いきなり異世界は聞いてない!~普通の生活に憧れていただけなのに~

蜜咲

第1話 終わりとはじまり

 窓から見える大きな木には綺麗なピンクの花が咲き、その花びらが地面を覆っていた。

 その景色をしばらく眺め、ゆっくりと呼吸をする。その小さな呼吸すら体には辛くゲホゲホと室内に大きな音が響く。

 呼び出しに気付いたのか、ドアの向こうから誰かが走ってくる足音が聞こえる。


 ドアが開くと同時に看護師が室内に入ってくる姿が見えた。

「佐藤さん! どうされました?」

「すみません。身体が少し熱いような気がして……」

「じゃあ、体温を測りましょう……? 佐藤さん!?」


 身体が燃えるように熱くなる。

 遠くなる意識に、これが俺の最期の瞬間なのだろうかと考える。

 遠くで看護師が何か叫んでいるような声が聞こえたが、それも一瞬で無音になった。

 思えばこの二十五年、俺は普通の生活に憧れて窓の外の景色と病院の敷地内で過ごした時間がほとんどだった。

 両親から貰った、拓海たくみという名前もあまり呼ばれた記憶もない。


 もし次の人生があるのなら、俺は普通と呼ばれるそんな生活を送ってみたい。

 だんだんと暗くなる冷えた空間の中で、あふれてくる涙だけが温かかった。



 どのくらい時間が経ったのだろう。

 無音だったはずのあの空間ではない空気を感じ、ゆっくりと目を開けた。

 目の前には、大きな湖があり水面がキラキラと輝いている。

「どこだここ……?」


 違和感を感じるほど聞き慣れない自分の声に驚き、すぐに自分の身体を確認する。

 衣服はいつも着ていた寝巻のような服だが、身体が小学生ほどの体格だった。


「おお!? 腕が上がる! 呼吸も苦しくない!」

 これが健康な身体というものなのだろうか。

 二十五年耐えた俺に神様が新しい人生を用意してくれたに違いないと思った瞬間、大きな影であたりが暗くなる。


 顔を上げると、目の前には見たことがない大きな生き物が口を開け湖から身体を乗り出していた。

「え……?」


 次の言葉を発する前に、俺の新しい身体はその大きな生き物の口の中で最期を迎えた。

 遠のく意識の中、新しい人生が異世界なんて聞いてないと声にならない叫びが頭の中に響いていた。

 さようなら、健康な身体。一瞬だったけれど、少しは楽しい時間だったな。



 再び意識が浮上する感覚で目を開ける。

 目の前には見たこともないくらいの、可愛らしい女の子がこちらを見つめていた。

 その女の子はにこっと笑うと、振り向き誰かに向かって大きな声で呼びかけた。


「お兄ちゃん! 今度のリエリーはお顔があるよ!」

 リエリーってなんだと思いつつ、自分の身体を確認しようとするが身体がうまく動かせない。


 運よく水たまりを見つけ、自分の姿を確認しあまりの事実に叫んでしまった。

「俺の身体がトマトになってる!?」

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