んでるし怖いって…。」
「……。昨日あんま寝てなくて、疲れてるだけだ。」
「いや、もう気持ちバレてるから今更俺に取り繕うのやめろよ。そんなんで、よく今まで森野さんにバレなかったな。」
「俺もそう思う。毎度毎度人の言動をピンポイントにはずして曲解しやがって、
時々わざとやってるんじゃないかと思うよ。ま、そんな器用さ森野にはないんだけどな。最後まで気づかないまま出て行ったよ。」
俺は不貞腐れたようにカウンターテーブルに突っ伏した俺を見て、恭介は苦笑いした。
「あーぁ。くだを巻いちゃって…。森野さんの事を聞いたときから、こんな事になるような気はしてたんだよな。色々焚きつけるような事を言って悪かったな。」
「別に恭介のせいじゃない…。」
「なぁ、浩史郎。よしのさんの事を訊いていいか?」
「…!」
「まだ行方不明のままなのか?」
「…ああ、母からあの人が俺の叔母だって知らされてすぐ事件を起こして、病院で意識が朦朧としている間だったからよく覚えていないけど…。あの人と母が激しく口論していた記憶がかすかにある。その後、行方知れずになってそのまま音信不通だ…。」
「そっか…。俺、あの頃はバカな中坊だったから、単純に、浩史郎、綺麗なお姉さんに可愛がられていーなぁと思ってたら、いきなり自殺未遂したって聞かされてさ、頭を殴られたみたいな衝撃を受けたの覚えてるよ。」
いつになく傷付いたような恭介の表情を見て、俺は目を丸くした。
「もしかして…、心配かけたか?」
「あははっ。何とも思ってないと思ってた?俺、そんな軽く見える?」
「いや、そんな事は…。悪かったな。」
「いーよ。別に俺、浩史郎に何もしてやれたわけじゃないんだから。宇多川さんが、森野さんの事で必死になってるの見てたら、なんか考えさせられてさ…。」
「あぁ、宇多川はいい奴だよな…。」
俺に対する態度はひどいが、宇多川が友達想いでいい奴だと言う事は今や素直に認められた。
「あんな人を賭けの対象にしてたなんてね…。」
恭介は自嘲的に笑った。
「浩史郎はさ。もう、よしのさんの呪縛からは逃れられたの?」
「分からない…。」
あの人の事を思い出すと今も胸が痛む。
多分ずっと忘れる事はないだろう。
「けど…。今一番会いたいと思うのは、あの人じゃない。」
「浩史郎は、よしのさんの事があってから、女関係乱れてたけど、本気の恋愛はしないようになったよな。
別れても引きずらないし、わざと遊んでそうな子を選んだり、すごい割り切ってんなーって俺が感心するぐらいだった。」
「まぁ、その方が楽だったからな。」
恋愛はゲーム感覚みたいなところがあったな。
その場の欲と承認欲求を満たすためだけの。
より良い条件の相手を落として、飽きたり、面倒臭くなったら、次の相手を探す。
後腐れなく、別れられるように、できるだけ自分と似た考えの相手を探した。
お互いに本気じゃないのなら、変な罪悪感を抱かなくていいし、傷つく事も傷つける事もないだろうと。
「それなのに、森野さんみたいなタイプに惹かれたのはどうしてだったの?森野さんなら浩史郎を絶対に裏切らないと信じられたから?」
「うーん、というか、そもそも全然タイプじゃなかったし、むしろ嫌いだったから、油断してたんだよな…。」
絶対に好きになる筈ないと思ってた。
なのに気づいたら、一番深いところまで入られていた。
「それに、信じられるからっていうよりも…。」
俺は森野の今までの言動を思い出して、少し考えた。
「あいつは、そもそもああいう風に直球でしか生きられない生き物なんだなと分かっただけだ。
あいつが俺を裏切るとしたら、俺の目が節穴だったか、それだけの事を俺がしでかしたか、どちらにしても俺があいつを恨む事はないんじゃないかと思う。」
「ははっ。ああいう生き物ね…。
惚れた相手の全部丸ごと受け止めて、浩史郎のそういうとこ、すごいよな。
よしのさんの事も、一度も責めなかったものな。」
「本当…、敵わねーと思うよ。」
どこか羨ましげに恭介は言った。
「恭介?」
「そこまで思えた相手に想いも伝えないで、このまま離れちゃって浩史郎はいいの?」
「そんなの向こうは望んでないよ。あいつは最初から一貫して言ってたじゃないか。
『世界で一番母親が好き』だって。俺なんかもともと眼中にないんだ。
ちょっと面倒を見ていた迷い猫が、やっと飼い主の元に戻れたというだけの話だ。
やっと家に帰れて喜んでるところに、俺が変な事を言って、水を差す事もないだろ。」
「浩史郎がそれでいいならいいけどな…。
な、浩史郎、今度女の子紹介してやろうか?他校の子で、めっちゃ可愛い子でお前に興味があるって子がいるんだけどさ。
胸の大きさがなんと…。」
「いや、有り難いけど、しばらくはやめとくよ。」
「そっか…。浩史郎…。」
「ん?」
「死ぬなよ?」
「何言ってんだよ。死なねーよ!」
俺は笑って恭介の言葉を否定した。
こいつも、大概おせっかいなとこあるよな。
周りから避けられているときも、恭介だけは俺に関わるのをやめなかった。
「お前が本気で人を好きになったら、相手が羨ましくなる位すごく尽くすんだろうな。」
「え、何?浩史郎?今の遠回しな告白?」
「違う!!」
下らない冗談を言いながら、今一時的にでも気を紛らわせられる相手がいる事を有り難いと思っていた。
*あとがき*
新年明けましておめでとうございます🌅
いつも読んで頂き、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます!
今年もどうかよろしくお願いします
m(_ _)m
※1/2(月)〜1/10(火)に限り、毎日更新となります。ご都合よいときに読んで頂ければと思いますので、宜しくお願いします。
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