第29話 狼と猟犬
一方そのころ、月狼は屋上まで階段を駆け上がっていた。
エレベーターは機能停止しており、階段を使うしかないのである。
いくら何でも屋上を含めて6階もの階段を一気に上がるのはさすがの月狼もダウンしそうになる。
だが、月狼にはダウンしていられない理由があるのだ。
「早く兄貴を止めないと、厄介なことになる…。」
冬狼は見た目もクールで、口調も落ち着いているため、一見冷静で頭の切れる青年に見える。
だが、その実態は冬狼のコードネームの由来が示している。
ウィンターウルフシンドローム。
10月から4月の間の狼は気性が荒くなり、たとえそれが飼い主であろうとも食らいつく。
その名があらわす通り、冬狼もまた一度暴走すると簡単には止まらない人間だ。
月狼は戦場で仲間を殺した兵士の死体を冬狼が何度も何度も、誰だかわからなくなるまで刀で切り刻んでいたところを見たことがある。
このまま放置していたら、暴走した冬狼はこれからも同じような事件を起こし続けるだろう。
そしてそのたびに犠牲者が出るだろう。
本人は自制したつもりでも、周りがそれに感化されて新しい犠牲者を生むだろう。
そうなる前に絶対に止めなくてはならない。
そしてついに屋上についた。
ちなみに屋上は一般にも開放されていて、ちょっとした広場になっている。
「やあ、兄貴。」
「来たか、待っていたぞ、兄弟。」
二人は向かい合った。
冬狼の白いパーカーの紐が風に揺れる。
「で、何をしに来たんだ?
このどうしようもないクズを解放しに来たのか?」
「違う。
兄貴を止めに来た!」
「そうか。
それがお前の目的か!
共和国の猟犬になり下がった男のな!
かつては俺たちは兄弟だった。
だがお前は共和国の飼い犬に堕ちた!」
「違う!
これは共和国の意志でも、党の意志でも、否、ほかの誰かの意志でもない。
まぎれもなく100%、俺自身の意志だ!」
「ふっふっふっ!
はっはっはっはっは!」
冬狼が笑い声をあげた。
そして微笑みながら目を見開いて言う。
「そうだ!これを待っていた!
自らの意志に目覚め、あらゆる束縛を破り、自由になったお前と戦うことを!
これもすべてはお前と戦うために起こしたことだ!」
「くっ!
そのために何人が犠牲になってもいいというのか!」
「俺自身はこいつと、こいつを選んだクソ女とその子供以外だれも手を下していない。
すべてサマが勝手にやったことだ。」
「何…。」
「確かに、命に重さも軽さもない。
だがな、俺はどうしても好きになれないんだ。
主体性もなく、ただ長いものに巻かれて自分だけが正しいと妄信し、自分で考えていると思い込んでいる奴が。
実際はただ何もする勇気がないだけだっていうのにな。」
「何が言いたい!」
「世の中はみんなこういう。
『戦争は終わった。
お前は大勢の人を殺したから犯罪者だ』ってな。
だが、それは戦争を本当に知っているわけじゃない頭お花畑のバカが言う言葉だ。
実際は何も終わっちゃいない。
俺たちにとって戦争は続いたままなんだ!」
「…ああ。」
月狼も冬狼が何を言いたいのかわかってきた。
「戦場は確かに地獄みたいな場所だった。
馬鹿が考えたクソみたいな思想のために戦わされ、無茶な作戦で大勢の仲間が死んだ。
だけど、確かにあそこには仲間が…戦友がいた。
自分のすることすべてに自信を持てた。
みんながお互いのために行動していた。」
「いいやつもいっぱいいたよな。」
「例えば兄貴とかね。」
「やめろよ、照れるだろ。」
気づけば戦いに来たことも忘れ、のほほんとした会話が続いている。
「戦場に投下される前の研究所では、一緒にタブレットで映画を見てたよな。」
「タイトルは何だっけ、覚えてないよ。」
「ああ。俺もだ。内容は色濃く頭の中に残っているが。」
「で、その次の日の戦場では映画のセリフばかり口にしていたよな。」
