第57話 子供扱い

ベッドに潜り込んだものの、思い悩んでいる事もあり、胃の辺りが何やら物理的に重苦しいのあり、なかなか寝付けなかった。


「少し食べ過ぎたかな?」


森野母の話、そして宇多川の話を聞いて、

とにかく謝らなければと森野に向き合おうとした俺だったが…。


肝心の森野は謝罪を望んでおらず、逆に俺に対する罪悪感のあまり、ここを出て行く事を考えていた。


そんな森野に俺は謝る事もできず、ただ我儘に森野をふり回す同居人として関係を繋いでいこうとするしかなかった。


俺はヤケクソのように夕食の焼肉を食べまくり、大食いの森野も流石にまだ食べるのかと驚かれる程だった。


そして、その結果ー。


胃もたれしている現状がある。


本当に俺は何をやっているのか?


情けない…。俺はこんなに愚かだったのか?


なんか、もう少しうまくやれたんじゃないか?


どこから間違った?


間違ったといえば俺と森野は出会いからしているんだろうけど。


本来出会うべき相手でなかったのだから。


「先輩にとって私は『モブ』なら、私にとって先輩は『バグ』です。」


森野の言葉が今になって胸に刺さる。


あの時森野に会わなければ、俺はあのまま今の生活になんの疑問も思わずに遊び暮らしているだろうな。両親の悩みなどどこ吹く風で。


森野は俺に会わなければ、今まで通り家族と幸せに暮らしていけたんだろうか。


宇多川の言うように、今森野との許嫁の関係と同居を解消したら森野は家族の元に戻れて喜ぶだろうか。


本当に『バグ』が修正されたみたいに俺の事などさっぱり忘れて。


でも…。


「いつの間にか、先輩の事を気の置けないケンカ友達みたいに思ってしまっていました。」


「かけがえのない突っ込み友達だって。」


今の立場から森野にしてやれる事といったら…。


うーん。


考えている内に胃がしくしく痛んできた。


取り敢えず、胃痛コレをどうにかしてから考えるか。


ベッドサイドの時計を見ると、11時を過ぎる頃だった。


何かしてやるどころか、また森野に迷惑かける事になるのか。情けない…。


俺は肩を落としてため息をついた。


        

         *

         *



階下に降りてすぐ左にある森野の部屋の前に立つと、ドアを軽くノックした。


「森野?起きてるか?」


2度ほど呼びかけてみたが、返事はない。


やはり、もう寝ているのだろうか?


家に胃薬があるか聞いてみたかったのだが、仕方がない。


ここから徒歩5分位のところにあるコンビニででも行って…。


ふとなんの気もなしに、ドアノブに触れるとカチャっと軽く空間が開く気配がした。


ん?鍵がかかってない?


試しにドアノブを回してみると、いとも簡単にドアが開いた。


おいおい。嘘だろ?一応年頃の男子が寝泊まりしてるとこで鍵をかけないって。どんだけ不用心なんだ。


思いがけず開いてしまったドアに、中を見てみたい欲求を抑えられなかった。


この部屋のベッドで森野が寝ている。


少し寝顔を見てみたいような…。


本当にそれだけ。それだけだから。


俺は心の中で言い訳をするようにして、


薄暗い森野の部屋の中に一歩足を踏み入れた…。




「先輩?何やってるんですか?」

「うわぁ!」


ふと、後ろから声をかけられ、飛び上がる程驚いた。


「も、森野…。」


振り向くと、りんご柄のパジャマ姿の森野が

首を傾げてそこに立っていた。


その手には湯気のたつマグカップを持っている。


「そんなに驚かなくても!何か私にご用です?」


「いや、違う。そうじゃないんだ。ただ俺は胃薬が欲しかっただけで、やましい気持ちは何も…!」


「胃薬?やましい…?」


「あっ、いや、あの…。」


焦る俺を見て、目をパチクリさせると、森野はああ!と頷いた。


「分かりました。胃薬が欲しいけど、深夜だから女子の部屋を訪ねてくるのをやましい気持ちがしたんですね。」


さすが森野!


