英雄達のレクイエム

城華兄 京矢

第1部 白と黒の魔導師編

第1部 第1話 ドライ=サヴァラスティア と ローズ=ヴェルベット §1~§10

第1部 第1話 §1  紅き目を追って

―――――― プロローグ ――――――


 魔導暦九九九年、物語はそこから始まる。


 世界は、平和と混沌が入り交じり、剣と魔法が力を持つ時代であった。


 時代背景は中世に酷使し、そこには数万人からなる街規模の都市国家が点在し、街道がそれらを繋ぎ、流通の主軸を馬車が担っていた。


 国は、盗賊やならず者などの外敵から身を守るため、その外周に強力な外壁やバリケードを築き、自警隊を組み、絶えずそれらに備えなければならなかった。

 

 だが、国家が運営する自治組織だけでは、治安を確保することが出来ず、世界中の領主や富豪は、盗賊や無法者共に賞金を掛けることで、それを目当てに戦う者達を、無法者達に対する抑止力とすることにしたのだ。


 目には目をというわけである。


 やがて、そんな賞金を目当てに、生計を立てている者達が現れ、皆、彼らを賞金稼ぎと呼ぶようになった。


 軈て賞金稼ぎ達は、盗賊退治以外だけに止まらず、その腕を買われ、古美術品を漁り、古代文明に関わる遺跡探索をこなす者も現れるようになる。


―――――― 遺跡と賞金稼ぎ ――――――

 

 賞金稼ぎ達が、遺跡探索を請け負う理由は、いくつかある。

 一つめは、やはり道中が危険であること。

 二つめは、この世界には、詳細な地形を認めた地図がないこと。

 三つ目は、遺跡の殆どが未解読の古代技術で出来ており、それらは魔法や剣より遙かに手強く、人を近づけないための罠が張り巡らされており、侵入を困難にしていたからだ。

 幾人もが、罠にかかり、命を落としている。

 

 彼等賞金稼ぎの命は、一欠片の古代遺物よりも軽いのである。


 遺跡の発見は、名誉と金になり、誰もが謎めいた過去の文明を解明しようと躍起になっていた時代でもあったのだ。


 時代背景はそんなところだ。


―――――― 本編 ――――――


 それは、とある街周辺の出来事だった。

 不気味なほどに真っ暗な山中の夜道を、一つの馬車が猛スピードで駆け抜けていた。二頭の馬は馭者に鞭打たれ、今にも口から泡を吹いて倒れてしまいそうな程に、死に物狂いな様子だ。


 そして幾つもの松明が明かりが、平行して馬車を、追随している。

 それから、威圧じみた挑発の声が幾つも挙がり、徐々にその幅を縮めてくるのだった。

 

 その声は、紛うこと無き盗賊共の歓喜に震えた雄叫びである。

 そして、松明に照らされた野卑で獰猛な顔ぶれが、爛々と目を輝かせながら、馬車を襲うタイミングを見計らっているのだ。


 恐怖に震え上がった馭者は、夥しい脂汗を額に浮かべながら、馬が潰れるのも構わず、鞭を打ち続け、盗賊共を振り切るのに必死だった。


 夜間を走る駅馬車の殆どは、運行予定が狂ってしまった馬車であり、途中何らかのトラブルに見舞われた後のものが多かった。

 運行予定の遅れた馬車は、盗賊にとって、正に格好の獲物なのである。

 

「ぐあ!」


 馬車を必死に走らせていた馭者の胸に、ボウガンの弓が刺さる。

 どうやら、狩りの時間が始まったようだ。

 馭者はそのまま、気を失って席から転落してしまう。

 馭者の居なくなった馬車はもう、馬に運命を任せるしかない。


 車内の乗客は、貴族服のような上品な着衣の者達で、ただ怯え、明かりの消えた馬車の中で互いを庇い合っていた。


 幾人かが馬車の屋根に飛び乗り、綱を切り、馬と馬車を切り離し、車内にある物資を奪う準備を屋根の上で整え始める。

 ブレーキをかけられ、動力を失った馬車は、やがて停止し、いよいよ盗賊共の餌食となろう瞬間だった。


 馬車から乗客達は我先に逃げ出しては、次々盗賊の牙に掛かって行く。これこそ盗賊共の遊興である。必死の形相で逃げ回る者達を追い詰め、斬り殺し、恐怖に狂った断末魔を楽しむのだ。


