第3部 第15話 §5 エピオニア大会決勝戦 Ⅱ
イーサーもヘラヘラした様子はない。完全に目の前のアンドリューに集中している。軽く呼気を吐きつつ、ぴたりとアンドリューに張り付いているのである。
その直後アンドリューの身体が、今より少しだけ、強い輝きを見せる。それは本当に僅かなものだったが、それと同時にアンドリューは、僅かにイーサーより速く動き、彼を剣で押し離し、剣が自由になった瞬間、アンドリューは至近距離で、剣を振るい、エネルギーを飛ばしてくる。
イーサーは素早く身を引きつつ楯をだし、それ防ぐ。不完全なタイミングは、微かにイーサーの左胸部の服と肌を切り裂くが、それは、動作に影響するものではない。ただ、鋭く切り裂かれた部分に裂傷ができ、血がにじみ始める。
「ふぅ……」
イーサーは、ヒヤリとして目を丸くする。
アンドリューはそのタイミングがありながら、攻撃を仕掛けてこない。そしてすでに息を上げ始めている。それを見守るザインの目も少し険しくなっている。
ザインにはその理由がよく解る。それがソウルブレードの使い手である者の宿命でもある。嘗てのザインもそうだったように。
「行くぞ!」
息を荒げていたアンドリューだが、不敵な笑みを浮かべると同時に、今度は直接ザインに飛びかかってくる。
スピードは、先ほどと変わらない。イーサーが捉えられない速度ではない。素早く応戦すれば、エネルギーを放たれることもない。
観客席では、エイルがドライの言った意味をハッキリと理解していた。
アンドリューの消耗ぶりは尋常ではない。それだけの技を使っているのだ。イーサーへの追撃が徐々に途切れ始める。アンドリューが勝っているのはもはや気力だけであるのは、目に見えて明らかである。
イーサーは、試合に集中している。だが気迫や力みがあるわけではない。彼の性格からは考えられないほど動作はクールにスマートである。アンドリューの剣を受け、後ろに下がりながら、その勢いを完全に殺している。
それは決して押されているのではない動作だった。絶えずエネルギーを放つための動作に入れば、反撃できる距離にその身を保っている。
次の瞬間、イーサーが思っているように、アンドリューの剣に、エネルギーが集まり始める。それは呼吸が半分も終わらない間の動作である。しかしアンドリューは、それを放つことをせず、剣に貯めたままイーサーにぶつかってきたのである。物理的な重量を保ちながら、エネルギーもぶつける。それは消して遠距離攻撃を含んだものではなかったが、叩きつけられた衝撃は想像を絶するものであった。
さすがのイーサーも、吹き飛ばされるようにして後方に退く。盾を出す時間は与えられなかった。再び二人の距離が離れた瞬間剣を両手で握っていた彼の腕は、完全に痺れている。衝撃波が腕を突き抜けているのがわかる。それでもイーサーは剣を放すことはない。同時に、それが精一杯といえるだろう。
アンドリューはその隙を見逃さない。最後の力を振り絞り、一気にイーサーに詰め寄り、彼の真上から剣を振り下ろす。
イーサーは、殆ど感覚のない腕をそれに翳し、瞬間の差で、楯を作り出し、アンドリューの攻撃を防ぐ。意思の伝達が殆ど不可能なその腕で、彼はそれをやってのける。それは、アンドリューの誤算である。
動作は確実に遅延しているというのに、それでも防御に回れる集中力は、並ではない。
右腕は?
アンドリューは、イーサーから視線を逸らし、彼の右腕を見る。瞬間に出された盾は、その瞬間まで重量はない。だが、絶えず物質化されている剣は、その重量が彼の腕にかかっている。持ち上げることは不可能であると思われた。
アンドリューは、その一撃で試合を決めることは出来なかったが、イーサーの腕が上がらないと言うことは、彼に反撃の余地はないということに繋がる。
楯で勢いを殺されたアンドリューは、素早く剣を引き、身体に勢いをつけ、反時計回りに回転し、防御の聞かないと思われるイーサーの右側から攻撃を仕掛ける。その瞬間にイーサーも楯をしまう。
「終わりだ!!」
そう告げたアンドリューは、疲労困憊の色を隠せない。恐らくそれが彼の放つ最後の一撃となっただろう。
「悪いね……」
イーサーはそういうと同時に、あっさり背中を見せ、左腕を畳み脇を締め壁を作ると同時に、再び楯をだし、ギリギリのタイミングで攻撃を防ぐ。
それから、身体を前に倒し、鋭く右足を蹴り上げ、アンドリューの顎を捉え蹴り飛ばす。
不意打ちを食らったアンドリューが大きく背を逸らし、数メートル後方に滑るように倒れる。
イーサーは蹴り上げた反動のまま、前方向に回転し身体を捻り、立ち直し、疲労で身体の自由がきかないアンドリューに飛びかかり、彼の剣を踏みつけ、封じ、僅かに戻った握力で感覚を確かめながら、その喉の矛先を突きつけるのだった。
「参った」
アンドリューは、曇り一つ無い穏やかな表情で、遠い距離にイーサーを眺めるような視線をして、自ら負けを認める。顎を蹴られたときに、口の中を切ったのだろう、唇の箸から血が滲んでいる。
アンドリューという男が、今まで戦ってきた者達とはひと味違う事を感じ取るイーサーだった。そこには明らかに一つ飛び越えた才能の持ち主であることを、確信させる力がある。
アンドリューが負けを宣言した以上、いつまでも彼の剣を踏みにじるわけにはいかない。イーサーは、足を除けぺこりと頭を下げる。
疲れ切ったアンドリューは、漸く身体を起こし、一つ大きく過多で呼吸を整える。それからイーサーに握手を止める。その意味がわかったわけではないが、断る理由がどこにも見つからない。イーサーの手は、素直に彼の求めに応じるのであった。
イーサーの握り返す力が弱いのは、よく解ることだった。だが、それでも剣を放さないでいたのである。
「まだ、痺れてるんだろ?」
「はい」
イーサーもまた、アンドリューという男に、何かを感じた。恐らくエイルが感じたものとほぼ同じだろう。そこにはただ力ではない、剣士として、人間のあり方の何かがあった。求めて良いのは、決してそれだけでない。
アンドリューと握手をし終えたイーサーの手を、ザインは高々と上げる。
観衆からは、始めまばらな拍手が送られ始める。そして、次第にその拍手は大きくなり始め、勝者を称えるものとなるのだった。
「へへ……」
イーサーらしい笑みがこぼれる。確かに腕のしびれはあるが、奇跡の逆転だったわけではない。何故ならイーサーは、その刃に籠もる本当の力を、彼自身の霊子力を発揮していないからである。その圧倒的な破壊力を持ってすれば、アンドリューの剣とぶつかり合ったとき、負けるのは間違いなくアンドリューだった。
「君の勝ちだ」
ザインが念を押すようにして、イーサーにそういう。
舞台の下では、リバティーが親指を立て、それをイーサーに向けて、勝利の喜びを示していた。イーサーはリバティーが見えると、空いている左手で同じように、サインを送った。
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