第17話 幻覚

((月狼視点。))


「時間は俺に追いつかない。いったい誰が俺を止めるんだ?」


 月狼は次々と立ちふさがる兵士を倒していく。


「邪魔をするなよ。俺は早く大佐のところへ行かないといけないんだ!」


 月狼が次々と兵士を切り伏せ、道を切り開いていく。


「そこをどけ!」


 月狼が正面にいる少女を蹴った。


 その時。


「かかったな。」


「何っ!」


 月狼が数十センチ吹き飛んだ


「なんだこれは!」


「ちょっとした念力の応用。近づいてきたところを認識して放てば、君を倒せる。


 対狼マニュアルの基本だよ。」


「くっ!まさかその言葉をここで聞くことになるとはな!」


 月狼たちがあまりに暴れまくったせいで、共和国は高速移動能力を持つ『狼』たちへの対策を余儀なくされ、実戦で遭遇した兵士の証言と統計をもとに、『対狼マニュアル』を製作した。


 内容は個々の兵士の勘と腕前に大きく頼った代物だったが、狂犬を止めることができる方法が開発された影響は大きく、次第に狼たちは追い詰められていった。


 このマニュアルの完成も連邦国を敗退に導いた原因の一つだ。


 今までの能力者のほとんどは連邦国側の兵士だったため、そんなマニュアルを知っている者はおらず、ワンサイドゲームを展開できたが、元共和国の兵士となるとそうはいかない。


(うかつに攻撃しても時間を無駄にするだけだ、どうする!)


 その時。


パン!


 後ろから銃声がした。


「誰だ!」


 月狼は急いで能力を発動して振り向く。


 そこには何もいなかった。


「何っ!」


(幻聴だよ。)


 月狼の脳内に直接声が響いた


「何者だ!」


(僕の名前は幻聴ファントムノイズ。対象に幻聴を聞かせることができる。)


「くっ!これも幻聴なのか?」


(僕の声はテレパシーさ。


 ほかの人の能力のね。


 でもどこかに君を狙っている狙撃手がいるのは事実だ。


 さっきのは幻聴だけれど、動いたほうがいいんじゃない?)


「何だよっ!」


 月狼が頭を抱えてかがんだ。


 すると


パァァァァン


 銃弾が月狼の頭上を通った。


 どうやら近くに狙撃手がいるのは事実らしい。


「まずいっ!」


 完全に罠にはまったことに気づいた。


 月狼の頬から冷汗が流れる。


 そして、ふっと笑みを浮かべた。


「ふっ。


 餌を用意させて自分の優位なほうに向かわせる。


 基本の戦術か。


 だがな。」


 ピンッ。


 月狼が二つのグレネードのピンを外した。


「食いついた魚のほうもただ食われるわけにはいかないんでねえ。」


 月狼はグレネードを投擲した。


バァン!


 0.1秒閃光が走り、そのあと緑色の煙が上がっている。


 少女の動きを封じたのだ。


 そして超能力を使って一瞬で走り、煙の中の少女を切り伏せた。


 だが、おかしい。


「手ごたえが、ない・・・?」


 月狼は走りながら疑問を感じていた。


(当たり前だよ。


 発煙筒を発射したとき君の前にいたのは彼女の幻影ファントムだからね。


 僕はどこにでもいるけれど、どこにいるかはわからない。


 勝てるかな?この地獄のかくれんぼに。)


「勝ってやるよ!絶対に!」


 月狼は入り組んだ街の中を走り始めた。


 向かい風が月狼に直撃し、ロングコートが空になびく。


 月狼は途中で砂塵対策のためにゴーグルを着用した。


 時々能力によるブーストも使いながら、街を全力疾走していく。


 まっすぐな道では時々能力を使って


ヒューーーーーーーーーーーーーーン!


 ドローンの音が響く。


(これも幻聴か?)


 月狼が振り返ると


 後ろには、五機のドローンが月狼に向かって進んできていた。


「まじかよっ!」


 月狼が歯を食いしばった。


 月狼の後ろを飛ぶドローンはばらばらの感覚に並んでおり、集まっていることもあれば、離れているところもある。


 しかもここまでで時間加速を何度も使いながら走ってきた。


 一回のフルタイムでの発動でかなりの量の体力を消費するのにもかかわらず。


「ふっ。この限られた体力でどこまで生きていけるか、見せてやろうじゃねえか。」


 負けたら死が与えられる地獄の鬼ごっこが幕を開けた。


ヒューーーーーン!

