第32話 果てのない旅。
こうして冬狼は逮捕されて冬狼事件は終結し、すべての元凶であるテルも殺された。
そして冬狼事件での活躍により、GCAは一般に公開された正式組織となり、隊員の数もどんどん増えていった。
さらに能力者の地位向上も進み始めた。
まだ人間としての権利を完全に手に入れるには時間がかかるだろうが、ともかくこれは大きなパラダイムシフトだ。
「まったく、少しの間のうちに俺たちもすごい有名人になったな。」
「まあ、実名は公開されていないけどね。」
そんな中、月狼とライは海岸に来ていた。
水平線の上に月が浮かび、暗い海を白く照らしている。
事件終結後、二人はGCAを離れ、かつての戦場を巡る旅を始めた。
本当は月狼だけで行くつもりだったのだが、ライが
「私も行く。
そろそろ私も戦争と向き合う時が来た。」
と言い出した。
彼女が受けた凄惨な虐待のことを思い返して、月狼は必死で止めたのだが、ライの決意は変わることがなかったため、彼女もつれていくことにしたのだ。
「ふう。」
二人はようやく海に出会って一息つく。
何しろ今まで凄惨な戦場をあまりに見てきたのだから。
かつて自分たちが殺されかけた市街地。
自分たちが能力者として誕生した研究所など。
この研究所の最下層も見た。
そこでは戦争中、実験が行われていた。
大量の能力者を地下室に監禁し、最後の一人になるまで殺し合いをさせるという実験を。
月狼もかつてこの中にぶち込まれ、それまで日々を過ごしてきた何人もの仲間たちを殺害した。
「はあ、にしても本当に最下層はひどかった。
まさか死体がまだ収容されているなんて。」
「そうだな。」
もちろん、一回実験が終わったら死体は次の実験までに焼却されるから、この中に月狼のかつての仲間たちが含まれていることはない。
だが、最後の実験を行った直後に連邦国が降伏したので最後の実験の死体の処理がされることはなかったのだ。
そして死体は放置された状態で今も残っている。
ここだけではなく、ほかにも様々な古戦場を巡った。
かつて爆撃や砲撃で徹底的に破壊しつくされた街も、今ではある程度元通りになっているが、やはり再び訪れると戦場のことを思い出す。
今日までは月狼が戦った場所を主にめぐっていたが、明日からはライが戦った場所を巡っていくことになっている。
月狼は正直本当に引き返したかったが、ライは絶対に引き返さないつもりでいる。
「これは私が前に進むための旅だから。」
それがライの言葉だった。
だが、海を見ているとそれまでたまった複雑な気持ちも落ち着いていく。
「きれいだね。」
ライが月狼につぶやいた。
「ああ。そういえば敵に包囲された時もあの月を見ていた。」
「私も。」
ザーッ。
二人の声に波の音が静かに重なる。
「それでさ、月狼はこの旅が終わったらどうするつもり?」
「いきなり?」
「うん…。何か嫌な予感がしてさ。」
「…。」
月狼は静かに語った。
「別に死ぬわけじゃないから安心してくれ。
ただ、どこかへ行くだけ。」
「じゃ、じゃあもう私とはっ!」
「一生会えないと思っておいたほうがいい。
俺と一緒じゃ、君には不利益しかないだろ。」
「…。」
お互い黙り込んで、気まずい雰囲気になる。
「じゃあ、そろそろかえ」
「待ってっ!」
立ち上がろうとする月狼の腕を、ライが必死でつかむ。
「あのさ…。
分かってるよ。無理なお願いっていうのは。
でもっ…。
やっと見つけたの、もう二度と放したくないから…。」
ライが締め付ける力を強くした。
腕が一層ライの胸に押し付けられる。
「えっ?」
「たとえ私の身に何が起こってもいい。
何が起こっても、どんな手を使ってでも守るから…。
だから月狼、お願い、一生私を守って…。」
ライが泣きそうになりながら言う。
こういわれると、月狼も断る理由はない。
「…わかった。
もう逃げたりしない。
だから…、とりあえずその手を放してくれない?」
「本当…?」
「こんな形で言われて、嘘をつけるわけないでしょ。」
「ありがとう!」
彼女はゆっくりと手を離した。
「じゃあ、帰るか?」
「待って、もう少し見ていたい。
君と一緒の月を。」
「いいよ。」
月狼はライにやさしく微笑んだ。
その顔は、戦場を駆ける狂犬の顔ではなく、年相応の優しい少年の顔だった。
二人は砂浜に移動した。
「あ、どうせならさ、裸足で立とうよ。」
「う、うん。」
二人は戦闘用ブーツを脱いだ。
月狼は靴下を脱ぐ。
ライはタイツを脱ぐためにスカートの中に手をかけた。
「わわっ!」
「どうしたの?脱ぐのは当然じゃん。」
「まあそうだけどっ。」
さすがに月狼には刺激が強い。
「へえ、そういうのに興奮するタイプの変態だったんだ。」
「いや、違うよ、普通はそんなんじゃないけどさ、」
「じゃあ何?」
「やっぱり…、長い間一緒に働いてきたじゃん?
