第3部 第12話 §15 きっと美味い朝食がまっている!

 時間は経つ。彼等が出かけたのは、早朝であるため、彼等がサヴァラスティア家に戻ることは、昼にはまだほど遠い時間であった。午前中のティータイムといった頃合いだろうか。

 帰宅を促したのはドライである。理由は単純である。お腹が空いたからだ。ちょうど小腹が空いた感じであるが、恐らくイーサー達は、もっと空腹感を感じているだろう。

 「なんか、久しぶりにいい汗かいた!って感じだよね」

 そう言ったのはミールである。彼女も頬あたりに土が付いたりしている。結局全員がドライと一勝負。いや、二勝負以上はやっている。

 一つ一つの勝負は、五分以内で片が付く。だが、五人いるためそれを順繰りに繰り返していたのだ。

 何度も勝負を望むのはイーサーである。そうなると、エイルは引くことが出来ない。フィアは合間を見て、気分次第である。グラントは、フィアにつつかれて逝くことが多いが、面白くなってくると、次第に順番に加わるようになる。エイルが一生懸命になっていることだ、ミールがやらないわけがない。

 一ついえることは、体格的に劣るミールにとって、ドライは丁寧だった。特に、魔法主体になりがちなミールは、ドライと相性が悪い。物理的な攻撃はほぼ効力がないに等しい。形としては、指導的なものになる。しかし魔法が得意であり魔力が高いということは、それだけ精霊の能力を高く引き出す琴田出来ると言うことでもある。

 彼女はそこでいくつかの創意工夫を組み合わせることになる。彼女の能力は、イーサーを除いた四人の内、二番目に物理的要因の強い能力となる。一番はグラントであり、大地を司る能力である。彼の力は重力のみに及ばす、大地の恵みそのものを扱うことが出来るのである。

 ミールの力は水である。四人の中で、質量のある水を使うことが出来る。水は、比較的扱いやすい温度で、固体液体流体と、非常に高いバリエーションを持つ物質である。気体の状態では、幻影を生み出したり、視界を大きく限定したり、などのカモフラージュ効果も得られる。

 恐らく、この日の中で、一番収穫があったのは、ミールではないだろうか。

 「私も、明日から本格的にやろうかな!」

 リバティーが、そう言い出す。ドライと戯れている彼等が楽しそうでならなかったからだ。

 「オメェは、基礎からだな。音ぇ上げるんじゃ、ねぇぞ!」

 「パパが見てくれるんでしょ!?」

 リバティーはイーサーの後ろから、声を張ってドライと会話をする。

 「ん?まぁな」

 リバティーと言えば、この日直接ドライと向かい合うことはなかった。イーサー達が休憩をしてる合間に、彼等に動きを教えてもらっていた。

 リバティーの能力値は高く、訓練さえすれば直ぐに、ある程度のレベルに達することだろう。

 ドライやローズの血を引いているのだ。それは当然だと、いえるのかもしれない。

 過去に驚異的に筋力を上げた人間といえば、ドライの中ではシンプソンが一番だと思えた。

 彼は、ドライ達と冒険に出るまでは、本当に体力のない男だった。だが、クロノアールや、シルベスターと戦う頃においては、その精神力はかなりの成長を遂げ、体力も可成りのものとなっていた。

 よって、現状の彼女の筋力はどは、それほど参考にはならない。


 リバティーは、ドライが甘いことを知っている。最近特にそれを感じる。

 リバティーはドライが嫌いだった。何を考えているか解らないところがあったからである。絶えず雲の上を眺めるような遠い目をしていたこともある。

 彼女はそんなドライに対して、嫌悪感を顕わにしていた。だが、ドライは何も言わない。

 今は、ドライが何故、そうだったのか解る。彼は、誰よりも激しい戦いの中を生き、そして今、平穏の中生きている人々より、強く平穏を願っている。

 だが、本当の危険が迫ったとき、自分達を守ってくれる人は、彼なのだろうと思う。イーサーとの小競り合いがあったあのとき、ドライはは行動に迷うことなく、彼を退けた。

 リバティーは、そのときの強さが心に焼き付いて離れない。

 そんな自分に気が付いた後でも、ドライはリバティーへの感情を変えずにいる。ドライはリバティーを愛しているからだ。甘えると逆に照れくさそうにするドライがいる。それが甘さの表れである。


 彼等は、すっかり空っぽになったお腹をかかえて、漸くの我が家に帰る。だが、そこに待っていたのは、すっかりすねているローズと、ティータイムを楽しんでいるドーヴァ夫妻である。