いつもながら、鋭いようで肝心なとこ外している。森野の鈍感力にこの時は心から感謝した。


うん。確かに最初はそんな気持ちだった気がする。先程の不純な願望はまるっとなかった事にしよう。


「あ、ああ。そんなところだ。こんな夜中にすまん。」


俺は引き攣った愛想笑いを浮かべる俺に森野はにっこりと笑った。


「いいんですよ。私もなかなか寝付けなくて、飲み物でも飲もうかと思ってたとこだったんで。

ふふっ。先輩、夕食食べ過ぎてましたもんね。大丈夫ですか?」


「あ、ああ…。痛みはそれ程でもないんだが、少し胃もたれしてな。」


「ちょっと、待ってて下さいね。」


森野はリビングに行き、マグカップをテーブルに置くと、壁際の棚の上に置いてある白い箱の中を漁り始めた。


「うーん。コレかな?先輩、ハイ。○ンシロン。」


森野は箱から引っ張り出して来た錠剤を俺に手渡した。


「あ、ああ。ありがとう。」


「お湯持ってきますね。先輩具合悪いなら、そこ座ってて下さい。」


森野はリビングテーブルの席を指し示すと、俺は素直に従った。


「すまんな…。」


「いえいえっ。」


森野は弾むような声で返事をすると、鼻歌を歌いながら、コップにポットのお湯を入れ始めた。


なんだろう?気のせいかもしれないが、森野の奴、急に生き生きしてきたような?


「はい。先輩、お湯どうぞ。」


森野は俺の前に白湯の入ったコップを置くと、自分は俺の向かいの席に座った。


「おう。ありがとう。」


向かいの席の森野がマグカップからちびちびホットミルクを飲んでいるのを眺めながら、俺は薬を口に放り込み、白湯を口に含んだ。


美味しそうにミルクを飲んでいる森野だったが、少し目が赤く、目元は擦ったような跡があった。


まるで、泣いた後のような…。


痛々しくもあったが、妙に艶めかしさを感じて俺は視線を外した。


何を考えてんだ、俺は!


森野が気落ちしているときに…。


でも、森野のパジャマ姿は初めて見たな。


もしかしてノーブラ…ってダメだ!さっきから思考がおかしい!


邪な疑問と葛藤していたとき、突然森野がこちらを覗き込んで来た。


「ねぇ先輩。もし体調辛いようなら今夜は側についてましょうか?」


「うげほっ。ゲホゲホッ。」


俺は口に含んだ白湯が気管に入りそうになり、激しく咳き込んだ。


「あらら、先輩大丈夫ですか?」


俺の背中を森野は慌ててさすり始めた。


小さくて温かい手の感触を背中に感じ身体が熱くなった。いや、マズイだろ、この状況!


必死で、森野の手を押し返す。


「いや、いい。大丈夫だから。」


「本当に大丈夫です?ゆっくり飲んでくださいねー。」


「森野が変な事言うからだろうが!」


「え〜。体調が悪いなら看病しようかと思っただけなのに。」


森野は心外だというように頬を膨らませた。


「少し胃もたれしただけだから大丈夫だって。薬も飲んだし。」


「本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫だ!」


森野は少し寂しそうにため息をついた。


「そうですか。最近の先輩は手が掛からないですねぇ。ちょこっとぐらい手を焼かせてくれても構わないんですよ?」


俺は森野の言葉に閃いた。


見つけた!森野の為にしてやれる事。


「おお、言ったな?望むところだ。じゃあ、明日またパエリヤでも作ってやるよ。」


「えっ…?」


森野の驚いた顔は、心なしか青ざめて見えた。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


翌日の夕方ー。


約束通り俺がキッチンで夕食を作り始めると、森野はキッチンカウンター越しに、心配そうにあれこれ話しかけてきた。


「ね、ねぇ…。本当に大丈夫なんですか?私もキッチンに入れて下さいよぉ。お手伝いしますから。」


「心配するな。作った事あるから、段取りは分かってる。手伝いはいいから、森野はテレビでも見て寛いでろよ。」


「作った事があるから、心配してるんじゃないんですかぁ…。気が気じゃなくて、テレビなんか見てられませんよ。」


森野は半泣きで文句を言った。


「森野が心配してるのは、食費の事だろ?

