第63話 残されたもの
「今は素直になれたならよかったじゃないか。」
俺がそう言うと、泣きに泣いて目と鼻が真っ赤になった森野は、幸福そうに笑った。
「はい。全部、先輩のおかげです。先輩が過去の事まで…。」
そう言いかけて、森野はハッと息を飲んだ。
気まずそうに俺から目を逸らして森野は小さな声で謝った。
「先輩。ご、ごめんなさい、私…。」
「いーよ。」
俺もそんな森野から目を逸らした。
ま…、普通引くよな。
血が繋がっていないとはいえ、叔母と関係を持ったとか。
特に真っ直ぐな森野には受け入れ難い事だったろう。
分かっていたのに、いざそうなると胸が痛む自分に笑えてくる。今更森野に何を期待しているんだ。俺は本当に往生際が悪いな。
自嘲気味に小さくため息をつくと、固まる森野を開放してやる言葉をかけてやった。
「明日、実家に帰るんだろ?荷物の準備とかあるなら早くしたら?俺ももう二階にあがるから。」
「あっ。はい。先輩、明日のご予定は…?」
「ああ。特に予定はないから出るとき言ってくれ。見送りぐらいはするよ。これで最後になるかもしれないからな。」
「…!」
森野は驚いたような顔をしたが、否定はしなかった。
そのまま、森野に背を向けて二階に続く階段を登って行った。
しばらく、背に心配そうな森野の視線を向けてくるのを感じていた。
階段を上り切ったところで振り向くと、森野の姿はもうそこにはなかった。
安堵と一抹の寂しさを覚えながら俺は考えていた。
万に一つもない確率だが、もし、森野が母親に拒否されていたら俺はどうしたんだろうか?
泣き崩れる森野を俺は慰めてやっただろうか?
華奢な身体を抱き締めて、大丈夫だと言ってやったんだろうか?
起こり得ない事に対し考えを巡らせるなんて、無駄な事だと思っていたのに。
いつの間にか俺はこんなに愚かな奴になっていたんだな。
そんな自分の心に区切りをつけるように、俺は部屋のドアを音を立てて締めた。
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一日のうちに色んな事があり、脳が興奮状態になっていた俺は、ベッドに転がったものの、なかなか寝付けず、何度か下に降りて気分転換に飲みものを飲んだり、シャワーを浴びたりしに行ったが、森野に出くわすことはなかった。
森野の部屋からは何やらずっとがさごそと物音がしていた。
多分自分の部屋の荷物を纏めているんだろう。
森野はおそらく…。明日実家に帰ったら、そのままここにはもう戻らないつもりだろう。
胸に鈍い痛みはあるものの、その事をもう受け入れてしまっている自分がいた。
*あとがき*
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