第7話 もう一人の狼
「ここは俺がどうにかする。お前は必要なものを回収して外に置いてあるバイクで逃げろ。」
冬狼はグレンに言った。
「分かったよ!お兄ちゃん!」
グレンはその言葉通りその場を後にした。
「なんでこんなところに!」
月狼が叫んだ。
「なぜって?
ここは俺たちのような戦場を生き抜いた子どもだけの秘密基地。
基地に兵士がいるのは当然だ。」
「そういう意味じゃない!」
月狼は再び叫ぶ。
「戦場では何千人も人を殺したけど、軍の中では誰よりも優しくて、誰よりもみんなのことを思っていた兄貴は、いったいどこに行ったんだよ!」
その言葉を聞いて冬狼は笑う。
「ああ、とても感謝してるよ。月狼が俺のことをそういう風に思ってくれるなんてな。
確かに俺は戦場にいたときから、できるだけ多くの人が幸せになれるよう努力してきた。
ただし俺が救済するのはあくまで戦場を生き抜いた仲間たちだけだ。
それ以外の人間は含まれていない。」
冬狼は長々と自分語りを始めた。
「そして、傷ついた仲間たちを見ているうちに、彼らに本当に必要なのは優しい言葉でも、金でも、ただ周りから侮蔑され、不必要とされる平和でもなく、好き放題に暴れまわることのできる誰の束縛も受けない世界であることに気づいたんだ。」
「ふっざっけっるっなあああああああああああああああああああああ!」
月狼が冬狼に斬りかかった。
もちろん能力を発動して。
だが、
「ふんっ!」
キン!
あっけなく冬狼の刀に防がれた。
「ッ?!」
ライが思わず驚く。
「やっぱりな。最後に別れたあの時と変わってない。
人を殺すことに迷いを感じた甘い太刀筋のままだ。」
冬狼は月狼を難なくはじき返す。
「後、言い忘れたが、話の途中に人を襲うことはルール違反だぞ。月狼。」
「くっ!」
月狼が一歩引く。
「結局兄貴は戦争を肯定するのか?!
僕たちから何もかもを奪った地獄の戦争を!」
「そういうわけじゃないさ。
俺も戦争は憎い。
だが、戦争の悪とはすなわち服従の悪だ。
時間の流れによってころころ変わる正しさ、圧倒的な権力。
すべてに服従させられ、やりたくもないことをやらされる。
それが戦争の悪だ。」
冬狼が月狼に斬りかかった。
キン!
月狼は済んでのところで防御する。
そして再びお互いの防御を解いた。
そしてお互い能力を発動しての激しい斬りあいになる。
「俺はそんなつまらない服従から戦いを開放するといっているんだ。
俺は自分だけの考えで、自分だけの感情で思いっきり戦いを楽しめる場所。
それが俺が考える真の理想郷だ。」
この言葉とともに刀が次々と月狼に襲い掛かる。
一つ斬撃を防御しても再び違う向きから斬撃が襲い掛かる。
冬狼と月狼。
二人の狼は同じ時間操作能力を埋め込まれている。
しかし冬狼の能力のほうが強力で、さらにそこに月狼をはるかに超える冬狼の戦闘スキルが足されることで、月狼でも破ることは困難な鉄壁の防御と正確かつ高威力の攻撃が可能となるのだ。
その圧倒的な速さの攻撃力に押され、月狼は次第に防戦一方になっていった。
「その前準備のための銀行強盗なんだ。
まあ、まだ無垢な市民を殺すつもりはない。
攻撃してくる警察とは片っ端から戦うけどな!」
「兄貴!完全に狂ってるよっっっ!」
「狂っているのは俺じゃない。被害者に犠牲を強いるこの社会だ!」
そして冬狼は重い一撃をたたき込んだ。
キィィィィィィィィィン!
お互いの刀がぶつかり合う音が鳴り響く。
「うん。太刀筋は精神状態を除いても多少衰えたといわざるを得ないが、俺を楽しませるには十分な腕前だ。
さあ、殺しあおうぜ、死ぬまでなあ!」
(冬狼の動きが止まった!撃つなら今しかない!)
