第2話 殺されるわけがない
〈前回までのあらすじ〉
デスゲーム"なんでもバスケット"に巻き込まれた一也たち二年一組。秀のお題によって秘密が暴露され、真鍋がルールを利用して自殺する。それを目の当たりにした一也は、自分がその他大勢の雑魚に負けて死ぬわけがないと強く意気込む。
おそらく絶命した真鍋と、それをゴミでも見るかのような目つきで眺める秀。
部屋の照明がまた消える。あまりにショッキングな状況に暗闇。女子の泣き叫ぶ声があちらこちらから聞こえてくる。それでも椅子から降りられない。
案の定、暗がりで光ったのはスクリーンだった。
“三回真ん中に立って人が死んだ時、次の代表者は再びそのお題を出した人になるよ! 二回連続で人が死んで同じ代表が続いてしまう時は、名簿順で一つ後ろの人にバトンタッチ! 人が死んで再び代表者になった人や、名簿順で選ばれた人に新たにカウントが入ることはないから安心してね! 嘘をついたり、ルールを破る人が死んだ時はそのままゲーム続行だよ! ただどちらの場合も代表者のタイマーは一時的に止まって、死体処理の時間を一分あげるよ! その一分間だけはみんな立ち上がることができるよ! その間も他のルールは守ってね! そして一分経ったら元の席に戻ってね! 元の席に戻らないと死ぬよ! みんなで協力して、死体を円から追い出そう! それから、死んだ人の席を抜くのも忘れずにね!”
むごいテロップが流れ終わると、また青白い照明がつき、全員の時計が鳴った。画面にカウント『1:00』が表示される。死体処理の一分が始まった。
「ああああああ!」
いづみが声にならない声で死体に寄り添う。俺も含め、一同は言葉を失った。
「デスゲームだ。ほらみろ、やっぱりデスゲームだ。ガチだ。これガチだ」
隣の席の陰キャデブがぼそぼそと何かつぶやき興奮している。
「こんなの、あんまりだよ……」
いつもはクールな桃波が、いづみを見て涙を流していた。茉衣や希空、壮人、茜さえもこの世の終わりのような顔をしている。この極限状態において、誰も誰かを励まそうなんて余裕はない。
「これは犯罪だぞ! ここから出せ! クソがあああああ!!!」
「人殺し……人殺し……」
「あ? 何か文句あんのかてめぇ!」
秀がそれに気づき、井上の胸ぐらをつかんで立たせる。
「おい秀! 暴力振るったら死ぬぞ!」
頭に血が上っている秀は、とても冷静な判断ができそうにない。
「陰キャがこっち見てんじゃねーぞ!!! きめーんだよ!」
俺が止めに入ろうとすると、秀は手を離して井上を椅子にドンと落とした。
「クソッ」
「落ち着け秀!」
「この状況で落ち着けっかよ!」
そういえば、思い出した。夏休み前、秀から真鍋の話を聞いた覚えがある。
七月
「お前昨日のメッセージまじ?」
「まじまじ! もうすっごかったんだぞ!」
『真鍋とヤった』と俺に個人メッセージが来た次の日、俺たち男子は真鍋の話題で持ちきりになっていた。
「何の話してんだ?」
童貞の壮人は恥ずかしがりながらも興味津々なのが目に見えて分かった。秀は俺たちにプレイの内容を事細かに語っていた。希空はあまり話を聞いていなかったような気がする。
秀の話では、たまたま帰りが一緒になった真鍋とゲームの話で盛り上がり、真鍋の家で一緒にやることになった、と。そして雰囲気が良くなった二人はそのまま……。でもあの話はただの秀視点でしかないのだろう。真鍋の最期の姿を見るに、秀にセックスを強要されて、それ以来思い悩んでいたに違いない。
そうだ。秀と真鍋がヤった次の日、真鍋は学校を休んでいた。でも秀は全く気に留める様子もなかった。秀にとって女はただの性欲処理の道具でしかないんだろうな。真鍋の件が知れ渡ってしまった今、秀が誰かに恨まれるのは必然的。特に仲の良かったいづみ。後は同じ生徒会の井上。他にも秀に殺意を向けているやつがいるかもしれない。少なくともだいたいの女子は秀に嫌悪感を抱いているだろう。
死体処理時間、残り三十秒。
「秀、お前が次に代表者になったら真鍋と同じ運命になる」
秀と俺は円から外れて、周りに聞えない声で喋る。
「真鍋の件でお前を恨んで名指しで指名してくるやつがいるかもしんねえ」
「俺はどうすりゃいいんだよ!」
秀の額の汗がすごかった。さすがにこのゲームのやばさを実感してきているようだ。
「俺も今考えてるよ! 少なくともあの真鍋と仲良いいづみってやつと、井上を立たせないお題。あとはできるだけ女子も避けて、人数を絞りたい」
残り十秒。
「分かんねえよ! あと二分とかでそんなの思いつかねえよ!」
「だめだ、俺はもう座る。秀、考えろ。残りの二分、俺もぎりぎりまで一番いいお題考えるから!」
どれだけ泣こうと喚こうと、まだ誰も死にたくはないようで全員ちゃんと元の席に座った。真鍋がいなくなった分の椅子は誰かが円から出してくれていた。そして本来、死体処理が目的のはずの一分間だったが、誰も真鍋実那の死体を退かさなかった。いづみはただ近くで真鍋の手を握り、泣き叫んでいただけだったし、誰も死体を移動させる勇気はなかった。