「『野郎ぶっ殺してやる!』とか何回言ったか覚えてないよ。」
「だが、いいやつから先に死んでいった。」
二人の声のトーンが落ちていく。
「
「そのくせこういうどうしようもないクズはのこのこと終戦まで生き残ってよお!」
冬狼がテルを指さした。
「そうだよなあ。」
「そして戦争は終わり、俺たちは負けた。
最初はうれしかったさ。
ようやく地獄みたいな戦争が終わって、映画で見たようにディーラーから車を盗んだり電話ボックスを持ち上げたりショッピングモールをターザンロープでかけまわったり大切な人と一緒に暮らしながら楽しく木を切ったり、何者にも縛られず、死の恐怖に毎日怯えることもなく生きられる日々が来るんだ…、そう思ってた。」
冬狼の目から涙がこぼれた。
「だが現実はそんなこととは真反対だった。」
月狼も涙を流しながら言う。
「人と出合い頭みんな人殺しだの親の仇だの好き放題言いやがる。
あいつら何なんだ?!何も知らないくせに!」
「戦友も何もかもみんな死んだ。
みんないいやつだった。
今の俺には兄弟を除いて親も、誰もいない!」
冬狼が叫んだ。
「毎日夢を見ていた。
戦場の夢を。
戦友が死ぬ夢を。
殺した兵士に殺されかける夢を!」
「こんな平和だったら、もう戦場のほうがましだ!
戦場で死にたかった…!
失った仲間ももう戻ってこない…!」
「だからどうするって言うんだ!」
「戦場に一度行ったやつは、戦場でしか生きることができない…。
だからこの世界に再び戦場を作ってみせる!
今度は正義とか関係ねえ!自分の考えを押し通すために戦い続ける場所を作ってみせる!」
チャキッ。
冬狼が刀を抜いた。
「なら、俺はその戦場とやらが作られるのを止めるしかないな。
苦しむのは俺たちだけでいい。ほかの人間が地獄に巻き込まれるのはもう御免なんだ!」
カチャッ。
月狼が刀のロックを外した。
ばねで抑えられていた刀が射出され、それを月狼がつかむ。
そして二人は構えをとった。
その時。
ぽつ、ぽつ。
二人の顔にわずかな水滴が零れ落ちた。
「これは…、雨か?」
気づけば二人の頭上には、厚い鈍色の雲が張っていて、そこから雨が降っていた。
「戦場でも降ることがあったよな。
こんな感じの雨がさ。
雨の中敵に向かって走り回ったこともあった。」
「ああ。
今思うと、すごく懐かしい。」
雨が二人の髪を濡らした。
冬狼がふぅと息を吐く。
「さあ、始めようか。
お互いの『戦争を終わらせるための戦争』をな。
こいよ月狼!」
「やろうぶっ殺してやぁああああああああああある!」
そう言って月狼は冬狼に突撃した。
もちろんこういう時に何も考えないタイプではない。
月狼はいつもより限界を少し超えた急加速で冬狼に迫っていた。
そしてもちろんそれを冬狼は刀で受ける。
「これがお前の全力か?」
「くッ…!」
全力の一閃だが、流石に真正面から向かっていって倒せるほど冬狼は甘くない。
「今度はこちらから行かせてもらうぞ。」
冬狼は月狼の刀をはじくと、間髪入れずに月狼の脇腹に刀を振り下ろした。
「うっ!」
月狼は体を半回転させつつ移動してよけるが、冬狼の斬撃からは逃れられず、脇腹に刃が食い込んだ。
バシュッ!
「くっ。」
冬狼はそのまま刀を引き抜く。
「どうだ?痛いか?」
「はははははは。
痛みだ、血だ、戦いだ!」
そう言って再び月狼は能力を使って冬狼に斬りかかった。
そして三連撃をくらわす。
キン!カン!キン!
そのすべてを冬狼は自分の体に当たる前に払いのけた。
これは銃術の応用だ。
科学的に相手の刀の向きから斬り筋をよみ、そこに刀を当てることで、鉄壁の防御を実現する。
これこそが最強の科学剣術なのだ。
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