そうすると、なんていうか、特別感みたいなのが出てくるんだよね。
べ、別に恋心みたいなものじゃなくてさ…。」
「じゃあ月狼は私のことどう思ってるの?」
「
月狼は適当にはぐらかしてみることにした。
「ふうん。
じゃあ好き?嫌い?」
「え、そ、それは。」
「なお、好きか嫌い以外の答えは無効とします。
制限時間は五秒です。」
「えっ」
「ちっちっちっちっちっ。」
ライが月狼の困った顔を楽しそうに見ながらカウントを始めた。
「さて、タイムオーバーです。
さあ、答えは。」
「好きだっ!」
「えっ。」
あまりにもはっきり言われてライは驚いた。
「えっ、何かおかしかった?」
「い、いやさ、何というか、回答としては一番求めてたんだけど、なんか返答に困るというかさ…。」
明らかに焦っている。
「まあと、とりあえず君が私を好きなのはわかったからさ。
一緒に立とうよ。」
「うん。」
二人は砂浜の上に立った。
たまに海水が寄ってきて、二人の足首から下を濡らした。
その時。
「わわっ!」
「えっ?」
ライが前に転んだ。
そして右斜め前にいる月狼にぶつかる。
月狼が急いでそれを押さえる。
「えへへ…、転んじゃった。」
「どう考えても転ぶ方法そっちじゃないでしょ。
さては、わざと転んだ?」
「バレたか。」
ライはそのまま立ち上がることはせずに、月狼の手を押さえつつ前にはい寄る。
「これで逃げられないね。」
「待って、何を…」
「なんでも?ただこういう感じで君を見たかっただけ。
でも…、月狼がここから先を望むなら、してあげてもいいよ?」
「うっ…。」
ライより前に女性と話したことがない月狼に究極の選択が突き付けられた。
だが、初めての出来事といえど、今まで突き付けられた選択と比べると答えるのは簡単だった。
どちらを選んでも生死は分かれないからだ。
「とりあえず、帰ろう?
返事はそれからだ。」
「なあんだ、つまんないの。
でもいいよ。月狼がいる場所なら、どこにだってついていく。」
「ああ、俺も。
ライがいる場所ならどこにでもついていくから。」
二人はそう言って笑っていた。
「さて、帰ろう。」
「うん。」
二人は道に戻った。
そこには今度こそちゃんと購入されたバイクが置いてある。
月狼はグレンの形見の帽子を取ってヘルメットをかぶると、アクセルをひねった。
ブゥン!
けたたましいエンジンの音が響く。
「さて、行くよ。
新天地へ。」
「うん。」
月狼はホテルに向かって海岸沿いを駆けた。
☽☽☽☽☽
戦争が終わって、俺は地獄とともに何もかもが消え去り、無力感と罪の意識にさいなまれた。
でも、そのあと様々な人に出会った。
エミ、グレン、冬狼、ローン、もう上げていくだけできりがない。
そして何よりも、俺の最高の
みんなと出会って、正しいことの無価値さと、自分を信じ抜くことの大切さを知った。
そして、力の使い方も。
今まで、俺は力を誰かを滅ぼすためにあるものだと思っていた。
だから力はないほうがいいと。
でも、実際は違う。
力は、自分や、自分の大切な人を守り、与えるためにあるものだと。
どうしてもそのためには非情なことを強いられることもあるかもしれない。
でも、だとしても俺は進んでいく。
俺の進んだ先に、素晴らしい世界があると信じて。
明かりのない道を、俺と、自分を大切に思ってくれる人、そしてうっすらと照らす月明かりだけを信じて。
「ごめんな、みんな。まだそっちにはいけそうにない。
そっちに行く前に、この世でやりたいことがあまりにも多くなりすぎた。
それを全部果たさないと、そっちに行く気にはなれない。」
俺はどこかにいるであろう死んでいった戦友たちにそう呟いて、月明かりが照らす道をバイクで進んでいった。
MISSION COMPLETE.
戦場帰りの少年兵~能力者犯罪対策機関~ ニノケン(ニノ前 券) @ninokenP
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