第12話 軍法会議
「ただいまより、軍法会議を始める。」
奥にいる裁判官の軍人が言い放った。
軍法会議とは、軍人が戦争犯罪や規律違反などを犯したときにそれを裁く、軍隊の裁判所だ。
「今回の罪状は、捕虜虐殺及び民間人虐殺。
なお本人は罪を自白している。
何らかの言い分はあるか?月狼。」
「…はい。」
後ろにいるテル大佐が月狼をキッとにらみつける。
「特にありません。」
「ほら。」
検察官が言った。
「このように本人が罪を認めている。
彼が有罪であることは確定しているといってよいだろう。」
「異議あり!」
弁護士が叫ぶ。
「自白だけでは信憑性に欠ける。
自白以外の何らかの物理的証拠を提出していただかないと納得できない。」
「いいでしょう。それでは提出させていただきます。」
検察官はとある日記を映し出した。
「これはとある共和国軍兵士の日記です。」
そこにはこう書いてあった。
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11月10日。
とある山の中で、私は敵を探していた。
人間ならばまだ簡単だが、敵は能力者だ。
どこに潜んでいるか、どんな罠を仕掛けているかが全く分からず、危険な山の中を歩き、敵を探し続けている。
「ぎゃあああああああああああ!」
どこからか味方の叫ぶ声が聞こえた。
何事かと私はすぐにその場所に向かった。
そこには、無数の射殺死体が転がっていた。
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「この11月10日という日付は、狼掃討作戦、ストリキニーネ作戦が行われた時期と一致します。
この虐殺に月狼がかかわっていたとしても不自然ではないでしょう。」
周りがざわついた。
後ろでルイ大佐が笑みを浮かべている。
「弁護人、何か反論はありますか?」
「はい。
日記には山、としか書かれておらず、そこに月狼がいたことを証明する根拠は一つとしてありません。」
だがそういわれても検察官は余裕な顔で返した。
「いいでしょう、では捕虜殺戮の有用な証拠を提出しましょう。」
検察官が次々と証拠を提出していく。
「旧連邦国の少年兵育成所の近くから大量の人骨が発見されました。
これをDNAで鑑定したところ、何と捕虜として連邦国にとらわれていた共和国側の兵士と一致したことが分かりました。
これは少年兵たちが共和国側の捕虜を大量に殺戮していたことの重大な証拠でしょう。」
さすがに弁護士もDNA鑑定には逆らえない。
「第一、被告は今まで1000人以上の人を殺した人物ですよ?
捕虜や民間人を何人か殺していたとしても不思議じゃない。
皆さんはこの異常者を擁護する気になれますか?
これだけの証拠や自白がそろっているにもかかわらず、あなた方はこの狂人を処刑台に送ることを拒むのですか?」
「そうだそうだ!」
「殺せ!殺せ!」
「お前さえいなければあいつは死なずに済んだんだ!」
「責任はきっちりと取ってもらうぞ!」
今まで月狼達によって戦友を殺されてきた軍人たちの怒りが爆発して、月狼に対して様々な罵声を上げた。
月狼はただうつむいてそれを受け入れるしかなかった。
「静粛に!静粛に!
では、被告人、何か言いたいことはありますか?」
月狼はしばらく何も答えず、ただ力なくうつむいていた。
「では、今日はこれにて閉廷する。」
一日目の会議が終わった。
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月狼は独房の中でただ天井を見つめていた。
「…ははっ。そうだよな。
僕は人を殺した。
人殺しがそう簡単に許されるわけがないよな。」
もう何もかもをあきらめ、ただ無気力に突っ立っていた。
「失礼します。」
独房にライが入ってきた。
囚人でも基本的に監獄から脱走しなければある程度自由な移動が許されている。
「ライ?」
「ここで食べていいですか?」
「まあ、別にいいけど。」
二人はそれぞれ配られた食料を食べた。
食料は兵士が食べるレーションで、そこそこおいしかった。
「…で、あなたは何か証言したんですか?」
「特に何も…。どうせ死ぬんだし。」
月狼は静かにつぶやいた。
「別に自信をもって言えばいいんじゃないですか?
あなたはやりたいことをやったわけじゃなくて、誰かに言われた正しいことをしただけなんですから。
正しいことは正しいといえばいいじゃないですか。」
「え?」
「別にわかってますよ。あなたがそんなことを言えるような立場ではないのは。
でも、自分が正しいと思ったことをやるのが兵士じゃないんですか?
少なくとも私はあなたのことをそう見てましたけど。」
ライにそういわれて、月狼は深く拳を握り締めた。
「そうだ、正しいことを言わなきゃ…。」
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二日目の軍法会議が始まった
検察と弁護士の答弁も昨日と変わることはなく、ただ単調な討論だけが続いていた。
「それでは被告人、何か言いたいことはありますか?」
「…っ!」
月狼がついに覚悟を決めた。
「確かに俺は自白したさ。あのクソ野郎に命令されてなあ!」
月狼は後ろで勝ち誇った顔をしていたテル大佐を指した。
「仲間を人質に取られて、電流で拷問をされ、自白をするように強制された。
これがその時の傷だ。」
「やめろ!」
テル大佐が叫ぶが
「静粛に!被告人、続けなさい。」
裁判官がそれをいさめる。
月狼はコートの裾をめくった。
そこには生々しい傷跡があった。
「おお…。」
「確かに俺は戦争中大勢の人を殺したさ。
だがここに宣言しよう!
俺は一人として捕虜や民間人を意図的に殺していないと!」
テル大佐は慌ててポケットから胸ポケットから何かを取り出した。
スマホだ。
「テル大佐、議場へのスマートフォンの持ち込みは禁止のはずだ。
なぜ持ち込んでいる!」
裁判官が大声で怒鳴った。
テル大佐が驚いてスマホを取り落とす。
「退場しろ!」
テル大佐が警備員によって議場から締め出された。
「それなのになぜ、俺が裁かれ、捕虜を拷問しまくったテルが一切裁かれていないんだ?」
「何?!」
ざわ…ざわ…。
テル大佐による拷問の事実が暴露され、その場にいた全員がざわついた。
「静粛に!静粛に!」
裁判官が叫んだ。
検察官が話を続ける。
「しかし、拷問の事実があったことをあの傷跡から導き出すのは無理があるのではないでしょうか?
自作自演の可能性もあります。」
検察は必死に言葉を振り絞った。
いくつかの人がうなずいた。
だが、拷問というショッキングな事実を暴露された軍人たちにはそのような言葉が響くことはない。
「被告人、何か言いたいことはありますか?」
「はい。そういえば、戦場や訓練ではいつも薬物を服用させられていました。
いつもは少量でしたが、いくつかとてつもない量の薬物を服用させられたことがありました。
記憶が全部飛んで、善悪の判断もつかなくなりました。」
会議場が少しざわついた。
「ということは当時、心神喪失状態だったということですか?月狼。」
弁護人が問いかけた。
「はい。少なくとも僕の記憶には…。」
心神喪失者は善悪の判断がつかないので、罰せられることはない。
「確かに拷問や心神喪失の事実についてはこの後精査する必要はあるだろう。
しかし、拷問や心神喪失の可能性がある以上、自白が効力を発揮するとは考え堅い。
疑わしきは罰せず。
よって今回の一件、どちらの主張も取り下げることとする。
判決は後日決定する。以上、閉廷!」
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