もう材料は買ってあるし、森野が今さらジタバタしてもしょうがない。諦めて休んでろ。」


「はぁ…。」


森野はため息をついて、キッチンカウンターに突っ伏して、ぶつぶつ文句をこぼし続けた。


「ああ、またバイトかぁ…。

もうすぐ期末テストだっていうのに、もう完全に終わった…。

成績落として、特待生の審査も落ちて、学校に居られなくなり、もうおばあちゃん家に居候して農業やって暮らすしか…。でも、久々にペスに会えるな…。

畑仕事って日焼けしそう…。今から日焼け止め買っとこうかな…?」


「途中からいらん方向に前向きになってきたな。そんなにお祖母さん家に行きたいか?普通そうなったら、実家に戻る事になるんじゃないか?」


俺はパプリカなどの食材を切りながら、問いかけた。


「……。だって、受験のときお父さんもお母さんもあんなに応援してくれてたのに、そんな事になったら居辛くなっちゃうもの。」


「そんなに世話になってるご両親にちゃんと連絡とってるのか?」


「と、とってますよ。この間も電話したばっかりだし。」


「一度ここにも来てもらった方が安心するんじゃないか?」


「あー、でもうちの家族やかましいから、呼んだら先輩迷惑だと思いますよ?」


「別に一日くらいいいよ。」


「そ、そうですか…?じゃあ、期末テストが終わってから一応予定聞いてみますけど…。先輩、急におせっかいになってどうしたんですか?」


「え?や、別に俺は当たり前の事を言ってるだけだけど。」


「先輩が当たり前の事言うなんて、おかしいです。もしかして、誰かから何か聞いたんですか?」


森野の目が不審そうに細められた。


「夢ちゃんとか…?」


「な、何で宇多川…?」


「だって、昨日二人で会ってたんでしょう?私に隠れてコソコソと…。」


「な、何故それを?」


「やっぱり。私に隠すことないのに。二人がそういう関係なら、私むしろ、応援して…。」


「森野、ち・が・う!!」


「痛たっ!!」


俺は瞬間森野の頭上に手刀をかました。


「この天然森野!そんなワケないだろ?俺と宇多川は犬猿の仲だ。それについては間違いがない。ただ、一つ共通点がある。それについて話してだけだ。」


「共通点?」


頭をさすりながら、睨んでくる森野を邪険にカウンターテーブルから追い払った。


「ほら、もう料理の邪魔だ。向こうで、お茶でも飲んでろよ。」


「先輩と夢ちゃんの共通点…。何だろ?笑いのツボとか?」


森野はテーブルに向かいながら、首を傾げてぶつぶつ言っていた。


バカな奴だな。本当に思い付かないのか?


『同じ人を同じ位大事に想っている事』だよ…!

        

         *

         *




「おおっ。これは?」


森野は出来上がった料理を見て意外そうな顔をした。


テーブルには、この間と同じようにパエリヤ、スープ、サラダが二人分用意されていた。


ただし、パエリヤの具材はムール貝や、車海老といった高級食材ではなく、あさり、むきエビ、イカなどのすぐに手に入る安価な材料に変わっていた。


「食費を使い過ぎないように少し食材を変えてみた。

ホラ。コレレシート!ちゃんと、1000円以内に収まってるだろ?」


俺がレシートを見せてやると、森野は安心したようにコクコクと頷いた。


「食材の炒め方や、だしのとり方を工夫して味もそんなに劣らないようにしてみたつもりだが、どうだ?」


「ん〜!十二分に美味しいです。」


森野はパエリヤを口に含みながら至福の表情を浮かべた。


「しかも、これを食べた後、代償としての労働をしなくていいのかと思うと、ホッとして2倍美味しいです。安心安全の旨さ!最高です!!」


「ったく、君は!本当に俺がまた食費を使い込むと思っていたのか?

小さな子供じゃないんだから、同じ失敗を繰り返すワケないだろ?

分かったらこれからは俺を子供扱いするのはよせよ?」


森野は一瞬大きく目を見開いて瞬き、それから笑顔を浮かべた。


「あはは…。そうですよねー?年上の人に私ったら!ホントすみませんでしたー。」



「森…野…?」



俺はいくつもの透明の雫が森野の頬を伝っていくのを呆然と見送った。


「え…?」


森野は顎に手をやって溜まった雫に触れ、自分が泣いていることに初めて気付いたようだった。


「す、すまん、そこまできつい事を言うつもりはなかったんだが…。」


慌てて謝る俺に森野はすぐに否定した。


「あー、ごめんなさい。違います、違います。

先輩のご飯が美味し過ぎて泣いちゃったんです。これは感動の涙ですよ。」


明るくそう言って、ゴシゴシと涙を拭うと、森野はまたご飯をぱくつき始めた。


「ふふっ。美味しいって罪ですねー。先輩、このスープ美味しい!何でだしをとったんですか?」


「あ、ああ…、それは市販のスープストックとあさりの茹で汁を…。」


俺は料理の説明しながら、明るい声とは裏腹に、森野の覇気が弱まっているのに気付いていた。


やらかしてしまった。


何が引き金になったのかは分からない。


だが、森野を元気づけようと俺のした事は

ぎりぎりの状況で自分を保っていた森野の心に風穴を開けてしまったようだった。


最近の森野との距離の近さに思い上がっていた。


自分なら何とかしてやれるんじゃないかと。


が森野にしてやれる事など何一つなかったのだと、このとき思い知ったのだった。









*あとがき*

いつも読んで頂きまして、フォローや応援、評価下さってありがとうございます。


カクヨムコン読者選考期間につき、格別に配慮下さった読者様がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございました✨🙏✨


今後もよろしくお願いしますm(_ _)m


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