【完結】高校一可愛い現役モデルがラノベの書き方を教えてくれと弟子入りしてきた件について
吉武 止少
第1話 陰キャのクソ野郎は陽キャなギャルの夢をみない
「中村、ちょっと来て」
二年生に進級し、新年度が始まって1週間。
嫌な思いをせずに生きていくため、陰キャは陰キャで色んな配慮が必要になる。
例えばクラス替え直後の、本音と建前がごっちゃごちゃに混ざった学級内の観察。カーストトップのコミュ力お化けどもは簡単に人間関係を形成するが、俺にはそんな真似はできないし、するつもりもない。
とにかく平穏な、言うならば植物の如く穏やかな日々が続けばいい。
俺が注力するのは学校生活ではないんだから、学校なんかに余計な神経やら体力を使うような真似はしたくないのだ。
俺が特に気を付けて観察しているのは女子グループについてである。
勘違いしないでほしいのだが、別に青春したいだとかそういう前向きな理由じゃない。女子は男子に比べると情報の回り方が早く、嫌いなものに対する拒絶感もエゲつないのだ。
ましてや俺はガリガリヒョロヒョロ、喋り方はボソボソの上にどもりまくるクソ陰キャで、趣味はラノベにアニメ、ゲームにマンガ。
グッズには興味がないので自分の部屋にフィギュアやタペストリーが溢れるといった感じにはなっていないが、ライトノベルは作り付けの本棚には入りきらないほどの量が溢れているし、DVDやブルーレイも小遣いのほとんどを消費してちょっとした店レベルの品揃えになっている。
そんな俺の趣味のスタイルが、万人受けするものでないのは十分に理解している。
少しでも拒絶されないよう、関わらないのがデフォルト。それでさえ、特に『そういう人種』に忌避感がある人間には気を付けておかないと、あっという間に晒されてしまうことになりかねない。
だというのに、よりによってその女子の中でも俺が警戒する要素をてんこ盛りにしたナンバー1警戒対象のギャル、
明るい髪色に派手目なファッション。クラスでは若干浮いている感はあるものの『声が大きく』、同じくチャラっとした奴らとつるんでいる時は『感情的になりやすい』タイプ。そして、何よりも最高に厄介なのが、男女問わず目を惹くくらいの美人ってことだ。
我が校ではかなりの規模を誇るチア部は元より、各部活動がマネージャーに誘いに来るレベルであった。
特に野球部、サッカー部、ラグビー部などの野郎どもしかいない部活は美人マネージャーの存在がモチベーションに直結するらしく、顧問までもが獲得のために躍起になったというのはあまりにも有名な話だ。
結局はどれも断って帰宅部だけど。
美人はそれだけで第一印象が良く、好意的に見られがちだ。
ちなみに漏れ聞こえた噂によれば、何とかって雑誌のモデルを務めているとかいないとか。
事実確認できるほど会話が成り立つ友達がいないからあやふやな情報になってしまうが、モデルと言われても違和感ないほどの美人であることは間違いない。
万が一にでも言い争いになれば、どっちが正しいかなんてきちんと考えもせずノータイムで美人の味方をする頭の悪い奴だって一定数いる。
そんな警戒すべきポイントを搭載し、その上碌な情報もなしに味方を量産する奴が万が一にでも俺のヘイトスピーチでもしようもんなら、次の日には俺の机は教室からなくなっているだろう。
下手したら俺の存在がなくなる、まである。
いやまぁ、曲がりなりにも有名私立なのだし、ブランド価値が下がるようなイジメは教員が止めるだろうが、少なくとも俺の居心地は最悪になる。
だから、クラスが発表されたその日のうちに関わらないと決めていたのだが、なぜか名指しされてしまった。
「なに」
「良いから、来て」
にわかに教室が騒めくけれど、これで『告白か』なんておめでたいことを考える奴はいないだろう。
――釣り合わない。
パッと見ても、中身を知っても、釣り合う要素が何一つ存在しない。
何かの罰ゲームか、もしくは俺が何かをやらかしたとでも思っているのだろう。
名も知らぬ女子の『美華ちゃんかわいそう』という呟きを拾ってしまい、怒りを覚えるが、ここで断れば却ってヘイトを集めるのは火を見るより明らかだ。かわいそうって何だよ。俺が何したってんだ。
……何もしてないよな?
