第19話 暁

 一方そのころ。


 ライは市街地を全力疾走しながら空軍基地へ向かっていた。


「早く急がないと、共和国軍が優勢になった今、あいつはどこかへ逃げ出してしまう。


 そんなことになる前に早くあいつを消さないと!」


 そして出会った兵士をくまなく吹き飛ばし続けながら曲がり角を曲がると


「あれは…。」


 目の前に歩兵戦闘車が現れた。


 中から大量の兵士が現れる。


「さすがにこれは数が多いですね。」


 その時。


 装甲戦闘車とその付近の兵士が突如空いた大穴に落ちた。


「大丈夫か、ライ!」


 月狼がライの近くに駆け寄る。


「月狼!」


「話はあとだ。


 ここら辺は敵が多い。


 南東から向かったほうが結果的に近道になる!」


「…分かった!」


 ライはどこからかオートバイを取り寄せた。


「はあ、はあ。流石に取り寄せられる重さはこれくらいが限界みたいですね。」


 ライはオートバイに飛び乗った。


ブゥン!


 ライがアクセルをひねるとバイクのエンジン音が響いた。


 そのままライはノーヘルで別の道を走っていた。


「よくやったな、盲蛇。」


 冬狼と盲蛇が大穴の近くに近寄る。


 盲蛇が穴を掘ってそこに歩兵戦闘車を落とした。


「まあ、西部戦線の塹壕くらいの穴はさすがに掘れないが、この程度ならすぐにな。」


「おお。」


 その時


パン!


 突如乾いた銃声が響き、盲蛇の心臓に穴が空いた。


「盲蛇!」


「人の死を悲しんでいる暇があったら、こっちに目を向けたらどう?」


 埋まったはずの穴の上に、幼い少女が一人浮かんでいる。


「こんな能力でレビを倒したつもり?なめてるの?」


 レビと名乗った少女は月狼の目の前に着地した。


「まあ、それが間違いだってことを、これから痛いほどわからせてやるからね。」


 月狼がレビに突撃する。


「よせ、兄弟!」


 その時


「かかった。」


「?!」


 月狼が宙に浮いた。


「レビの能力は物体を一つだけ空中浮揚させる能力だよ。」


 その言葉の通り、月狼はどんどん地面から離れていき、ついに15mの高さに浮かんだ。


「そんなことどうでもいい、兄弟を下してもらおうか、レビ。」


 冬狼がレビに斬りかかった。


「へえ。いいのかな?