「くっそ」
足元に死体。秀は焦りからか、中央でじっとしていられない。そしてちらちらと俺の方を見て助けを求めているようだ。今すぐ話し合って最適解を出したいところだったが、あまり露骨にいづみや井上を敵に回す発言をすると、今度は俺にヘイトが集まってしまう。とはいえ、このまま秀だけに任せれば悲惨な結果になる可能性が高い。
一番怖いのはいづみか井上、あるいは同じように秀に恨みを持つ人間が立ちあがってしまった場合だ。現状、リーチがかかっているのは秀だけ。自分のカウントを一つ犠牲にしてまで代表者になってくる危険がある。そこで秀にしか当てはまらないお題を出せば、確実に秀は仕留められる。
残り一分ほど。
「はやくお題言えよ、人殺し……」
井上が小さな声で秀を煽った。
「うっせえな! 今考えてんだよ! 黙っとけクソ!!!」
普段なら井上と秀の間でこんなパワーバランスは発生しない。完全に秀が追い込まれている。ここぞとばかりにしゃしゃり出てくる陰キャは死ねばいい。
「おい、一也! 俺やっぱ何も思いつかねえ!」
「焦るな! 時間までに考えてやるから!」
しびれを切らした秀が助けを求めてきた。
「もしかしてお題、人に考えてもらってるのか? 自分一人じゃ何もできない頭の悪い猿」
井上がさらに秀を動揺させてきた。立場を利用して、この状況を楽しんでやがる。
「てめぇ!!!」
「抑えろ秀! そんなやつの相手してる場合じゃない!」
「おい、黙って聞いてたらいい加減にしろよ陰キャがよ! お前なんかすぐカウントいっぱいになって死ぬんだよ!」
茉衣が井上に対抗しだした。こんなことに気を取られている場合ではない。
一番最初に思いついたお題は『秀に対して恨みを持っていないやつ』だ。これにすると少なくともいづみと井上は候補から外れる。直接的な恨みを持っているやつはそう多くはないだろうから、ひとまず次回の安全は保障される。ただこのお題だと、俺を含め、俺たちのグループのメンバーも動くことになる。自分のことももちろんだが、仲間にできるだけリスキーな行動はさせたくない。
「あと三十秒!」
秀が俺を急かすように残り時間を訴える。
秀に恨みのないやつら、かつ、俺たちが含まれないお題……。『秀のことを好きでも嫌いでもないやつ』っていうのはどうだろう。これだと秀にいい感情も悪い感情も抱いていないやつらだけが動く。秀も俺たちもノーリスク。
……しかしこんな抽象的なお題でいいんだろうか。ここまで出てきたお題は全部、元ある事実についてだった。好きとか嫌いとか、他人が証明しようのないことをお題にした場合、時計の判定はどうなる? 血圧や心拍数をこんなインチキ機械が測ったごときで、人間の心の動きが分かるものなのか? 考える時間がもうない。このお題にかけるしかない。どうか無事に終わってくれ……!
「俺のことを好きでも嫌いでもないやつ!」
残り十秒のところで秀にお題を伝えると、秀はそのままそれを言い放った。
やはり曖昧なお題に、クラスのやつらは戸惑っているようだ。今、全員が秀のことを考え、好きなのか嫌いなのか頭の中でジャッジしている。秀とかかわりのない陰キャたちが迷いながらのそのそと動き出す。今までのムードメーカー的印象と、さっきの出来事のギャップが、より迷いを与えているようだ。
いづみは予想通り動かない。陰キャに紛れて茜が動いた。茉衣、桃波、壮人は動いていない。希空は申し訳なさそうに右に二つ、席を移動した。動いた人数が多かったので秀はすぐに席を確保できた。秀は目を泳がせて、誰が座ったままなのか気にしているようだ。そう、今座っているやつは、秀に好意的なやつか、嫌悪感を抱いているやつだ。秀に殺意を向ける可能性のある人物が大まかに把握できる。
もちろん動かないだろうと井上を一応観察していたその時。秀もその瞬間を見ていた。井上はその場に立ち上がり不敵な笑みを浮かべだしたのだ。おかしい。あれだけ敵対する意思を見せておきながら、秀のことを何とも思っていないというのか? 秀の一連の行為に恨みを持っているんじゃないのか?
まずい。このまま井上が代表者になれば何のお題を出してくるか分からない。お題次第では秀を今すぐにでも殺すこともできる。なぜだ。井上は秀に特別、何かの感情があったわけではないのか? それとも、このインチキ機械が判定をミスしているのか? やはりこんな曖昧なお題を出すべきじゃなかったのか?
井上の警告音はまだ鳴らない。これは何かの間違いだ! 秀、どうか死なないでくれ。真鍋みたいなしょうもない死に方をしないでくれ! お前が生徒会の陰キャごときに……!
殺されるわけがない。
〈カウント2〉
谷塚秀
残り34人
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