第27話 まぼろし
「うちの学校、お化け屋敷禁止でしょ?」
秀の提案に希空が冷静に指摘する。
「真矢は劇をやってみたいんだけどどうかな?」
金城の提案に、数人の女子が賛成し、秀がまた「はいはいはい!」と手を挙げる。
「白雪姫とかにして、プリンセス役やりまーす!」
「うぇ、あんたの姫役とか誰得なの……」
桃波がドン引きして冷たい視線を向ける。
「やっぱり白雪姫役は真矢にやって欲しいな~」
堀切が言うと、金城は照れ笑いする。
「えー、真矢がー?」
満更でもない様子だ。
「めぐも、姫やりたいっ」
津田が急に大きな声で主張しだして、教室の勢いが止まった。
「あ~」
金城が困った様子で、言葉を選ぼうとしている。
「いいじゃん」
俺はこの壊れた雰囲気に切り込んでいく。
「主役も場面によって複数人いても面白そうじゃん。やりたいやつはやってこ」
「そうだよね! 武里くん、提案ありがとう!」
俺のフォローで場を繋ぐと、金城は安心して進行を続けた。
「一也、真矢に優しいじゃん」
茉衣が俺の行動に驚いている。俺は今までこういう場で発言するタイプではなかったからだ。
「何か、もっと、できることはやっときたいなって」
「何それ」
茉衣は俺の言っていることを不思議がった。たぶんこの夢の中では、デスゲームなんてなかった普通の”9月1日”なのだろう。
「はい! あとー、もし王子様役を決めるなら、小林を推薦します」
「なんで?」
遠くに座る小林が俺の方を振り返る。
「金城とのキスシーンがあるなら、何となく小林が似合うな―と思って」
「ちょ、武里くん何言ってるの! やめてよー!」
金城が顔を赤くする。
「俺も賛成~。何かお似合いだよな!」
後藤が話に乗ってくる。
「おい、篤史まで……」
小林もだんだん顔が赤くなってきた。茶化しすぎると可哀想だから、この辺にしといてやろう。この様子だと、誰も二人が付き合っていると知らないのだろう。
「と、というか、まだ白雪姫に決定したわけじゃないからね! 他に意見はないですか!?」
金城が促し、新たなアイデアが出るより前に、教室の後ろ扉が開いた。
「あっ、木村くん……」
保健室にいたのか、今登校したのか知らないが、黙って窓際の自分の席へ向かった。あまり体調が良さそうには見えない。
「今ね、文化祭の出し物について話し合ってて――」
金城があたふた説明を始める。
「木村って、野村と仲良いんだよな?」
俺はまたもやフォローに回る。
「え? まあ……うん」
「野村って美術部じゃん? 劇やるなら美術担当もいるし、木村と野村二人で担当すればいいんじゃね?」
「悪くないね」
野村が賛同し、木村も頷く。
「じゃあ、仮の美術担当は決定だね」
金城が黒板にすらすらと名前を書き込む。
「うちのクラスは放送部の村本もいるし、舞台回りは生徒会が二人もいるから心強いな!」
「おい一也~、お前何かキャラ違くね―?」
茜に不審がられた。
「何か明るいっていうか……」
「学級委員ぽい!」
壮人と希空も、俺の異変に気づいているようだ。
でもそんなことはどうでもいい。
「何か楽しくなってきたー!! みんなやりたいことやろうぜーっ!!」
秀が叫ぶ。
そう、楽しいのだ。分け隔てなくみんなと接して、みんなのことを知って、分かり合おうとすること。
陰キャとか、見た目がどうとか、あいつは変だ、醜い、格下だ。全部自分が「上」でいるための粗探しでしかなかった。そしてそれは、俺自身が実は何も中身のない人間であることの証明だった。くだらない序列意識は心の弱さから目を逸らすための道具だったのだ。
ピンポン ピンポン
「みんな静かに!」
気づいた金城がみんなを黙らせる。
ホームルーム中だというのに校内放送が始まったのだ。
「二年一組、武里一也さん。二年一組、武里一也さん。職員室まできて下さい」
放送はそれだけだった。たった一人。俺への呼び出し。
「お前何かやらかしたんじゃね~!」
秀に煽られたが、それに上手く返す余裕がない。
「ちょっと、行ってくる」
その放送の声に聞き覚えがあった。
夢とは言え、廊下は見覚えのあるいつもの廊下で、歪んだり、妙な出来事は何一つなかった。
「失礼します」
俺がその”悪夢”を感じ、思い出したのは職員室に入った瞬間だった。
「あぁ、武里くん。今、お母様から連絡があって――」
知らない、小太りのおばさん。防災訓練の、臨時講師。
「あの!」
それより俺は問い詰めたいことがあった。
「どうしてそこで、生徒が倒れているんですか?」
右手側。放送室と繋がる扉の前に、男子生徒が倒れこんでいた。
「あぁ、何だか体調が悪いらしいのよ。それより――」
「体調悪いなら保健室連れていったらどうですか!? というか、あなたは誰ですか? この職員室にいる人たちは誰なんですか!?」
職員室の中に、担任や、顔馴染みのある先生は誰もいなかった。一様に暗い軍服のようなものをまとった男たちが座っている。
「一也くん……」
おばさんはそのいやらしい目をにんまり細めた。
「答えて下さい!」
俺はどうせ夢の中だと思って、強気になっていた。夢なのだから、めちゃくちゃにしてやってもいい。それで何か、謎が解けるなら……。
「そろそろ……目覚める時ですよ」
おばさんはそう言って、右手の指を鳴らした。
パチッと音が頭の中で響いて、何度も掻き回すように巡った。
やがて立っていられなくなり、俺は――。
ハッと息を吸う。
身体が痙攣して、驚いて目を見開くと、そこには白い天井があった。
「カズ、目が覚めたのね」
状況も掴めないまま、横から最初に聞こえたのは母さんの声だった。
どうやら、本当に夢だったようだ。覚めたくなかった。あの二年一組の暖かい教室の質感がまだ手のひらに残っている気がして、両手を開いたり閉じたりしてみるが、夢で感じた多幸感は遠ざかっていく一方だ。
「ここは?」
「病院よ。動けるようになったら服を着替えて。すごい汗よ」
夢の中でまた夢を見ているような気がして、だんだん頭の整理がつかなくなっている。
「母さん、みんなは……死んだ?」
この現実が、本当に現実であるか確かめる一つの質問がそれだった。
「……大勢の命が犠牲になったわ」
「そっか……」
秀や茉衣、クラスメートたちはもういない。この世界には、いないようだ。
「あとさ……」
もう一つ、確かめなければいけないことがある。
「母さんと父さんは、あのゲームの主催者なの?」
曖昧になった記憶。ゲームセットの後、両親と話したあの時間は幻だったのか。それとも……。
母さんは首を傾げ、にっこりと俺を見つめた。
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