第28話 真由美先輩
四時間目が終わり、教師に後片付けを頼まれた俺は教材を資料室に戻した後、教室に戻って来た。
やっとお昼か…。
森野、お弁当届けてくれただろうか。
スマホを見ると、森野からL○NEが来ていた。
『ごめんなさい。先輩。ミッション失敗しました。』
メールに続けてネコが手を合わせて必死に謝っている絵文字が送られてきた。
『下駄箱にお弁当入らなかったか?』
サイズ的に無理だったのかと思い、メールを送ると、すぐに既読になり、メールが返ってきた。
『お弁当は入れられたんですけど、二年の東先輩に見つかっちゃって…。』
「!!」
すぐに電話に切り替えた。
『あ、はい。先輩?』
「森野?恭介に、見つかったって?」
『そうなんです。ごめんなさい…。下駄箱にお弁当入れるとこ見られちゃって…。』
森野は申し訳なさそうな声で答えた。
「それで、今どうしてる?」
『ええと…。下駄箱横のベンチで東先輩と一緒にお昼を食べています。』
「!!! すぐ行く!待ってろ。」
『あ、せんぱ…』
森野が言いかけるのも聞かず、俺は電話を切ると、すぐに教室を飛び出し、階段を駆け下りた。
「おー。浩史郎、早かったな〜。」
恭介はベンチに座り菓子パンをかじりながら、ゼーゼー荒い息をしている俺を面白そうに見ていた。
「先輩…。」
森野は恭介と少し間を開けて隣に座り、お弁当の包みを広げていたが、俺を見ると申し訳なさそうな顔になった。
「どういうつもりだよ?恭介!」
俺が問い詰めると、恭介は悪びれもせず、ニヤニヤしながら答えた。
「いや、前から森野さんと話をしてみたいと思っていたところ、偶然会えたからさ。ちょっと声かけてみたワケ。話してみたら森野さんめっちゃ面白い子で、すっかり気に入ったわー。可愛くて料理も上手なんて、言うことないよね。
唐揚げ美味しかったな〜。」
「お弁当、恭介にやったのか?」
俺が睨み付けて訊くと、森野は小さくなって答えた。
「あ…、私のお弁当から一個だけ…。」
「勝手にこいつにエサを与えるなよ。」
「す、すいません。先輩のお友達だって聞いたもので。」
「人を公園のアヒルか何かのように言うな。
ケチケチすんなよ。浩史郎。お前のお弁当箱は、下駄箱に入れてあるぞ。森野さん、めっちゃ緊張して入れてた。可愛かったなー。」
「!!」
「いや、あの…。」
恭介に指摘され、森野は真っ赤になっている。
俺はツカツカと下駄箱に歩み寄り、お弁当を取り出すと、森野と恭介の間に割って入るようにドカッと座った。
「へーぇ?」
恭介はますます面白そうに眉根を寄せた。
「森野。こいつに気を許さない方がいいぞ。俺よりプレイボーイだからな。」
「そうなんですか?」
「人聞きの悪いこというなよ。俺は一度に一人しか付き合った事ないぜ?ただ回転が早いだけ。浩史郎のモテっぷりに比べたら、とても俺なんて。小さい頃から、女子にとっては王子様みたいな存在だったからなー。」
「へー、王子様ですかぁ。小さい頃からって、随分前からのお友達なんですね。」
「恭介は俺の従兄弟なんだよ。」
「へぇー!そうなんですね。道理でお二人の雰囲気が少し似てると思いました。」
「だって、浩史郎。」
恭介はニヤッといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「どうかな…。そんな似てるとは思わないけど。」
俺は渋い顔をした。
「中1の頃までは、浩史郎は硬派な王子様タイプだったんだけど、2年から急に軟派になっちゃってそれからはもう…。」
「恭介!!」
俺は恭介の話を遮るように声を荒げた。
「余計な事言ってんじゃねーよ!」
詰め寄る俺に、恭介は真顔で言った。
「浩史郎。お前のそういう顔久々に見たわ。なんかお前、面白い事になってるな。」
