第3部 第14話 §7 彫像の前にて

 「選手入場!」

 運営委員の声がかかる。

 選手達は、市民枠自由枠の二列に並び、更新を始める。

 アンドリューは先頭であり、イーサーは中程にいる。順当に行けば間違いなく決勝で当たることになるだろう。イーサーの方は、アンドリューを大して意識せず、選手の一人として捉えている。

 入退場口から、中央の舞台まで、石畳が続いている。舞台までは数段のステップがあり、一片一メートルの正方形の真っ白な石畳が敷かれており、それは入れ替えられたばかりであるようだった。

 舞台の逆サイドには、鞘に入ったハート・ザ・ブルーの矛先を地面につけ、その柄の先端に両手を置き、彼等を待ちかまえてるようにオーディンが立っていた。

 「諸君。よくぞ決勝トーナメントに駒を進めた。まずその実力を称えよう。だが、この大会は本来、切磋琢磨を目的とした大会であることも、十分に理解して欲しい。敗者を見下げず、向かうものを侮らず、剣を振るうことの意味を十分に理解し、このトーナメントに挑んで欲しい。健闘を祈る!」

 オーディンはきびすを返すと、静かに袖下におり、そのまま通路に姿を消してしまう。

 「あれ?選手宣誓……は……」

 オーディンの意外な行動に、一同進行の状況が解らなくなってしまうのであた。

 「大使?」

 通路に待機していた、係員がオーディンが進行を過ったのではないかと、彼を疑う。

 「かまわん」

 「はぁ……」

 オーディンがそういってしまったのだから、仕方がない。律儀な彼にしては、珍しいことだった。

 「そ、それでは、これより、市民枠第一試合を行いと思います。選手の方は一度退場してください」

 女性のアナウンスが、場内に流れる。彼女も展開を誤魔化すために、手間取ったようで言葉をつまらせながら、不安定なリズムで、司会進行を進める。

 イーサーを含む選手は、最後尾だったも者を先頭にして、再び移動を開始し始める。

 退場後、イーサーはリバティーと共に、街へ出ることにするのであった。会場内では、大会の大地試合に盛り上がる人たちの歓声で、あふれかえっている。

 その様子は、街頭に設置されている、オーロラビジョンでも見ることが出来るだろう。

 市民枠と自由枠の選手は、大会内で試合を行うことがないため、両者の交流が見られることは、あまり無い。彼等と試合を行うことになるとすれば、世界大会でのトーナメントである。

 それまでは、各のスケジュールに従って行動する者が多い。

 イーサーが試合を行うのは、翌日である。彼はそれまで自由な時間を過ごすことに決めている。

 ナーバスな選手ならば、この間にもトレーニングや最終調整などに余念がないだろう。尤も、それが本来試合に向ける意気込みなのかもしれない。

 イーサーは、リバティーとスタジアムを出ると、少しだけそれを振り返り見る。

 明日、そこで自分が戦う事を、少しだけ考えていたのである。

 そのとき、イーサーに電話が入る。

 彼は、ズボンの前ポケットに押し込めていた電話を取り出し、二つ折りになったそれを開き、着信の相手を確認する。

 「エイルだ……」

 彼は、なんの気構えもなしに、出る。

 「おい。今どこだ?会場にきてるけど、全然連絡入れてくれないじゃないか」

 少しだけ意地悪なエイルの声が、電話の向こうから聞こえる。

 別に彼を除け者にしたわけではない。そして、彼がいると言うことはミール達もいることはほぼ間違いのない事実だった。

 「あ~~ごめん。あ、あのさ、今から旧市街地の噴水広場に行こうとおもってんだ」

 イーサーは、一応視線でリバティーに、どうしようか?などと視線を送ってみる。

 リバティーの方は来るのが彼等なら、いっこうにかまわない。それに、二人きりになれる時間と場所は、そこでないとダメだということではないのだ。

 むしろ、ドライやローズの足跡の一つを辿るのである、エイル達もいた方がよいだろうと思った。

 リバティは、それを含めて二度ほど頷いたのだった。

 「あ~~それじゃ、今正面にいるんだ。通用口からぐるっとまわってきたんだ。そこで待ってるよ」

 イーサーは用件が終わると、電話を切り、もう一度ポケットにねじ込む。

 「怒ってた?」

 「いや、別に……」

 リバティーは、イーサーの晴れ舞台の幕開けに、彼等を誘わなかったことに対しての気遣いをしたが、イーサーはなんなく首を横に振るのだった。

 「よかった」

 リバティーもホッと胸をなで下ろすのであった。

 歓声が上部から漏れ、コロシアム前にいるイーサーとリバティーにもそれが微かに聞こえる。どういう展開になっているのかは、わからないが、そこには活気があるのが解る。

 特に何もすることなく、二人は立ったままで、エイル達を待つと、やがて彼等は、コロシアム正面の出入り口から姿を現す。それは、一般客が出入りするための出入り口である。

 「みてたよ!なんか、ちょっとアクシデントだよね」

 ミールが手を振って、まずイーサーとリバティーに走り寄り、オーディンが進行予定に従わなかったことを話し出すのであった。

 意外な出来事に対して、そうだったと頷くしかない。

 「で?旧市街地の噴水広場になんか行ってどうするんだ?」

 特にイーサー好みの何かがあるようには思えないが?と、勘ぐるエイルだった。

 「うん、アニキ達の銅像っての、見ときたくってさ」

 いつも通り、へらへらとした笑みを浮かべるイーサーだったが、そこには、少しのはにかみがあった。本人達と共に生活をしているというのに、まるで瞼の裏の憧れを思い浮かべるかのような表情だった。

 市内の観光だと思えば、別に大したことはないが、わざわざドライの英雄ぶりを見に行くのも、何となくしゃくに障るエイルだった。尤もドライがどれだけ凄い剣士であるかは、彼も身をもって知っている。それは彼が抱える大きな矛盾の一つである。

 コロシアムから旧市街地へ向かうバスに乗る。日程的に剣術大会が入っているせいか、バスは比較的空いている。彼等が乗り込んだほかに数人ばらけて乗車しているだけになったバスが、目的地へと向かうのであった。

 日常ならば観光ルートの一つであり、いつもは多くの人が押し寄せている場所である。

 彼等が目的地に着くと、大きな十五人の像が並んだ大きな噴水がある。

 像が設置された台座の下から、カーテンのように水が流れ落ちる、きわめてシンプルな造りである。あまり派手なカラクリはない。

 そしてその周囲には、適度に人混みが散らばっており、バスはロータリーになっている噴水広場の道路を走り去って行く。

 あまり大きな空間がない旧市街地において、噴水広場の周囲は、人々の憩いの場としての空間を十分に確保しているような気がする。

 「これがそうか……」

 もちろん最初に声を出したのはイーサーである。

 その像は実物以上に大きな造りをしているため、非常に精悍なイメージが植え付けられる。

 「で?……」

 エイルはつまらなそうにする。それは少々、態とのようにも見える。

 「あ~、アレが大使で、アレがザインさんだろ?でアインリッヒさん……と」

 イーサーは、口に出して誰が誰かを確認し始める。もちろん全ての人間と顔を合わしているため、精巧に掘られた銅像とその対象を当てはめることが出来る。

 「こら若造共!!」

 そのとき、こんな嗄れた怒声が彼等の後方から聞こえる。それはいかにも口うるさそうな老人の声であった。

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