第3部 第14話 §6 エピオニア大会 決勝当日
日は数日流れる。それは、エピオニア剣技大会、市民枠決勝トーナメントの日付である。
イーサーとリバティーは、通常休日に起床する一般人よりも早い時間から目を覚まし、大会に向けて、荷物を纏める。と、いうものの、必要なのは、リュオンを担ぐリュックサックだけである。
「此奴、ネボスケだよなぁ……」
イーサーは、リュオンの首根っこを掴み、リュックに押し込むと、それを肩に担ぐ。
乱暴な扱いのように見えるが、寝ている間、本人からはなんの苦情も出ない。
彼等の宿泊先のホテルは、コロシアムから比較的近い位置にある。元々、この大会の推薦選手はイーサーのみである。
招待されているが、彼等が保証されているのは交通費と宿泊費、飲食代などである。ホテル内で済ませることの出来る範囲は、ほぼ無償で提供されている。
二人は、宿泊先のホテルから、徒歩でコロシアムに向かうことにする。
「ここにも、少しだなぁ……」
イーサーは、厳かで、歴史を刻み込んでいる重厚なホテルの外観を見上げて、ポツリと呟く。
「優勝すれば、エイルさん達と同じホテルになるもんね」
「うん。金のある奴は、最終調整できる場所、確保してるんだってさ」
ホテルはあっても、技の微調整をする場所がないというわけだ。イーサーとしては、少々大会前に動けないのが、むずがゆい。
「あは。しかたがないよ」
それでもすでに彼等は、旅費も得てここまでやってきている。
尤も、イーサーを含めエイル達が、自分の立場に気づき、ローズに乗せられなければ、そんなこともなかったのだ。ただ、エイルのホーリーシティーまでのことや、エピオニア大会への推薦状などのことは、本当にドライ達と、出会った事による運命から生まれた幸運である。
リバティーも、自分自身と世界の繋がりなど知るよしもなかったのだ。
ドライとローズは、今頃城で漸く目を覚ましたことだろう。
未だに信じられないことである。彼とすれ違えば、平伏する人間がいるのである。始終無意識であるようで、絶えず何かをボンヤリと考え、休耕田ばかりを耕していたドライが、この国の内部では、英雄なのである。そして、大使であるオーディンとは無二の親友なのである。
「そういえば、十五傑の像って、見に行ってないよね」
「ああ、そういや……そうだっけ?」
「イーサーが優勝したら、ちょっと見に行こうよ」
リバティーも無責任な言動を発する。ただ単に大会が終わればという条件ではないのである。他者が聞きつければ、聞き捨てならない言動だろう。
「ん~~、行くなら、セレモニー終わってからいこうよ」
「うん」
二人は、手を繋いでいる。互いの手の温もりが、いつもより新鮮に間実朝だった。
エピオニア十五傑の像は、旧市街地のメイン通りの噴水広場に存在している。
エピオニア十五傑で、像に面があるのは、オーディン、ザイン、アインリッヒ、シンプソン、ノアー、ルーク、ブラニー、サブジェイ、レイオニー、シード、ジャスティン、セシルであり、ドーヴァ、ドライ、ローズの面は刻まれていない。全て仮面を付けられた状態で表現されている。順序としては前列から四人、五人、六人とバランスを取っており、それぞれ左順から、先ほど並べた名前通りに並んでいる。
やがて二人は、コロシアムの選手通用口へと到着し、中に入る。
決勝トーナメントが始まる前に、進出者に対する祝辞と、選手宣誓が行われる。
「んじゃ、お嬢はまっててよ。あー、お前もな……って、寝てるよこいつ」
リュオンは寝っぱなしである。成長期であるためか、それとも他の理由があるためか、その辺りは定かではないが、寝ている表情は無邪気なものである。
選手はそれぞれ控え室を個別に与えられている。大会前の選手同士の接触を避けるためである。だが、通路に出ると様々な選手がいる。
イーサーはすでに、具現化した剣を手にしている。その刀身も鍔も柄も銀一色である。非常に珍しい色合いである、それは磨き上げられた金属が放つ反射的な銀ではなく、当にシルバーが持つような、独特の銀色なのである。
「アイツ、クルーガを倒した奴だぜ……」
警戒心のある低い声が、小さく数人から呟かれる。
だが、その中でアンドリューだけは涼やかな顔をしているのである。彼が城に訪れた事も知っているし、エイルの友人であることも知っている。そして、オーディンの推薦状を持っている人間だと言うことも認知している。
余談であるが、アンドリューとオーディン、ザインの間で話されたことだが、オーディン自身は、推薦状を携えて現れるのは、エイルだと思っていたらしい。その点だけが少々驚きであった・
アンドリュー自身も、彼がどこまでの実力を秘めているのかは知らないが、少なくともエイルと同等の力を持っていることは確かであることは、知っている。
だが、クルーガという男を倒した程度でざわめいているようでは、選手層の薄さは隠せない。
オーディンやザインのような使い手を目の当たりにしていると、他者は色あせてしまう。
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