 テーブルの上に、朝ご飯はない。

 「おーい……」

 と、ドライが声をかけてもローズは、頬を膨らまして。テレビを見ているだけである。

 「こんな時間だし、何処かで食べてきたんでしょ~?私だけ除け者にして……」

 自分が加われなかったことに対する焼き餅であるらしい。

 「だぁから!ガキ共と、出かけて来る!つったろうがぁ!朝飯にゃ、ちぃとオセェがよぉ」

 どうして、こういうときに限って子供みたいにだだをこね始めるのか?ドライの神経がじりじりと焼け始めるが、焼け始めたところで、最終的に撃沈されるのはドライである。それは、ローズが口を開こうが、閉じていようが、変わらない結果である。

 「しーらない。きぃてないもーん……」

 ドライは確かにそういった。ローズも返事をしたはずだ。だが、彼女はまだ眠りの中だったようで。本人はまったくその記憶がないらしい。わざと憎たらしい声を出して、目一杯拗ねる。

 「あはは。じゃぁ私が作るから……」

 フィアが、シャツの腕をまくって、キッチンへと向かおうとうする。

 「そんなコトしたら、もうお風呂に入ってあげないもんねぇ」

 と、ローズが、フィアの楽しみの一つにつけ込む。フィアの動きが止まる。

 「姉御ぉ!それダメ!絶対だめ!!」

 朝から賑やかなサヴァラスティア家に、ドーヴァは思わず耳を塞いでします。今も昔も変わらないことは、ローズがやりたい放題に、事を進めていると言うことだ。ドライが主導権を取る機会は、なさそうである。

 「ふん……」

 明らかに子供じみた遣り取りに、冷めた反応を見せるエイルだった。落ち着き払って、椅子に着き、時計を見る。後一時間半もすれば昼である。確かに空腹感に苛まれるが、わめき散らすほどでもない。

 「お腹空いたよぉ~」

 だが、今にもめげそうな声を出して、椅子に座りテーブルの上にへたったのはミールである。

 ローズが駄々をこね始めると、それに付き合わなくてはいけないと言うことを、よく知っているのは、やはりリバティーだった。

 「はぁ……」

 グラントも座る。

 五月蠅くなっているのは、ドライとフィアとローズである。ドライは空腹を我慢するような主義はない。そしてこういうときは、意地でも作らない。

 その隙に、リバティーはアイスティーを持ってくる。確かにそれで空腹を満たせるわけではないが、糖分も含まれているため、多少は気が紛れる。無言のままだが、拍手喝采で喜んだのはミールである。

 アイスティーが置かれたのをみて、最後に腰をかけたのはイーサーである。

 「あぁあ。姉御の作った飯食べるの楽しみなのになぁ……、いっぱい腹減らしてきたのに……」

 イーサーの言い回しには語弊があり、本当は結果論であるが、空腹に気が付いてそう思ったことも、また事実である。沢山美味しいご飯が食べられると思っていたのだ。

 特にローズは、彼等のために大量の食事を作る。それでも空っぽになるのである。そしてローズもそれを、何よりも楽しみにしている。

 ローズはその言葉を聞き逃さなかった。彼女の耳がまるで別の生き物のように反応し、ピクリと動く。ニュアンスは確かに、ご飯を食べるために運動をして、お腹を空かせたような言い回しになっている。

 「もう一押しだよ!」

 リバティーが、イーサーの耳元でぼそりと囁く。イーサーは、その気でそういった訳ではない。

 「え?」

 彼の言葉は、ただの不平不満であり、期待を裏切られ残念さから出たものだ。

 リバティーは、携帯電話に、メッセージを打ち込み、テーブルの下で、イーサーにそれを見せる。

 「あ~~……、早く姉御の作ってくれた、美味しいご飯が食べたいなぁ……?」

 恐らくその言葉は、イーサー以外が口にすれば、わざとらしいものになるに違いない。グラントが、口にすれば、気を遣っているのが丸わかりだし、エイルが言うはずもない。

 フィアはすでに、行動に出て失敗している。ミールが甘えてもお昼までお預けは、変わらないプランだろう。少し態とらしかったが、イーサーがそれを口にする。

 「みんな楽しみに、してたのになぁ……」

 イーサーは、リバティーが命ずるままに棒読みする。

 「ホントに?!」

 少し科白臭いそれに、しらけたローズの視線がイーサーを見る。

 「え?だって、めちゃ腹減ってるし……、姉御のご飯食べて、ばりばり頑張ろうかなって……」

 説明臭くなっているのは、ローズに気圧されているためであり、説明を求められたような気がしてならなかったからである。額には、何故か戦慄の汗が流れる。

 「さて……朝ご飯にするか……」

 百八十度逆の姿勢を取り、ローズはキッチンに歩いて行く。

 救われたのはフィアとミールである。リバティーの機転に、涙して拍手する。

 だが、何故か切っ掛けを作ったイーサーは褒められずじまいである。

 「もう昼だっつーの……」

 と、エイルがぼそりと呟くが、女性陣から口を慎むように、しー!っと、忠告を受ける。

 余談であるが、ドーヴァとセシルが、二度目の朝食を迎えることになったことは、言うまでもない。

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