第3部 第15話 §6  安寧の中の衝動。

 一通り彼の勝利宣言が終わると、時間を少しだけ空け、閉会式が行われた。そこにはオーディンが立ち、それぞれの勝利者に対して、トロフィーと表彰状をを渡す。

 見事な戦いぶりだったと、オーディンは褒め称える。その言葉には消して嘘はない。彼等が互いの全力をかけて得た勝利に間違いはないからだ。イーサーとて、決して油断して手を抜いた訳ではない。

 ローズがいう、「遊びには遊びのルールがある」言葉を彼が意識していた訳ではない。そして、そのルールに反するから、剣に宿る本当の力を解放しなかった訳ではない。

 いや、結論からすれば、恐らくそこにたどり着くのかもしれないが、イーサーが使う気になれなかっただけなのだ。使うことに抵抗を感じたのだ。それは違う……と、ボンヤリとそう思ったのだ。納得が行くか行かないか、である。

 イーサーは、微かな喜びを感じながら、閉会後のスタジアムを後にする。

 その間には、様々な取材などがあって、リバティーの肩を抱きながら、次から次へと繰り出される質問に、戸惑っただけだったが、スタッフがそれを上手く躱してくれる。勿論オーディン達の指示である。

 理由は彼のことを気遣ったのもあるが、ドライ達に気遣ったのもある。

 「なんか、アンドリューさんと戦えて、良かったな、俺……」

 その試合がなければ、恐らくこの決勝は何気なく試合を終えたものと、殆ど変わらない者だったに違いない。

 「だね」

 リバティーには、イーサーの気持ちがよく解った。ただ、はしゃぎ回るのではなくて、じっくりとその気持ちを噛みしめている。

 リバティーの携帯に、ローズからのメールが入る。

 それには、優勝祝いの祝杯を挙げるから、集まるようにとうものであった。主役が行かなければ、何も始まらない。

 「いこか!」

 リバティーは、イーサーの腕を取り、ローズ立ちが待つ、集合場所へとむかうのであった。

 

 イーサー達が、コロシアムを去る頃、アンドリューはぐったりと疲れ果て、自らの控え室で、休息を図っていた。そんなアンドリューの部屋にザインが現れる。

 「大丈夫か?」

 自分の部下であるアンドリューの身を案じるザインの表情は、少々心配に曇っていた。無論今すぐ彼が死ぬと言うこともないので、内蔵がキリキリと痛み出すほどの心労はない。だが、生命エネルギーを使用したソウルブレードという技は、人間の命を削って力に変える技である。

 「ええ大丈夫ですよ」

 自分の身を案じるザインに対して、少々疲労がたまっているだけという雰囲気で、笑顔を作ってみせる。

 「まぁ、お前は先のこと考えてる奴だし、一度に引き出せるエネルギーも多くはないだろうから、極端に寿命を縮めるってのは、無いだろうけどな……」

 それでも限りある力を使うのだから、彼は消耗しているといえる。

 ザイン自身、夢幻の心臓を得る前までは、保って残り十年程度の寿命しか残されていないだろうと、自ら確信していた。彼の場合は一度に引き出せる力が大きかったことも、その要因でもある。

 「家族がいんだろうからよ……」

 そのザインの言葉は、優しい。彼もまた栄光と名誉をその手にしたが、やはり最後にその手の中に残るのは愛する者だけなのだと、感じている。そして友に囲まれていることが、何より幸せなのである。

 「怒られるかもしれませんが……」

 アンドリューは少しだけ自分の滑稽さを笑いながら、俯く。

 「私は、一度で良いから、貴方と戦場を駆けてみたかった……剣士として……」

 それから上を向いて、見果てぬ夢に想像を膨らまし、遠い過去を思い出すように天井を見上げる。戦争の中で苦い記憶しか持たないザインにとって、その言葉は同意しがたいものがあった。だが、剣士としてその力の存在を、何処かにぶつけたい衝動も確かにある。

 だからこそ場と時間を弁えず、アインリッヒと剣を交えたのである。自分の全てをぶつけられる存在がいることも、また大切なことなのである。

 ザインにとってはアインリッヒがそうであるのだ。そしてオーディンとドライにとってもそれはいえる。ただ、二人の次元は、彼等から見てすら、人という領域を超えてしまっている。

 人は太平楽と、安定を求めつつ、それだけでは生きてゆけない。少なからず、何処かで刺激を欲している。安穏としたこの大会で、彼等がその刺激を得るには、あまりにもスケールが小さすぎる。

 イーサーがアンドリューという存在に満足していると同時にアンドリューもまた、満足している。

 確かに、勝てるわけではないが、今のイーサーやエイルには、まだまだ付け入る隙がある。戦い挑むには十分な相手なのである。そういう相手と巡り会えることもまた、彼等の欲求を満たす大事な要素だ。

 「お前も生まれる時代を間違えたクチだな……」

 とザインは、苦笑する。こればかりは、どうしようもなく変えられぬ運命である。

 笑いながら、アンドリューの控え室から去るザインだった。

 「さて……、明日は小僧と朝食会で、ジパニオスクの要人来訪に、木曜には彼女らの試合で翌日が世界大会か……、忙しいな、こりゃ」

 ザインは、ぼやきつつコロシアムを後にするのだった。

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