今まであまりの速さに見ているだけだったライもベレッタM12を冬狼に向けた。
その時。
「なかなか帰ってこないと思ったら、なんか面白そうなことやってんじゃーん。」
奥から一人の少女がやってきた。
銃剣のついたM4を右手に持っている時点で普通の少女ではないことは明らかだが、それ以上に目を引いたのが左手に持っている緑色の小さい円柱状の物体だった。
そこからは甘ったるい独特のにおいが放たれている。
「まさか、それ!」
「ああ、これえ?マリファナの葉巻だよ?
つらいことぜえんぶ忘れられて気持ちよくなれるからいつも吸ってるんだあ。」
「おい、またかよ。
頭が鈍るからほどほどにしとけって言っただろ。サマ。」
冬狼が少女のほうを向いて言う。
「まあ確かに頭が変になってなんも考えられなくなるけどさあ。
でも嫌なことも考えなくて済むんだよお?もうさいっこおおおおおおお。」
その話し方は確実に正常ではなかった。
「く、来るな!近づいたら撃つ!」
パパパパパパパパパ!
ライはサマの胴体にベレッタM12を10発連射した。
しかし。
「ざあんねん。当たってもほぼ効いてないよ?」
「嘘…。」
サマはサブマシンガンをフルオートで連射されてもまだ生きている。
それどころかむき出しになっている腹部の銃創が次々と元に戻っていく。
「まさか、自然治癒能力!?」
「うん、そうだよ。
下半身が吹き飛んでも生きていける程度のね。」
「くっ!」
痛みを感じるかは定かではないが、どちらにせよ薬物の影響で感覚を鈍くしているサマに効果はないだろう。
(完全に詰んだようですね。)
「じゃあ、死んでもらおうかな。」
サマはM4を構えた。
そしてライに対して銃剣突撃を開始した。
どうやら銃の引き金を引くことすらままならないらしい。
しかし、銃弾が聞かない相手が突撃してくるとなるとそれこそ銃弾並みの脅威となる。
ライは突撃してきた銃剣をかわす。
「はははっ!」
しかしサマは銃を回転させてストックで重い一撃をたたき込んだ。
「うっ!」
そこに容赦ない一撃の蹴りが加わる。
(格闘術にはそれなりに通じているようですね。)
「くっ!」
ライも蹴りがやんだ時にすかさず銃身を握った。
そして銃剣を取り外し、蹴りを仕掛ける
が、
「よっわ。」
痛覚が働いていないサマにはまるで効果はない。
ただ一方的に殴られるワンサイドゲームが展開される。
ドンッ!
「ねえ、どうしたのお?!さっきから一発も効いてないしただ殴られてるだけだよねえ?」
サマによる容赦ない蹴りの応酬が続く。
ライはだんだん立っていることすら苦しくなった。
そして
ズドォッ!
サマがライの腹部にサイドキックを食らわした。
ついにライが崩れ落ちる。
「うっ!」
「いいねえ、もっとうめいて!」
倒れたライにサマは引き続き蹴りを食らわす。
だんだん呼吸が苦しくなってきたのか、蹴られるたびにライは苦しそうな嗚咽を上げた。
「あ゛あっ!」
「ライ!」
声をかける月狼にすかさず冬狼が刀を振り下ろす。
キン!
月狼はすかさずそれを防御する。
「忘れたのか?お前の相手は俺だ!月狼!」
冬狼は月狼に次々と刀を振り下ろす。
月狼はただ避けるだけで、うまく対応することができない。
「どうした?一瞬防御が崩れたことが今も引いているのか?」
二人は一定の距離で接近戦を繰り返している。
どちらとも決定打にかけるためになかなか決着がつかない、膠着状態だ。
「仕方ない。」
冬狼は刀を左手に持ち替えた。
そして右手でホルスターを開ける。
チャキッ
弾を装填する音が鳴った。
「食らえ!」
取り出されたのは、デザートイーグル。
至近距離で月狼に向けて放った。
バァァァァァァン!
