飛翔
スエコウ
前
二人で絵本を、ボロボロになるまで読んだ。
グリフォン隊の戦士が活躍する物語だ。グリフォン隊は王都防衛の要で、平民が近衛兵になる唯一の方法でもある。グリフォン隊の任務は危険なので、貴族連中は誰もやりたがらないのだそうだ。おれと幼馴染のサリアは小さな頃、よく二人でグリフォン隊ごっこをして遊んだ。おれはサリアのことが大好きだった。おれはいつもサリアの後ろについて回った。夕方分かれるのが辛くて、サリアとつないだ手をいつまでも離さなかった。
サリアの顔にアザがあるときはほとんどいつも、サリアとおれはグリフォン隊ごっこをした。顔をけがしている理由を聞いてもサリアは答えなかった。代わりにおれに笑いかけて「ダインは後ろね!」 と言った。サリアはいつも先頭で、おれは後ろだ。空き地の一角に角材を一本置いて、そこにまたがって、グリフォンに乗って空を飛んだつもりになるのだ。
「ダイン、しっかりつかまって!」
グリフォン隊の戦士になりきったサリアが、おれに向かって言う。
おれはサリアの腰に手を回して、サリアの背中にぎゅっと顔を押し付けた。サリアの温もりを頬に感じながら、おれはサリアが「私グリフォン隊に入るの。そして家を出る」という言葉を聞いていた。「僕も行っていい?」おれが聞くとサリアが「もちろん」と答えた。そして「お空の上で、結婚式しましょう」と言った。それからも、おれたちはずっと一緒だった。
王都の公共訓練所で実物の剣を握れる歳になると、サリアは戦士としての才能が一気に開花した。おれも必死でついていこうとしたが、サリアとの差は広がっていく一方だった。都市の衛兵に志願したとき、サリアはいきなり兵士長に抜擢され、おれは武具の整備係を命じられた。一緒にいられなくて落ち込むおれをサリアは優しく抱いてキスをして励ましてくれた。おれはベッドの中で、サリアの背中の、つややかな肌に顔をぴったりつけて眠った。
「変わらないね」
サリアはくすぐったそうに笑って言った。
「変わらないさ」
おれは言った。
「ずっと変わらない。歳を取って、子供が生まれても、孫が生まれても、その後もずっとこうする」
サリアは「うん」と言った。
ある夜、街を巡回してしていると路地裏から悲鳴が聞こえた。おれが悲鳴のする方へ行くと、若い女性が地面に押し倒されて服を剥ぎ取られようとしていた。おれは腰のベルトに下げた棍棒を抜いて横なぎに振るった。女にのしかかっていた男が吹っ飛んで動かなくなったのを確認して、「大丈夫か」と声をかけた。女は「後ろ!」と答えた。次の瞬間おれは視界に強い衝撃を受けた。頭を殴られた。女を襲っていたのは一人ではなかったらしい。おれはふらつく足を必死に動かして、おれを襲ったやつにしがみついた。「逃げろ」女に叫んで、おれは男を引きずり倒した。女が逃げるまで時間を稼ぐつもりだった。
もみあっているうちにおれは突き飛ばされた。男が懐から刃物を出すのが見えた。壁に掛かったたいまつの光を反射して、振り上げられた刃物が光っていた。ああ、刺されるな。そう思った次の瞬間、相手の姿が消えた。男ははるか頭上に吊り上げられていた。男の襟首を、グリフォンのたくましい前足の爪がつかみ上げている。グリフォンが男を掴んだ前足をひょいと振ると男はものすごいスピードで壁に叩きつけられて動かなくなった。おれがこん棒で殴ったほうの奴は、グリフォンが現れたのを見ると、呻くような声を上げて逃げて行った。おれはぼやけた視界のなかで、はじめて間近でグリフォンを見た。夜間警備用の集光ゴーグルをつけた、巨大な魔獣。その魔獣に括りつけられた鞍に、同じようなゴーグルをつけた屈強な戦士が跨っていた。
「ダイン!」
おれを呼ぶ名前が聞こえた。横倒しになった視界に、サリアが着地したグリフォンの鞍から飛び降りておれに駆け寄るのが見えた。戦士の後ろに乗っていたらしい。サリアはなんでグリフォンに乗っていたのだろうか。そう思いながら、おれは意識を失った。
おれは衛兵をやめた。
クビになったわけではなく、武具の整備に専念するためだ。街兵長からよく市民を守ってくれたと褒められたし、都市当局から少しだけ報奨金も出た。意外なほど周囲からは慰留された。おれはおれが思っているよりも剣の腕が立つという評価だったようだ。訓練所の教官にも誘われてありがたかったが、断った。衛兵長に頼んで、武具の整備工房に口をきいてもらった。あの時運よくグリフォン隊の戦士に助けられたが、本当なら十中八九あそこで死んでいた。死を目前にしておれの脳裏によぎったのはサリアの顔だった。おれは死にたくなかった。サリアと離れ離れになるのはごめんだった。
サリアにプロポーズするため、有り金をはたいて金の指輪を買った。サリアとおれは最近お互いの仕事が忙しくて、あまり会えていなかった。おれはサリアに「小さい頃よく遊んだ空き地で待ってる」と伝えた。いきなり兵士長の部屋に入ってくるなり言ったのでサリアは面食らっている様子だったが、サリアは「うん」と答えた。夕刻になって、おれは空き地でサリアを待った。 指輪を入れた小さな革のポーチを握りしめたまま、おれは空き地のベンチに座って待っていた。見上げると、巡回中のグリフォンが低空飛行するのが見えた。二人乗りの鞍の後ろに乗っていたのはサリアだ。何かに突き動かされるように、おれは走り出した。グリフォンが飛び去る方向に向かって走った。高度を上げた魔獣はものすごい速さで遠ざかっていき、おれは心臓が破れそうなくらい走り続けた。再びグリフォンを見つけたとき、魔獣は郊外の、一番大きく高い鐘楼の上空を旋回していた。王都の鐘楼は見 げるほどに巨大で、上空から駆けつけて速やかに鐘を打ち鳴らせるようグリフォンが着地できるポートが屋上に設置されている。おれはふらふらになりながら鐘楼の階段を上った。
「サリア、結婚しよう」
うわごとのように呟きながら、おれは鉛のように重くなった足を動かし続けた。最上階につくと、屋上への扉が少しだけ開いていて、隙間からサリアの姿が見えた。服を着ていなかった。吹き抜けの
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