 

 まず一番最初に近づいてきた一機目をローリングでよける。


ドゴォォォォォォォォン!


 セーフ。


 続いて二機目と三機目、四機目を能力を使って加速してよけた。


ドゴォォォォォォォォン!


ドゴォォォォォォォォン!


ドゴォォォォォォォォン!


 三連続の爆発音が響いてセーフ。


 そして五機目。


 かがんだ。


ドゴォォォォォォォォン!


 地面に激突してセーフ。


「ぜえ、はあ、生き延びた。」


 月狼が膝を抱えて立っていた。


 完全に体力を使い切ったのだ。


 ここから走らなければならないが、もうそんな体力も何もかも残っていない。


 そこに


ヒューーーーーーーーン!


「噓、だろ!」


 三機のドローンが月狼のもとに飛んできた。


ヒューーーーーーーーーーン!


 地獄の鬼ごっこを耐えた肉体はもう限界に達し、ろくに歩くこともできない月狼にドローンの群れが迫る。


「俺の人生も、ここで終わりか。


 最後にクズがくたばるところを見てみたかった気もするが、最初から生きるつもりなんてなかったんだから、別にいいか。


 じゃあな、ライ。すまないが、君との約束は守れそうにないよ。」


 月狼は近づいてくるドローンに振り向いた。


 その時。


パンパン!パンパン!パンパン!

ドォン!ドォン!ドォン!

 ショットガンの銃声が響いた。



 ドローンが空中で爆発する。


「大丈夫かあ!」


 黒シャツを着た青年が声をかけた。


 手にはショットガンを持っている。


「ああ!」


「まだ生きていたのか。久しぶりだな、月狼。」


「お前、まさか!」


「ああ。」


 青年がショットガンをくるっと回転させ、銃身を肩に担いだ。


 そしてひさしのついた特徴的なヘルメットをあげる。


「少年黒シャツ隊副隊長、狩鷹かりたかだ。」


「久しぶりだな。兄貴と一緒に山の中で戦ったのはいい思い出だ。」


「そうだな。あの日お前と過ごした記憶は今でも忘れない。」


 狼掃討作戦が行われたあの日、二人はほかの能力者や兵士たちとともに山にこもって共和国軍と戦っていた。


「にしても驚いたな、かつては敵国だったにもかかわらず、党直属の黒シャツ隊に入ってたなんてさ。」


「総帥は寛容だからな。再教育さえ行って党に忠誠を誓う人間になれば、敵国の人間でも少年黒シャツ隊に入れてもらえるんだ。


 主な仕事は反乱分子の粛清と、党幹部の護衛、その他雑務だな。


 衣食住は与えられるし、寮は男女同じ部屋だしで最高だぞ?」


 狩鷹はショットガンに弾を装填しながら言った。


「連邦国の時とは大違いだな。まあ、生きていただけよかった。」


「ああ、俺もだ。


 どうだ、戦いが終わったら黒シャツ隊に入って一緒に働かないか?」


「断る。


 俺にはほかにも仕事があるし、最後までついていかなければならない人がいるんでね。


 何より、俺はもう国なんぞに縛られるのはうんざりなんだよ。」


 狩鷹がふっと笑った。


「はははっ!すごくお前らしい答えだ。


 俺も最後までついていくと決めた人がいるからこの仕事をやっているんでね!」


「そうだったのか。


 まあ、今やるべきはクズをぶっ殺すことだな。」


「ああ。」


 二人は空軍基地めがけて走った。


 目の前に装甲車が立ちはだかる。


 上に機関銃を構えた兵士がいた。


「おら!」


 狩鷹は手榴弾を銃架に投げ入れた。


「ぐわああああ!」


 銃架にいた兵士が手榴弾で吹き飛ぶ。


 月狼と狩鷹は銃架に飛び乗った


 そしてドアにC4を設置する。


「いいか、余計なことをしたらこれで装甲車を吹き飛ばす。


 そうされたくなかったら空軍基地まで案内しろ。」


「は、はい!」


 運転手は二人の命令に従って空軍基地まで車を走らせた。

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