承諾(中編)
林風(@hayashifu)
第1話
承諾(中編)
承諾
一瞬、声が裏返った。しまった!そう思ったが、今更取り返しもつかない。取り返しのつけようがない。急いでお茶を飲み込もうとした。「あちっ」そのお茶は熱すぎて、まるで沸騰したてのお茶ではないか、実際にはそんなはずなかったが、武にはそう思えて仕方なかった。
「ごめんなさい。お茶、熱すぎましたか?」
彩子(さいこ)の母親は申し訳なさそうに謝った。
「いえ、そんな。おかまいなく」
やけどを我慢しながらも、そう返した。テレビがついていた。「空振りー、三振!バッター、アウト!」中継者はそう叫んだ。
「しばらくして、 彩子、テレビを消しなさい」
父親は、厳格にかまえ、そう促した。
「はい、父さん」
彩子がテレビを消すと、辺りはしーんと静まり返った。「そうだ」最初に沈黙を破ったのは、彩子の母親だった。彩子の母親はそう言うと、彩子の幼い頃が写ったアルバムを持ってきた。一枚目の写真は、彩子の赤ん坊の頃の写真だった。
「見て、武さん。彩子の赤ん坊の頃。こんなに目をくりくりさせて」
「母さんたら」彩子が照れくさそうに言う。確かにそれは、彩子が目をくりくりさせて、哺乳瓶をしゃぶってこちらを見ている写真だ。
「こんなにかわいい頃があったのよ」
彩子の母親は懐かしがるように、その写真をじーっと眺めている。ふと、うれしそうな顔で、武の方を見て、
「武さんも、かわいいと思うでしょう?」
さっきからトイレに行こうかどうか迷っていた。「本当ですね。お義母さん」と、そう言うしかなかった。
もう一度、お茶を飲もうとした。今度はもういい温度になっていて、からっからっに乾いたのどを、少しうるおした。しかし、武はまた、しまったと思った。それではトイレを近くさせるだけであったからだ。トイレに行ってはならないというルールはどこにもなかった。しかし、トイレを貸してくださいとは、とても言えなかった。
「あなたも見てください」
彩子の母親はその写真を、父親に見せた。
「ふふ、本当だな」
彩子の父親は、普段見せそうもない笑顔をそこで見せた。一家団欒を絵に描いたような状況だった。武も当然その中に入っていた。ところが、もうトイレを我慢できない状態にあった。
「す、すみません。トイレを貸してください」
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