第26話 見た目のギャップ

その後、俺達は土日二日間のバイトを無事に終えて、月曜日の夕方。派遣会社の事務所にバイト代を取りに来ていた。


「はい。これ、バイトのお給料。二人共お疲れ様でした。」


「「ありがとうございます!!」」


俺と森野は保科さんからバイト代の入った封筒を渡された。

封筒は薄かったが、苦労して手に入れたお金は有り難く、相応の重みを感じた。


「特に里見くん、この時期に店頭で着ぐるみなんて、キツかったでしょ?

本当にご苦労様でした。

店内や普通の販促のお仕事もあるから、また時間空いたら、お小遣い稼ぎに来てね?」


「はい。またよろしくお願いします。」


俺は保科さんに優しい言葉をかけてもらい、ペコリと深く頭を下げた。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


帰り道、森野の機嫌の良いことといったらなかった。


「ふふっ。お金があるって幸せですねー!」


バイト代の入ったカバンをさすっては、笑いが止まらない様子だった。


そんな森野に、俺は自分のバイト代が入った封筒を差し出した。


「森野。これ、食費に入れといてくれ。」


「えっ……。でも、せっかく先輩が、初めて自分で稼いだお金なのに、いいんですか?

キャンペーン期間だったから、お手当もついたし、私の分だけでもやっていけない事はないですよ?」


受け取るのを躊躇っている森野に俺は首を横に振った。


「いいんだ。もとは俺が使い込んだせいだし、その為にしたバイトだ。自分でも責任を取らせて欲しい。使ってくれると有り難い。」


「んー。そんなに言うなら、頂いておきますけど…。」


森野は封筒を受け取ると、中から五千円札だけ抜いて俺に返した。


「少しは自分でも、手持ちを持っておいて下さい。人生何が起こるか分からないんですから。財布を落とすかもしれませんし、体調を崩すかもしれません。ジュース一本買うお金ぐらいは残しておかないとね。」


「あ、ああ…。分かった。」


今回の事は痛い教訓だったので、俺は神妙な顔で森野からお金を受け取った。


「そしたら、森野。そこのコンビニ寄っていいか?」


「えっ?いいですけどー。貰った途端にお金使っちゃうんですか?」


森野はガクッと肩を落とした。


「いいだろ?俺のお金なんだから、使い道は俺が決める。」


「まぁ、そうなんだけどー。私の話をちゃんと聞いていたのかな…?」


背後でぶちぶち言っている森野を無視して、俺はコンビニの自動ドアをくぐった。


そこそこの広さの店内レジ横には、カウンター席が5席ほど並び、イートインスペースとなっている。


俺は、ドリンクコーナーで迷わず無糖コーヒーを選ぶと、後ろにいた森野を振り向いて言った。


「森野も選べ。奢ってやる。」


「え?奢り?せ、先輩の…?」


森野は驚愕の表情を浮かべている。


「今回は君に迷惑をかけたし、世話になった。お詫びとお礼だ。なんなら、デザートもつけてやる。」


「デザートも?!」


もはや、森野は驚き過ぎてムンクのような顔になっていた。


バリエーション豊かな顔だな。おい。

らしくない事をしているのは分かってるよ。

失礼な奴め…!


「嫌なら、無理にとは言わないが…。」


憮然とした表情で言うと、森野は慌てて決然とした様子で言った。


「いえいえ、先輩が奢ってくれるなんて、この機会を逃すと二度とないかもしれないので、ぜひ奢って下さい!

たとえ、明日雪が降ろうが、未曾有の台風が来ようが甘んじて受ける所存です!!」


「そんな覚悟はしなくていい。俺の気が変わらない内に持ってこい。」


「了解です!1分で選んできます。」


森野は、すぐにミルクティーと一口サイズのシュークリームが山盛りとなったデザートを選んで持って来た。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇

「わぁーい!ごちそうさまです!人に奢ってもらうデザートは格別に美味しいですね。」


会計を済ませてイートインスペースでくつろぐ森野は幸せそうだった。

Tシャツを中に着込んだ、ゆるっとしたつなぎのジーンズ姿の森野を上から下まで眺めて、俺は首を傾げた。


いつもの森野だよな?特に今日は小学生と言ってもいいようないでたち。喜怒哀楽のはっきりした子供っぽい表情。胸も尻もない、すとんとした体のライン。

バイトの時はなんで一瞬でも可愛いと目を奪われてしまったのか。


エンジェルベアーの制服がよほど似合っていたせいだろうか?


「先輩。なんで私のことをそんなにみるんですか?」


「あ、いや、何でもない。ごめん。」


慌てて目を逸らした俺を、不思議そうに見ていた森野が、ああ、と気付いたように頷いた。


「これはこれは、気遣いが足りず、すみませんでした。」


「ん?何がだ?んむっ。」


何か唇に柔らかいものが押し付けられ、振り向くと、隣の席の森野が身を乗り出し、指でつまんだシュークリームを俺の口に押し当て

ているところだった。


「先輩。口を開けて下さい。そうそう。」


驚きつつ、口の中に押し込まれたシュークリームを勢いでモゴモゴと食べてしまった。


カスタードと生クリームの甘味が口いっぱいに広がる。


「いきなり何をするんだ!?」


文句を言うと、森野はドヤ顔を向けてきた。


「ふふっ。美味しいでしょう?じーっと見てるから欲しいのかと思って。」


「そうじゃなくて、バイトの時は制服を着ていたせいか、森野、雰囲気が違っていたから、今の格好とギャップが凄いなと思っていたんだよ。」


「そうですか?確かにあの制服を着てたときは、我ながらちょっと大人っぽく見えるような気がしました。バイト中に人生で初めてナンパされましたし。」


?!


「ナンパ?いつだよ?」


「バイト二日目に先輩が水飲み休憩いってるとき。チャラそうなお兄さんに携帯の電話聞かれました。」


「教えたのか?」


「まさか!すぐ断りましたよ。仕事中だったし。」


「仕事中じゃなくても断れよ。っていうか、なんでそういう時俺を呼ばないんだよ?

そんなに頼りないかよ?」


「いや、断ったらすぐ帰ってくれたし、そこまで困る程ではなかったので…。

本当に困っていたら、流石に先輩に助けを求めましたよ。」


「…………。」


「あの…。」


森野は困ったように俺を見た。

突然無言になった俺にどう対応したものかと、戸惑っているようだった。


とはいえ、戸惑っているのは俺も同じだった。自分でも今の気持ちの説明がつかなかった。


何だか無性に面白くない。


森野が俺を頼らなかったから?

森野の制服姿に惹かれるなんて、ナンパしたチャラ男と同じかよ?と思ったから?


俺は考えるのを放棄して、ガタンと音をたて、席を立った。


「もう食べ終わったなら、行くぞ。」


「あ、はいっ。」


森野はその後を慌てて追いかけて来る。


コンビニを出てからは、森野は俺のピッタリ1メートル後ろをそろりそろりとついてきた。


「君はストーカーか?なんで横を歩かないんだ?」


振り返って森野に問いかけると、だるまさんが転んだでもしているように、森野はビクッと歩みを止めた。


「え。でも、先輩が外では出来るだけ他人に見える距離感でって…。」


「今はいい。またナンパでもされたら面倒だし。」


不機嫌にそう答えると、森野は笑い出した。


「ははっ。今こんな格好ですよ?

大丈夫でしょ。下手すりゃ、小学生に見えるかも…。」


「小学生にナンパって…!ふふっ。先輩、面白い事…」


森野は、駆け寄って俺の顔を覗き込むと、真顔だったので、気まずそうに黙り込んで俺の隣を歩き出した。


「…………。」

「…………。」




5分程して、沈黙に耐えられなくなったのか、森野が不自然な程明るい声で話しかけてきた。


「うんっ。あー、先輩。夕食はなににしましょか?せっかくバイト代頂いた事ですし、

今日は豪勢にパーっと行っちゃいましょうか?」


「貰ったばかりで、そんなにすぐつかっていいのか?」


「一日くらい、いいんです、いいんです。

あ、まぁ豪勢にと言っても、限度はありますがね…。えーと、二人分で1500円までだったら全然オッケーです。」


パエリア事件を思い出してか、さり気に限度額を知らせてくる。


「…肉じゃが…。食べたいかな?牛肉入りの。」


ポツリと呟くと、森野が目をパチクリさせた。


「何だよ?聞いてきたの君だろ?別に嫌なら他のでいいよ。」


「ああ、いえいえ。思いの外素直に教えてくれたので、驚いてしまって…。肉じゃがいいと思います。私もめっちゃ食べたくなってきました!じゃがいもは確か冷蔵庫にあったから、帰りにスーパーで牛肉買いましょう。」


森野は嬉しそうにあれこれ算段し始めた。





*あとがき*


製菓会社の回し者ではないのですが、

どなたか、シュークリームあ~んを彼女さん(彼氏さん)とやって下さらないかな…。

(*´ω`*)


体験談お待ちしています…♡

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