不安を噛み殺しながらついていけば、今度は野郎どもから送られる、『どうしてこんな陰キャが呼ばれるんだ』と嫉妬に満ちた視線が背中に刺さるのを感じた。
代われるなら今すぐ代わるぞ。
そんなことを考えながらも着いていくのは、普通教室が並ぶ本棟と特別教室が詰め込まれた別棟を繋ぐ渡り廊下。改築のときに付け足されたここは、ちょっと変な形をしていて複数名がたむろできるようなスペースが存在しているのだ。
きょろきょろと辺りを見回して人通りがないことを確認した春日部美華は、くりっとした瞳でまっすぐに俺を見据える。
思わず視線を外すが、そんな事はお構いなしに口を開いた。
「アンタ、オタクなんでしょ?」
「まぁ、そうだ、よ」
「漫画とかラノベとか詳しい?」
「何でっ、そんな、こと、答えな、きゃいけないっ、んだよ」
「言えないような恥ずかしい趣味なわけ?」
「……詳しい。少なくとも、それなりっ、には知ってる」
喧伝することは世界が滅んでもあり得ないけれど、恥ずかしいことではないので嘘は
「今から、いくつか映画を挙げるから、その原作を知ってるか教えて」
「なん、で」
「良いから!」
ピシャっと押し切られた。
必死というか、焦っているというか、余裕のなさそうな態度に、思わず
「『ハーフ・ニード・イズ・ラブ』」
「読んだ」
「『満月の空が昇る空』」
「全巻持ってる。完全版も、買った」
「『嘘吐きまーくんと壊れたひろちゃん』」
「知ってる……俺が、ラノベ読むっって、かか、確認したよな? そ、そこら辺の、賞を取ってるような、っ有名どころを読んでないわけ、ないじゃん」
俺のとげとげしい言葉にしかし、春日部美華は目を輝かせた。
「わ、私の師匠になって!」
予想どころか理解を超えた一言に対し、俺はたっぷり一分近くフリーズした。
少しずつ表情が曇り始める春日部美華に対し、俺が何とかふり絞った一言は、
「…………はぁ」
肯定とも否定とも取れない、何とも生煮えの返事であった。
だがしかし、何をどう受けとったのか、春日部美華は花がほころぶような笑みを浮かべてぴょいんと跳ねた。
このギャルは何故か俺の言葉を前向きな方向に捉えることに成功したらしい。どんだけ陽キャなセンサー搭載してんだ。
「やった! あのね、私、映画が大好きで! 原作の小説とかも好きなんだけど、ほら、ギャルやってるし周りにそういうの詳しい人いないの。それにオタバレとかもしたくないし! だから、そういう談義したり、小説の書き方を教えて貰えるの、すっごく嬉しい」
「待てっ。談義はっともかく、創作、は、オタクだからできるってもんじゃねぇっぞ?」
「えっ!? できないの!?」
信じていた人間に
美人ってだけで味方したくなるバカは、どうやらここにもいたらしい。
「……できる、よ。うまいか、っどうかは、別として、創作もしてる」
「やっぱりできるんじゃん! 良かった! ……あれ、でも中村、文芸部じゃないよね?」
「別に、部活に入らないとっ、書けなっいわけ、じゃないだろ」
「そっか、うん。そうだよね」
そうだよ。
文芸部を見学に行ったときの苦い記憶が脳裏をよぎる。
部長にして唯一の部員だと名乗った、春日部美華に負けずとも劣らないくらいの美少女――それも、ギャルじゃなくて正統派な感じの美人である――に気後れしてしまい、入部できなかったのだ。
部室棟の古いドアを開ける。目が合う。ドアを閉じる。
どう考えても不審者だろう。
俺は話しことばを選ぶのが苦手だし、愛想もないからつっけんどんな物言いになっちまう。緊張すればどもるし、春日部みたいに親しくもない人間にぐいぐい行くなんて百回生まれ変わってもできないんだから仕方ない。
「じゃあ、これからよろしくね!」
るん、と音符でも語尾に付きそうなことばでそう言われて連絡先を交換したのを、俺はどこか他人事のように感じていた。
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