死んだ魔王様。目が覚めたら人間になっていて……?
歯軋り男
第1話 神々のマッチポンプ大作戦
世界と神が繋がっていた遥かなる大昔。神々の加護と恩恵を受けていた命たちは、いつからかそれぞれの信じる神の為に対立し争うようになっていた
ただ信じているものが違う。それだけの事なのにいつしか個と個の対立を。いつからか差別と排斥を生み、小さな軋轢は気が付けば止めようもない大きな戦争にまで発展していった。神々の代理戦争とも云えるその戦いは日増しに戦火を大陸中に広げていく
神々はこの泥沼で終わりの無い争いを終わらせる為に全ての種族を団結させられるだけの『敵』を創り出す事を決定した
生きとし生けるもの全ての敵として創り出された存在。それが
淀んだ憎しみが凄惨な争いを常に巻き起こしている
だからそれを超えるだけの悪を為す必要があった。誰も彼もが俺の事を恨むまで。与えられた絶対的な力で悪逆非道を行った。理由無く百の村を焼いた。躊躇いなく千の町を消した。無慈悲に万の命を摘み取った。
俺という存在を認識してからは、次第に。だが確実に。多種族同士は互いに争いをする余裕が無くなっていく。全ての種族が団結し俺とそれ以外の闘争の日々へと移り変わるのにそう時間はかからなかった
知らないうちに名前の無いモンスターの事を『マオウ』と呼び恐れるようになっていた
『怪物』や『化け物』と呼ばれた時には妙に胸が騒ついて嫌な感じがしたが、存外俺はこの『マオウ』という個体名を気に入っているらしい
種族の垣根を超えて、皆が手を取り合い団結して俺に抵抗するようになったのはいつ頃からだっただろうか?その姿がとても尊いものに感じたのを今も覚えている。俺がやっていることは悪であるが、きっと正しい事なのだ。こっちも真似をして国を作り軍団を組織してみた
それまで以上に一千年魔王は暴れた。暴れて。暴れて。暴れ続けた。誰も俺を。俺の軍を止められない。多種族の血が混じり『英雄』と呼ばれる他よりも強い存在が時折現れるようになった。だが多少手を焼く程度でそれは変わらない
ここで一つだけ予想外のことが起きた。理由は分からないが神々の存在が突如として消失していったのだ。一柱ずつ神は消えていき、残った神々は自分たちが消える前に最後の力をどこかへ飛ばした
神々はこう言った。『アレを受け取ったものが君を殺す。君の役目はそいつに殺されるまで。長い間お疲れ様』そう聞いた瞬間、俺は破顔した。もういいんだと。やっと終われるんだと。誰もが‥‥…誰よりも俺自身が俺の終わりを待ち望んでいたのだから
持てる力と権力でその存在を全力で探した。願わくば強き者に。そして見つけた時には僅かに失望を隠せなかった。何故ならその力を受け取ったのは、数多いる種族の中でも最も非力な人間だったからだ。それもよりにもよって人間の中でも更に弱い少女であった。希望を託すには余りに脆く儚い存在
力を受け取った少女を四六時中監視する為に少女と同じくらいの女の子に変身して魔王城エンドを出た。近家にいた方が良いと思い少女の隣の家に住み仲良くなることにした。
人間の少女の名前は『アリス』と言った。そして確かにアリスの内包する力の総量は俺に比肩していた。それは間違いないだろう。だが俺を殺せる可能があるかというと現時点では、というかこのままでは未来永劫来そうに無かった
それは何故か?アリスはどこまでも優しい子だったからだ。絶望的なまでに。この子の気質は余りにも戦闘に向いてなかった……否定的な言い方をさせて貰うなら、力に臆病なのだ。能力を自覚しているにも関わらず誰にも振るわない。世界平和のためならほんの腕試しに何処かの国や軍隊でも滅ぼしてもバチは当たらないというのに、それ所かどこまでもひた隠しにして凡を演じている
生まれて初めて神々を呪った。だがいつまでも嘆いている暇などない。俺は陰ながら彼女を強く育て上げる決意をし、彼女が強くなれるようお膳立てをしていく事に決めた
この世で最も強い殺しの動機は何か?