 幸か不幸か、腰を抜かした一人の女性だけが、馬車の中に取り残された状態となる。盗賊達が脊髄反射的に、外に逃げた獲物を追いかけ回した僅かな時間だけ、生き延びることが出来たのだ。


 しかしその幸運は、そう長くは続かない。盗賊達は決して一人たりとも獲物を逃すことなどないのだ。だが、その差こそが、生死を分かつ差ともなる。幸運の女神は何時何処で、誰かを拾い見捨てるか解らない。


 彼女が正に殺されようとした、その瞬間、盗賊は一瞬にして首を跳ねられ、己が死に直面したことにすら気がつかないまま絶命する。


「レッドアイだ!ドライが出たぞ!!」


 誰かが叫ぶ。緊迫したその声は、恐らく盗賊達の声だ。其れと同時に周囲が一気に騒がしくなる。馬車の周囲から、歪んだ快楽に満ちた気配が遠ざかり、当たりは急に静けさを取り戻すのだった。


 山間で一つの事件が起ころうとしていた時だった。

 街のとある木造建築のウェスタンスタイルの酒場に、場面は移る。

 傷だらけの古めかしい木製の丸テーブルで、黒い戦闘用ジャケットに、いぶし銀に光る鋼鉄製の防具を纏った剣士姿の女が、スコッチを飲んでいた。


 腰元には軽量でスマートなロングソードが下げられており、真っ赤に染まる鞘や柄に細かい装飾がされている見事な逸品だった。恐らく名のある名匠により生み出された剣であろう。


 そしてそんな彼女もまた、盗賊狩りを生業とした剣士なのである。


 酒に酔った男共が、そんな勇ましい彼女に絡む。


「ねぇちゃん、偉く威勢が良さそうだなぁ、ヒック……」


 その視線は既に、彼女の値踏みを始めている好色なものだった。

 彼女は真っ赤に燃えた髪を靡かせ、真っ青な瞳で、その男を睨み付け、気怠い口調でこう言い放つ。


「消えな、お呼びじゃない」


 だが言葉とは対象に、男共をジロリと睨んだその視線は凍てつく青さを潜ませていた。あまりに殺気を帯びた視線に寒気を覚えた男共は、酔いが覚め、押し黙ってしまうのだった。


 そして何もなかったように、彼女の側を離れて行く。

 彼女は興が冷めた様子でグラスを一気に空けると、小銭を適当に取り出しカウンターに散蒔き、何も言わず酒場を後にするのだった。


 あれくらいで、震え上がってしまう男など、一々相手にしていられない。彼女の背中がそう語ってるようだった。


 彼女が酒場にいた理由は、何らかの情報が得られると思ったからだ。そう、酒場は単なる娯楽の場ではない。目を配れば陽気に紛れ陰気な話が飛び交い、耳を澄ませれば、様々な情報が転がっている。


 彼女はあるものを探している。だが、その夜は彼女の探し求めている情報を得ることが出来ず、一人酒場で暇を持て余していたところだたのだ。


 活気と陽気で、騒がしく明るい盛り場を抜け出し、街灯も薄暗く、静寂の眠りに包まれた通りに行き着き、そこを歩く。


 ブーツの音だけがコツコツと響く、なんとも静かすぎる通りだった。女一人で歩くには少々物騒な場所でもあったが、彼女はそんなことは気にもせず、やがて都市を守る防壁と外を繋ぐゲートまでやって来る。


 街で情報が得られないのなら、求める獲物を探すのも、また一つの手段だ。


「おい、夜だぞ。何処へ行く?」


 煌々と松明に照らされた頑丈な鋼鉄の門の前に立つ街の砦の衛兵達が、長い槍を交差させ、ゲートの前に立ち塞がり、彼女を止めようとした。

 彼女もすぐに言い返す。


「この辺をのさばってる盗賊を殺りに行くの。アジトも大体わってるし、団体相手には夜襲に限るでしょ?」


 適当なことを言い、クスリと笑い、腰に手をやり、度胸の据わった目で、衛兵達を見上げる。腰には小銭をため込んでいる袋が下げられている。彼女はそこから金貨を取り出し、衛兵達の手に強引に渡した。


「お願い。百ネイあるわよ。それがあれば二人で一晩、陽気にやれるんだから、ね?」


 今度は頼み込むようにして、ウインクをして両手を合わせ、魅力的にアピールしてみる。

 

 衛兵達は、少しキョロキョロしながら、こそこそと話し始める。それから少しして、周りに人気がないのを確認すると、ゲートを少し開け彼女を通す。その際一人の衛兵が、彼女に一つの情報を与える。


「此処だけの話だが、この辺りに、ドライが来てるらしい、先越されんなよ」


 この言葉に彼女は一度足を止める。だがすぐに、何も言わず歩き出す。この時すでに彼女の表情は殺気立ち、戦士の目に変わっていた。冷たく凍てつく青い瞳が、皎々と闇の中に輝く。


 彼女の名前は、ローズ=ヴェルヴェット、身長は百七十センチ手前くらいで、見事なまでに紅い髪を靡かせている。ヨーロッパ系アメリカ移民のスッキリとした顔立ちで、睫も目元切れ長で、睫も長く、彫りの深い美人だ。


 この世界では、エウロパ系セルゲイ人という血統となる。


 賞金稼ぎの仕事を始めたのは、一寸した悲劇からだった。

 彼女には一人の姉がいた。姉の名前はマリーといい、その姉の夢は、考古学者として魔法発生の紀元を掴み、それを探求し、世界に名を馳せることであった。


 しかし五年ほど前、ローズが十六の時に、マリーがその探求の途中、ある地方で死んでいたことを風の便りで知るのだった。


 ローズは、姉を確認するためにマリーの遺体が発見された場所へと旅に出る。そして手厚く埋葬されたマリー墓の側に残されていたのは、一本の剣だけだった。それだけがマリーの残した唯一の所持品だった。


 マリーの死に際を見ることの出来なかったことと、彼女が死んだのだという現実を目の当たりにしたローズは、悲しみに暮れるのだった。


 その剣には、たった一つ名が彫り込まれており、その名が「ドライ=サヴァラスティア」という名前だった。


 そしてそれだけを手がかりに、今日まで流れに流れて此処までやってきたのだ。

 剣の状態から、可成りの銘刀、年期物だと言うことが解る。赤く細い刀身に赤い柄、本当に剣全体が鮮やかな赤色だった。その剣は、今もローズの背中にある。マリーの最期を看取ってくれた人の話だと、この剣は彼女の腹部を貫いていたという。マリーの死因は失血死らしい。今マリーの死の故を知るのは、ドライ=サヴァラスティアと言う男だけなのだ。


 彼が殺したに違いない。マリーを殺して何を奪ったのか……。マリーはよほどの財宝を手に入れたのか?それとも偶然か。少なくともマリーが辱めにあったような事実は無かったらしい。ただ、一撃で殺されたらしい、腹部を貫く傷が一つ。


 自分からマリーを奪った彼を、なんとしても捜し出さなければならない。


 その後、ドライ=サヴァラスティアは、伝説的なほど残忍で、狡猾な盗賊狩りを生業とした賞金稼ぎであることが解った。今日まで、その二つの手がかりが、彼女を強くし、ここまで生かせてきた。虎穴に入らずんば虎児を得ず。ということだ。


 そして、その男を漸く拝める日が来ようとしているのだ。

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