「あのぅ…。」
森野は俺と恭介を見て、オロオロしていた。
「ホラホラ、森野さんが困ってる。森野さん、ごめんね。浩史郎のご機嫌損ねちゃったみたいだから、俺、もう行くわ。じゃ。二人仲良くね。」
「あ、はい…。どうも…。」
「……。」
恭介は立ち上がって、バイバイと手を降って立ち去ろうとしたが、途中で思い出したように振り返り、森野に話しかけた。
「あ、森野さん。俺は従兄弟だし、浩史郎と君の事情はだいたい知ってるから。何か相談したい事があったら、いつでもL○NEしてね。」
「!!」
「あ、はい。ありがとうございます!」
恭介はウインクをして今度こそ去って行った。
「L○NE…。」
「え?」
「恭介に教えたのか?」
俺は厳しい口調で森野に問い糾した。
「え、ええ。何かあったとき連絡をとれた方がいいと思って。あの…。ダメでした?」
「ダメに決まってるだろ?あいつに絡まれて余計に話がややこしくなるだろうが!」
「で、でも今日みたいにお弁当忘れたときとか、代わりに渡してもらえるじゃないですか。」
「だから、それはさっきみたいに下駄箱にでも…。」
そう言った途端、森野の表情が一変した。
「下駄箱に入れるのはもうイヤです!!
少女漫画とかで、女の子がドキドキしながらラブレターを下駄箱に入れるシーンがありますけどねぇ!
あんなの、実際にやったら恋のドキドキを通り越して、恐怖の冷や汗ものなんですよ!もはやホラーの世界ですよ!
私や真由美先輩の苦労があなたに分かるんですか!?」
何かの逆鱗に触れたのか、急に激昂しだした森野の勢いに俺はタジタジになった。
「え?な、何?真由美先輩って誰…?」
「とにかく、下駄箱だけはもう…!」
拳を握って熱弁する森野を今度は俺が宥めるように言った。
「わ、分かったよ。何だか知らんが…。だったら俺に直接連絡して、どこかで落ち合えばいいだろ?」
「え?いいんですか?先輩、学校では声をかけるなって言って…。っていうか…。私達、今ここに一緒にいていいんでしょうか?」
途中ではたと気付いたように森野が言った。
「ん?」
ふと我に帰れば、結構人通りの多い下駄箱前のベンチで、俺と森野は大声で怒鳴りあっていた事に気付いた。
しかも、それぞれの膝の上にはお弁当の包みを置いて。
通りがかる生徒達は俺達を見てひそひそ話をしている。
まぁ、傍から見たら痴話喧嘩をするカップルだよな…。
「まぁ…。まずいんだろうな。でも、後の祭りという奴だ。」
俺は脱力しつつ、もう投げやりな気持ちになり、お弁当を紐解き始めた。
「そうですね。東先輩の登場に掻き回されて、うっかりしてました…。」
森野は虚無の瞳で卵焼きを頬張る。
「森野…。」
「はい?」
「唐揚げ、うまいな…。」
「もう、先輩現実逃避してますね…。
でも、ありがとうございます。カラッと揚げるコツがあるんですよ。企業秘密ですから教えませんけど。」
「教えないのかよ。ま、別に知りたかないけどな…。」
「駄目ですよ。先輩、一流の料理人になりたいなら、そこをなんとかと食い下がるべきじゃないですか?」
「や、目指してないし…。そもそも、一流の料理人になりたいなら、森野の教えを請いたいとは思わないだろ。」
「くっ。うまいと言ったくせにこの言い草。
あっ…!!」
やる気のないボケ突っ込みの会話を繰り返していた森野は、突然一点を見つめて、驚愕の表情を浮かべた。
「どうした?」
「真由美先輩と目が合っちゃった…。」
「へ?」
「どうしよう?真由美先輩とその仲間の先輩達に私、殺される……!」
「だから、誰なんだよ、真由美先輩って!!」
恐怖に青褪める森野に、俺は首を傾げるばかりだった。
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