俺の経験上それは『復讐心』だ。特に親の為に。子の為に。友の為に。恋人の為に。そんなことを言う奴らは絶望に染まり憎悪に身を焦がし平気で相手を殺せるのだから
すぐさま実行にうつす。少女の小さな村を焼き、少女以外の住人を全て殺して、少女の目の前で少女の持つ全てを奪った
理不尽に奪われて憤りを覚えぬ者がいるだろうか。不条理に自分を叩きのめした相手を許すことが出来る者などいるだろうか。
否。やり返すだけの力を持っていて、泣き寝入りする者などいるわけがない。
だが、俺の思惑とは裏腹にアリスは憎しみに身を焦がすことは無かった。死んだ者を慈しみその場でメソメソと情けなく蹲っていつまでも泣いているのだ。その姿にチクリと胸の内が痛む
自身のした行いに後悔などない。だが何時迄も動こうとせず、このままで野垂れ死にされかない。俺は見かねて、またしても姿を偽り少女を拾うことにした。数年ほど少女の為に時間を割くことになった部分は割愛させてもらう。因みにその時の偽名は『ローレンス』だ。ローレンスはアリスの大好きな本『ワガママな月と優しい騎士』の主人公の騎士の名前だった。
『ローレンス』として生きた時間は、この数千年生きてきた中で最も優しい時間だった
時を経て身も心も強くなったアリスは『ローレンス』の下を巣立ち、世界を救いに行った。最後に屈託無い笑顔を俺に向けてこう言ったのだ
『今までありがとう。ローレンスの為に私 頑張ってくるね』
生まれて初めて誰かに感謝をされた。心が今まで感じたことのない温かさに包まれる。暴露するつもりはないが、仮に全て仕組んだのが俺と知った時にアリスはどんな言葉を口にするのだろう‥‥‥俺は脳内で反芻する嫌な言葉をかき消して、アリスを見送った。
後は居で構えるだけだ。暫くすると、アリスの華やかしい功績が焦った配下を通して耳に入ってくるようになった。勇を示して人や町や国を救う度に、人々は感謝し、日に日に世界が晴れていくようだった。俺の役目ももう少しで終わりだと考えると口角が釣り上がる。
いつしか 『魔王』の対をなす『勇者』と少女は崇められるようになっていた。
「────私の勝ちだよ。魔王」
その言葉に意識が戻る。視線を熱を持った自分の胸へと移す。俺以上に血みどろの勇者の手に握られた世界から祝福を受けた聖剣が俺の胸を突き破っていた。
辺りをゆっくりと見渡す。天は黒い雲に閉ざされ酸の雨が降っていた。空間は割れていて割れた所からは常人では視認しただけで正気を失う悍ましいモノが降り落ちていた。地は砕けて、底から熱波だけでも死に至る赤い水がそこかしこに侵食している。空気は瘴気となって淀み辺りには死が満ち満ちている。凡そ生きる者が存在できない死地でどれ程の間、アリスは戦い続けたのだろう。
苦しかっただろうに。辛かっただろうに。それでも負けなかった。それでも諦めなかった。
その小さな体に。重い世界の命運を一身に背負って。精一杯頑張ったんだろう。
「ああ そうか 俺は 負けたんだな」
本当に強くなった 勇者は。自分の為ではない。他の誰かの為に 皆の為に 『ローレンス』の為に
俺は勇者の頭を優しく撫でた。ああきっと、これは『ローレンス』の頃の悪い癖だ。俺は『魔王』なのに、あの思い出を穢してはならないのに。だというのに。なんでこんなに
「これで終わりなんだな」
思い返すとここが美しい世界とは思わない。だが確かに多くの笑顔があったのだ。営みがあったのだ。命があったのだ。それを俺は夥しい程の恐怖と苦痛と死で塗りつぶした。あの悪行に弁明の余地はない。あってはならない。してはならない。
それを乗り越えた。ならば今まで享受出来なかった無限の幸福を一切の不幸なく永遠に世界が受け取り続けて当然なのだろう
「こんな‥‥‥こんな 終わり方で 満足なの?」
アリスは声を震わせ顔を歪めていた。優しい彼女はきっと俺の命にも責任を感じているのだろう。
「ああ 満足だよ‥‥ゴホッ‥‥ゴホッ」
身体が少しずつ霧散していく。時期に俺という存在は塵一つ残す事なくこの世界から消え去ってしまうだろう
「ローレンスは嘘つきだね」
「……気付いていたのか。いつからだ?」
ボロを出すようなヘマはしてないはずだが。
そして少しの間を置いてアリスは恥ずかしそうに言葉を発した
「ふふ。嘘つきには教えてあげない」
「……手厳しいな」
思わず笑みをこぼしてしまう。この子が他人に意地悪をするなど初めてではないだろうか?
「ねえ、私強くなったでしょ」
「……ああ」
「色んな冒険をしたんだよ」
「……そうか」
「私頑張ったんだよ」
「……そうだな」
「これで平和になるんだよね」
「……そうだろうな」
「そういえば アリス」
「……なに?」
「大きくなったな おめでとう」
アリスの頭をポンっと撫でる。本当に驚いたかの様に一瞬だけその綺麗な眼を見開いたかと思うと、彼女は奥歯をガギリと食いしばった。何かを堪えるような表情を浮かべながら俺の胸に飛び込んでごねるようにしがみついてきたのだ
「おめでたくなんてない!嫌だ 嫌だ 嫌だ
こんな終わり方嫌だよ 独りにしないでよ!」
「……ごめんな」
アリスが初めて俺に見せるワガママだった。できることならどうにかしたかったが、謝る事しかもう出来なかった
「────!」
「────!!」
全ての身体が光となって消えていく。意識が深い闇の底に沈むように緩慢にぼんやりとする。もうアリスの声も聞こえない。遠い。何もかもが。遅い。全てが。これが死か
遠い遠い何処かに行き着いた時に俺は世界と混じって消えてしまった
突然ドボン!と水底に肉体が沈む感覚を覚える。目を開けると水面から水底に光が差し込んでいる
口から気泡が漏れ出ていることに気付く
なんだ?これは。一体何が。理解が追いつかない
ゆっくりと沈む身体。やがて暫くすると呼吸が止まり身体が動かなくなる。意識が再度鈍くなってくる。微睡む意識の中で誰かが水中に飛び込み俺の手を掴み上に引っ張り上げてくる
「目を開けて!」
微弱な意識が大地の温もりと太陽の光で自身の顔を眩しく照らすのを感じ取る。鳥の鳴き声が聞こえる。森の息遣いを感じる。俺はもしかして生きているのか?いや確実に俺は死んだ。だとしたら此処はどこだ?こんな所俺は知らない
「死ぬな!死んじゃ駄目だよ 紅葉!!」
俺の身体を揺らし、必死な形相で人工呼吸と心肺蘇生を繰り返し呼びかけ続ける赤い髪の女性は一体誰なのだろうか
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます