第2話:夫婦の会話

「て、ことがあったの。沙姫のところも大変だよね」


 私は夫である康孝やすたかに浮気がどうとかは伏せて、夫婦喧嘩中だと、今朝の出来事を遠回しに話す。


 会社から帰ってきた夫は私の話に興味はないといった感じで相槌を打ち、冷蔵庫からビールを取り出すと喉を鳴らして飲み始める。


「今日の晩飯は?」


「えっとね、おでん」


「あぁ、おでんかぁ……」


「おでんの種が安くて買ってきてたんだけど。おでん好きでしょ?」


「ん~まあ好きだけどさ。おかずとして、おでんはどうかなって。そういえば茉莉まりの実家は、おでんがおかずになるんだよな。それっておかしいと思うんだ。

 家それぞれに個性があるのは分かるけどさ、茉莉も楠見くすみ家の人間なんだから世間の常識から外れたことはやめた方がいいと思うけど」


 そう言って最後に小さく鼻で笑う。


 実家への無償の愛があるわけではないが、私の親を小バカにされたような態度と物言いが、私の心にチクリと刺さる。


 文句のひとつでも言おうと思ったが、チクリと刺さった夫の言葉は、私の喉にも刺さっていたようで、喉に刺さった小骨のように邪魔をしてきて、言葉が詰まってしまう。


 夫は少し酔ったのか乱暴に椅子に座ると、手に持っていた缶ビールを飲みながらスマホの画面を見始めてしまう。


 時々私を見て目で何かを訴えてくる。どうやらお腹が空いたから、ビールのつまみにおでんを出せということらしい。


 私は台所でお昼に煮込んでいたおでんの入った鍋に火を入れ温め直す。


 その間に一本缶を空けた夫が台所に入ってきて、スマホを見たまま冷蔵庫のドアを開けてもう一本ビールを取り出す。


「この間の健康診断の結果悪かったから、一日一本にするって言ってなかった?」


「んー、あれやめた。我慢する方が体に悪いし」


 スマホの画面にそう話しかける夫はそのままリビングに戻って行く。


 モヤモヤした気持ちのまま温まったおでん鍋を持ってテーブルの上に置いて、取り皿を並べる。


 夫は鍋をチラッと見て箸を突っ込むと自分の取り皿に具を入れ、からしをつけ食べ始める。


 スマホを手放さない夫に話し掛けるのもめんどくさいので、自分もご飯を食べることにする。


 お米とおでんのダシをたっぷり吸った厚揚げの愛称バッチリなのに、これを楽しめないなんて勿体ない。

 なんて思いながら一人でおでんを楽しんでいると、夫がスマホに飽きたのかテレビをつけて、ぼんやりと画面を見ながら口にがんもどきを運ぶ。


 やがてテレビからおしどり夫婦として有名な芸能人が離婚したとの報道が流れる。


「へぇ~この間バラエティに出てたとき仲良さそうにしてたのに。見た目じゃ分からないものだね」


 何となく呟いた私の言葉を夫は鼻で笑うと、空になった缶をテーブルの上に置いたまま立ち上がり冷蔵庫へ向かう。


 私とすれ違い様に、ビールで酔って赤くなった頬と鼻を私に向けて、アルコール臭のする息を吐きながら言う。


「大体おしどり夫婦とかで売り出してる奴って基本仮面夫婦だろ? 結婚報道のときからこうなるって俺は分かってたし。お前は鈍感だから分からないんだろ? ホント、見る目ないよな」


 アルコールで血走った目で自慢気に話す夫に私は微笑んで言う。


「へぇ~分かってたんだ。凄いね」


 その言葉を受けた夫は機嫌良さそうに台所へと向かう。


 その背を見る私の目はきっと尊敬の眼差し。


 そこまでなんて本当に凄いねって。

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