もはや拳銃のそれとはまったく異なる大音量が鳴り響いた。
だが、能力を使えばライフルすらギリギリ避けることができる月狼は当然銃弾をかわす。
(かわされることは最初からわかってるさ。俺だって何も考えずに行動してるわけじゃない。)
「終わりだ!」
冬狼は左手に持った刀を月狼の右腕に振るった。
「ぐっ!」
「右腕は奪ったな。」
幸い切断されたわけではなく、深い切り傷が付いた程度で済んだが、直ぐに右腕を動かすことは不可能だろう。
攻撃するすべを奪われた月狼はただ立っていることしかできない。
「やはりそうだ。お前はまだ人を斬ることに迷いを感じている。
それがお前の太刀筋の弱さにつながっている。
迷いを感じる必要はない。戦場で人を殺すのは当然のことだ。
何も考えずに邪魔する奴はぶっ殺せばいいんだよ。
お前を非難する奴はその楽しさが、戦場の苦しさがわからないだけさ。」
「だ、黙れ!」
吠えることはできても斬ることはできない。
「まあ、ここで殺してもつまらない。
お前にはしばらく眠ってもらおうか。」
その時。
甲高いパトカーのサイレンの音が鳴り響いた。
「ちっ。俺たちを追ってきたわけではないんだろうが、さすがにこれ以上戦うのも癪に障る。
サマ、それくらいにしておけ、今のところは撤収するぞ。」
「ええ?
私もっと楽しみたいんだけど。
こいつもう完全に参っちゃったみたいで全然楽しくない。」
ライはもうすでに叫ぶこともできずに蹴られ続けている。
「だからだ。
もしここでつかまったら厄介なことになる。
この後もっと最高の狩場を用意してやるからさ。」
「分かったあ。」
サマが冬狼の元へ近づいた。
そして二人はMG3とM4を持った。
「準備はできたな。アイルビーバック、月狼!」
冬狼は月狼の心臓部を刀の
月狼が崩れ落ちる。
「これはもらっていく。」
冬狼は月狼が取り落とした刀を拾い上げた。
そして刀を背負った弾帯に抜き身の状態で入れる
二人はグレンが去っていくときに使った工場の非常口へ向かう。
「…ま、待てっ!」
ライが渾身の力を込めて言ったが、本当に追いかけることはできなかった。
なぜならもうすでに二人とも戦える状態ではなかったからだ。
ただ、見ていることしかできない。
++++++++++++++
「ん、はっ!」
月狼が目を覚ました。
起きた先は、ハンモック。
「…目が覚めましたね。」
「ライ…?」
いつもの無表情でライがこちらをのぞいている。
無表情と言っても、目が若干切れ目なので、よく見ると美しい顔をしている。
「ここは…。」
「…いつもの本部じゃないですか。」
「そうか。あ、ライは大丈夫なの?」
「…ちょっとあざができただけです。」
「そうか。」
月狼はあたりを見渡す。
右腕は包帯で巻かれており、その包帯にも血のシミがついていたが、それでもある程度は動かせるようになっている。
「あ、目が覚めたんだね。」
エミが言った。
「はい。ここ最近寝てなかったので、夢を見ないで寝ることができてとてもよかったです。」
「それはよかった。」
エミが紅茶を入れながら話す。
「にしても、さすがの冬狼には君も勝てなかったのかい?」
「はい。やっぱり昔と比べたら弱くなっているんだと思います。」
「…違いますよ。」
ライが途端に口を開いた。
今まで滅多に自分から口を開くことがなかったライだが、月狼がいる前では次第に口数が多くなっている。
「ほう?ライ、それはどういう」
「戦場での活躍は私も記録で見ただけなので詳しくは知りませんが、たしかに彼は一年間戦闘を経験しておらず、当時と比べて戦闘スキルが劣化していることは確実です。
しかし、私は仮に当時の戦闘スキルのままで戦ったとしても、彼が冬狼に勝つことはできないと思います。」
ライはいつものように間を置かず、淡々とした口調で話し始めた。
「なぜ?」
「この人は心が弱いんですよ。
敵よりも人を殺すことを恐れているから、相手に本気で挑みかかることができない。
戦場にいたのでわかりますが、仮にどんな優れた腕を持っていても、一瞬の気のゆるみがあれば少ししか訓練を受けていない新兵でも勝つことができるのが戦場です。
ましてや常時気を抜いているなんて、負けるのが当たり前です。」
珍しくライが自分の意見を淡々と語った。
「…ああ、そうだよ。
でも、じゃあどうしたらいいんだよ!
殺したら殺したでまた恨まれる。
一人一人に帰りを待つ家族が」
そこで言葉が止まった。
「家族なんてもの彼らにはいませんよ。
彼らを殺してもあなたが恨まれることはありません。」
「そんな、ことっ…。」
月狼はもう話すことができなかった。
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