第3部 第14話 §4  今後の展望

 イーサーは、わかりやすいほど喜怒哀楽がハッキリとしている。それもまた、ザインが見て思ったことだった。素直な反応である。アルコール分を摂取する彼はある意味大人なのかもしれないが、どことなく子供じみている面もある。純粋といえばそうなってしまうのだろう。

 そしてそれを囲むエイル達がいる。何となくだが、良くできた組み合わせだと、ザインは思う。

 単純に言うならば、イーサーは良き友人に恵まれているということになる。そういう意味では、彼等は孤独というものに苛まれずに生きてゆけるだろう。


 そうした観察の時間もやがて過ぎゆく。彼等は、レストランを後にすることにした。

 「あんまり楽しそうじゃなかったなぁ……」

 というのが、食後のイーサーの感想である。イーサー達は、食後各の行動に分かれたのである。ザインもアインリッヒも、そこで城へと帰ってしまう。

 リュオンは眠たくなってしまったのか、イーサーの背負っているリュックから、頭だけを出して眠ってしまっている。

 彼等が出入りしたのはVIP専用の出入り口で、通常の資産家とすれ違うこともなく。ザイン達との交流で騒ぎになることもなかった。

 二人は、自分達の宿に歩きつつ、町の様子を眺めるが、並んでいる店は高級感のあるディスプレイだけである。

 旧市街地は多少高低があり、王城へ向かう方角が主に登りになっており、紳士が位置に向かうほど下りへとなっている。

 道は片道一車を漸く保っている、石畳の路面である。街の景観が損なわれない仕様となっているのだろう。

 リバティーの視線は、多少高級な衣類などに目がいくが、特に欲しいものがあるわけではない。

 リバティーの服装は、黒いベアトップに七分丈のロールアップデニムパンツ、白いスニーカーだった。

 イーサーは、食べ物以外にあまり興味を示す様子はないようだ。

 「明後日、決勝トーナメントだね……」

 リバティーは、街中を彩るディスプレイを何気なくながめやりながら、不意そう思った。

 それは彼等がここに来ている目的の一つだからである。

 「ああ、ビシ!っとシメて、決勝いってやるさ……」

 まるでそこまでの間には、一切の障害物すらないようなイーサーだった。本来ならば、物事はそう簡単に運ばないのが常であるのだが、これがかりは、彼の言うように思えてならない、リバティーだった。

 彼のそれには、恐らく根拠などないだろう。だが、その辺りが彼らしい、リバティーはその根拠のなさに、クスリと笑いたくなる。

 恐らくそれを訪ねると、イーサーは、そのことで考え込むだろう。だが、それに対して閣下など出るわけはない。なぜならそれは、彼の勢いだけで、出た言葉であるからだ。

 「優勝したら、洋服でも買ってもらおうかなぁ。大学の入学祝いも兼ねて……」

 リバティーは、イーサーの勢いに便乗して、少し小ずるくプレゼントを強請る。それと同時に今まで何気なく目を通していたショーウィンドウに、寄って展示商品を見てみる。

 だが、この通りにあるのは、上流層の大人達が行き交う通りで、彼等のように資金のない青年層が何かを見つけられるような場所ではない。

 もし、この場書に興味があったとしても、恐らく日常では手が届かないだろう。届いたとしてもそれは、背伸びになってしまう。

 「うぁ、なんだこれ……、二千ネイ……て、大卒初任給並みじゃん……」

 たまたまリバティーが張り付いたディスプレイにあった、バッグの値段である。もちろんブランドものである。だが、そこまではリバティーの意図したところではない。

 バッグはショルダータイプで、オレンジ色の革製品である。カジュアルな服装にも、似合うものだった。

 「イーサーでも、そういうの意識してんだ、初任給とか……」

 二人で、ディスプレイの展示品を、少しの間眺めている。

 「エイルがいってた。俺達は剣のスキル行かして、仕事を始めるって、青写真だったけど……」

 恐らくその段取りの殆どは、エイルが考えているのだろう。

 エイルは、将来を見通して自分達の生活の方針まで考えているのである。

 ただ人に使われて何かをするよりも、自分達で何かをやりたいと思うのは、誰の心にも潜むものであり、エイルはそれが顕著なのだ。

 彼等の中で、尤も常識の枠に縛られているのは、エイルなのかもしれない。

 だからこそ、自分達の力が、人以上のものであることに確信を持ったとき、それが崩れ、予想のつかないものであることに、苛立ちや不安を覚えたのだろう。

 「イーサーは、大学出たらどうするの?」

 「ん?ん~……、俺、エイルには悪いとおもってるけど、エイルの考えた計画には、入らないよ……」

 イーサーの目は、オレンジ色のバッグに止まっている。値段ははやり気になっているところだが、それが良いと思ったのである。

 「多分俺、そういうの向かないかも。規則とか苦手だしさ。それに、ずっとお嬢といたいし」

 イーサーは、へらへらとしてディスプレイを眺めていたその顔をリバティーに向ける。

 単純だった。だが、イーサーはその永遠を信じているようだった。彼はそんな意味でも無邪気すぎる。斜め上からニコニコとして、機嫌の良いイーサーの表情を、リバティーは放心状態になりつつボウッと眺めている。

 「お嬢、顔が真っ赤だよ?」

 「え?」

 今更何を照れることがあるのだろう?

 リバティー自身もそう思っていたはずだった。

 別段気取ったことを言ったわけでもない。イーサーはいつそこにいることが当たり前のように、自然な表情を作っている。

 リバティーは、発する言葉がない。それがイーサーらしいといえば、そうなってしまうからだ。

 言葉で示す言葉出来なければ、形で答えるしかない。リバティーは、ショウウィンドウに背中を預けながら、イーサーの量頬を手で包み、彼の顔を引きつけてキスをする。

 白昼での人通りのある街中でのキス。

 「え……」

 イーサーは戸惑ったが、それでもその柔らかな感触と、細い指が包む量頬の感覚から逃れられずに、目を閉じ十数秒唇を交えあうのであった。

 通り行く人目が、通りすがりつつ、関わり合わないように、だが興味を持って目をやり、去って行く。だが、そこには確かに、二人だけの時間が流れていた。

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