 君の大事な兄弟が落ちても。」


 その時。


「?!」


 レビの能力が切れ、月狼の肉体に今まで感じることのなかった重力が一身に降り注いだ。


「月狼ォ!」


 冬狼の叫びもむなしく、月狼の体が地面へと落ちていく。


「ははははははははははっ!」


 レビの笑い声が響く中、抗いようのない重力に従って落ちていく月狼。


 地上まで残り2m。


 だが


「ううっ!」


 月狼がとっさに受け身を取った。


「ああっ!」


 体が地面にたたきつけられた衝撃を、月狼が全身で吸収する。


 だが、何とか命だけは助かった。


「なあんだ、つまんないの。


 まあいっか。ほかの方法で始末すればいいだけだもの!」


 レビが空中へ浮かんだ。


 手にはライフルを持っている


「死ねえええええええええええええ!」


 レビが二人の狼にライフルを連射した。


 当然二人は能力を発動して逃げる。


 しかし、曲がるときにどうしても直進の数倍は時間が遅くなってしまうため、そこで時間を消費してしまう。


 だが、どうにかして逃げ切ることができた。


 そして逃げた先の角にいたのは。


「嘘、だろ…!」


 ペスト医師のマスクをかぶった能力者一人だった。


「これでデッドエンドだな、二人とも。」


 能力者が言った。


「まあ、一人程度ならまだ二人で対応でき…」


「それはどうかな?」


 少年が能力を発動した。


 すると、


「大量に分裂した?」


 少年が10人に分裂したのだ。


「そう、俺の名はクロー。


 あらゆる物体を分子レベルで複製する能力を持つ男だ。」


「くっ!でもこの分身体を全員潰せば」


「言っておくが、この分身体は能力もそのままコピーしている。


 つまり分身体の分新たに生み出せる分身体は増えるわけだ。」


 分身体たちは二人に銃口を向けた。


「というわけで、死ねええええ!」


「まずい!」


 危険を察知した二人は能力を発動した。


パパパパパパパパパパパパパパ


 二人は銃弾に当たる前に逃走に成功した。


「追え!」


 クローの群れも曲がって追った。


「はあ、はあ。」


「あ、あそこに!」


 近くに乗り捨てられた歩兵戦闘車が6両あった。


 二人はそれを盾にして隠れた。


「おいどうする!このままだと数の暴力で突撃されて終わるぞ!」


「仕方ないか。」


 月狼が立ち上がった。


「ずっと考えてたことがあってさ、もし時間を極限まで加速させたらどうなるのかって」


「どういうことだ、兄弟!」


「あの地下牢から脱出したとき、無意識的に普段の何倍にもなる時間で動いたことがあったんだ。」


 そう、地下牢でふいに出会った子供を切り伏せたあの時、普段よりもさらに速い時間で月狼は動いていた。


 普通、能力者が使う能力には力の限度がある。


 例えば、通常なら月狼はどれだけ速く動いても冬狼の最大速度を超えることはできないし、ライは車レベルの重さになるものを取り寄せることはできない。


 だが、自分にはその限界を一瞬、超えられる力があるのではないかと、月狼は思い始めていた。


(まだ確信には変わっていない、だがなんとなくできる気がする!)


「兄貴、俺が先に動いて中央を突破する。


 そこを続いていってこいつらを突破する。」


「何をする気だ!」


「おらああああああああ!」


 月狼が能力を発動した。


 その瞬間


 月狼以外のすべての時間が、止まった。


…何を言っているかわからないだろうが、ともかく時間が止まった。


 なぜこんなことが起きたのかというと、月狼が限界値を超えた能力を発動し、自らの時間を地球上に存在するあらゆる物体が追い付けないレベルまで加速させたことによって、周りの速度がその時間についていくことができず、止まったように見えるからだ。


…おそらくほとんどの人はわかっていないと思うので簡単に言うと、『月狼の時間の流れがあまりにも速すぎるせいで月狼以外の時間がものすごく遅くなっている』とでも解釈すればいい。


 月狼は停止した時間の中で突撃してきたクローの群れを殺していった。


 もちろん、止まった時間の中では新しく分身体を作る時間もない。


「限度開放術 暁。」


 そして、時間が再び進み始めた。


 そこに転がっていたのは、分身体の死体だけだった。


 そして、


「ぐはっ!」


 月狼が血を吐いた。


「どうした!」


「やっぱ限度を開放すると体にものすごい負担が来るみたいだ。


 かなり無理して効果時間を伸ばしたから多分、今ので二十年は寿命が縮んだな。」


 月狼が心臓を抑えながら言う。


「っ!


 まあいい、最後に残ったのはあんただけだ!」


 冬狼が上空に浮かんだレビに言った。


「へえ、上空に浮かんだ私をどうやって倒すつもり?」


 レビが空中に浮かびながら話す。


「くっ!」


 確かにそうだ。


 今はレビを落とすことができるような手段は一切ない。


 どうやって彼女を墜落させるか。


「あっ!」


 冬狼は速攻で能力を発動して歩兵戦闘車に戻る。


 そして装備をあさり始めた。


「みーつけた。」


 冬狼は歩兵戦闘車のエンジンを入れた。


「来い、月狼!」


「ああ!」


 月狼は能力を使わず全速力で歩兵戦闘車を目指した。


「行かせるものですか!」


 レビは月狼にライフルを連射するが、空中からの射撃が当たる確率はとても低い。


 そして


「よし、着いたよ!」


「ああ、行くぞ!」


 冬狼は歩兵戦闘車を急速度で後退させた。


「何をする気?!」


 月狼が叫ぶ。


 一方レビはなんとなく意図を察したようで、逃走を開始した。


「月狼、レビに向かって機関砲を撃ってくれ。」


「分かった!」


 月狼は機関砲を操作した。


「食らえ!」


 ドドドドドドドドド


 レビはもう遠くへ逃げたが、弾幕と砲弾の射程から逃げるには遅かった。


 砲弾がレビに直撃した。


「やった…。」


 二人が無意識に敬礼をした。


 月狼は幼くして散った尊い命に。


 冬狼はその闘志に。


「これで倒れるなら、対空ミサイルを撃つまでもなかったな。」


「あと兄貴、免許持ってたっけ。」


「持ってない。」


「じゃあ無免許運転で逮捕な。」


「はははははっ!そうか。」


 月狼は手錠を取り出した。


 次の瞬間


「!?」


 に手錠がかかっていた。


「どういうこと!」


「はははっ!当たり前だろ。


 能力を使ってお前に手錠をかけたのさ。


 俺の計画の邪魔をされては困るのでね。」


 冬狼は歩兵戦闘車を降りた。


「カギはあるだろ?


 まあ、自分で外すか、携帯電話でライを呼ぶことだな!


 それじゃあ俺は先に行く。


 また会うときは敵同士だからな!


 じゃあな、兄弟、アイルビーバック!」


「こいつ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 そんなわけで、兄弟を歩兵戦闘車の中に取り残して冬狼はどこかへ走り去っていった。

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