第6話

その時間だけは、昔の三人の生活に戻れたようで、とても楽しい時間をすごすことができました。でも、母は、わたしが今の会社に入社すると同時に肺を患って、病院で息を引き取りました。母がいなくなったと同時に父も、急に元気をなくして、病院へ入院してしまったのです。もう長くはないと言われています。わたし、急に一人になって、どうしたらいいかわからなくて」


 実樹は、急に涙を流し始めた。


 武は、あまりの出来事の大きさにどう声をかけていいかわからなかった。


 実樹は、泣きながら、武の胸元にもたれかかってきた。武は、気が付くと、実樹を抱きしめていた。


 そうしてしまったのだ。自分は、母親にろくに親孝行もできず、過労で亡くならせてしまった。ところが、実樹とくると、母親の面倒をちゃんと看て、母親と向き合い、哀しい想いまでしている。ちゃんと、親孝行できている。そんな実樹を健気にも、うらやましくも、愛らしくも思え、武は、実樹を抱きしめてしまった。


 しかし、どこかでわだかまりがある。彩子のことだ。どうしよう。けど、実樹が、かわいくてかわいくて仕方がない。今は、今だけは、実樹とこうしていたい。そう思ってしまったのだ。


 しかし、やはり武には、彩子の顔がちらついた。いっしゅん。


 だから、お腹をすかした兄が、食べるご飯のない妹にそれを譲るように、武はそっと、実樹を離した。


「実樹ちゃん、帰ろう!こんなことになったらだめだよ。大丈夫だよ、実樹ちゃん。神さまは、ちゃんと実樹ちゃんを見ててくれてるよ!」


「はい……」


「家まで送るから、今日はもう、帰ろう!そうしないとぼくは……」


ぼくは……、実樹を好きになってしまう。そう言いかけたが、武は、その言葉をぐっと、飲み込んだ。



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