3-034. ヴァーチュの再会②
通りには人だかりができていた。
ギャラリーが見守る中、俺はジェミニ兄妹を後ろ手に縄で縛り上げる。
「あとは王国兵を待つのみだが――」
王国兵への通報はすでに済んでいる。
兵が到着するまでは、俺がこの二人を監視していなければならない。
「――ついでだ。事の顛末を聞かせてもらおうじゃないか」
ジェミニ兄妹は互いに顔を見合わせた後、観念したかのように話し始めた。
「北門での一件後、ギルドマスターが報復するって聞かなかったんだよ」
「本当に懲りないな、パワーのやつ」
「で、動ける冒険者総出で〈ジンカイト〉に殴り込みをかけようとして――」
「……いくらなんでも短絡的過ぎるだろ」
「――偶然、あのバケモンに出会っちまったんだ」
クリスタは〈サタディナイト〉の目的を知ってか知らずか、報復に打って出たこいつらと鉢合わせしたらしい。
……そして、無惨にも圧倒的な力の差を思い知らされた、と。
「クリスタリオスにやられたなら、あいつに報復しろよ。なんで俺に掛かってくるんだ」
「そ、そんな恐ろしいこと……!」
ただでさえ血色の悪いジェミニ兄の顔が、いっそう青白くなった。
その隣で妹もブルブルと震えている。
無謀な戦いを挑んだ結果、トラウマを負ってここまで敗走してきたわけか。
「まぁ、あいつを敵に回すなんて愚か者のすることだ――」
そう言いつつも、俺は目の前の二人を見て他人事とは思えなかった。
クロードの次に解雇通告するべき相手として、クリスタを考えていたからだ。
「――で、その結果ギルドの取り潰しが決まったってわけか」
「もとを正せば全部てめぇのせいだっ!」
ジェミニ妹が泣きそうな顔で叫んだ。
……いやいや、違うだろう。
元はと言えば〈サタディナイト〉のビズが俺に会いに来たことが原因だ。
あれ? クロードが原因だったっけか……。
「何にせよ、しばらく牢屋で反省するんだな」
俺が言うのと同時に、王国兵が到着した。
彼らに拘束されたジェミニ兄妹は、すごすごと連行されていく。
俺はそんな二人の背中に哀愁を感じて、つい声をかけてしまった。
「おい! 少しはマシなもの食って顔色良くしろよ」
「余計なお世話だ!!」
急に暴れ出したものだから、ジェミニ兄は王国兵に組み伏せられてしまった。
きっと挑発したように聞こえたのだろう。
ごめん、今のは俺が悪かった。
「兄貴の顔色が悪いのは
俺に向かってジェミニ妹までもが騒ぎ始めた。
すぐに彼女も王国兵に組み伏せられ、痛みにうめくことになった。
なんだか悪いことしたな……。
奇跡など使えず、医療技術も低い町医者が施す行為だが、貧民街で暮らすような教養のない人間には病が軽くなると信じられている。
「お前の兄貴、病気なのか?」
「ちっげぇよ! 血でも売らなきゃ、今のあたいらは食ってけねぇんだよ!!」
落ち目の冒険者は、己の血を売ってパンを買う。
体と信用が資本の冒険者は、どちらか片方でも失えば哀れな末路を迎えると言う教訓を思い出した。
「覚えてろ、ジルコ・ブレドウィナー! いつかあたいが、てめぇの首を掻っ切ってやるからなぁ!!」
ジェミニ妹は怨嗟の言葉を俺に投げかけて、兄とともに連行されていった。
以前も、別の誰かに似たようなことを言われたような気がする……。
「しかし、連中のギルド解散は俺にとっては幸運だったな」
「それはなぜ?」
ネフラが不思議そうに聞いてきた。
「〈サタディナイト〉が解散したってことは、開廷の決まっていた決闘裁判で訴人側が立てる代理がいなくなったわけだからな」
「そういうこと」
「ひとつ勝ち確の裁判ができて儲けものだ」
ただでさえ借金まみれの〈ジンカイト〉なのだ。
元身内からの訴えで、これ以上の消耗はしたくない。
「……
「ん?」
「ゴブリン仮面の調査報告では、クロードは商人ギルドから大量の血液を購入していたんだよね」
「そうだな。それがどうした?」
「もしかして
以前、クロードに血液の件を問いただした時、ヴァンパイアの病の治療に使うと言っていた。
病の治療自体がでまかせなら、その血液は一体どうしたのだろう?
「確かに血液の使い道は気になるな。商人ギルドに当たってみるか」
「うん!」
満面の笑みのネフラを見て、俺は気持ちを新たに商人ギルドへと足を向けた。
◇
ヴァ―チュの商人ギルドは、サンライズヴィアの中央広場に立つ大々的な建物の中にあった。
エル・ロワでも珍しい地上四階の高さを誇るこの建物は、商人ギルド主導で多くの小売店が入っており、俗に百貨店と呼ばれている。
俺とネフラは、人混みの中でその建物を見上げていた。
「……百貨店、か。嫌なことを思い出すな」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
……夢のある言葉だが、俺にとってはもっとも口に出したくない言葉だ。
商人ギルドがパーズで誘致していた百貨店の計画に関わったことで、俺の父親は莫大な借金を背負うハメになったんだからな。
◇
商人ギルドを訪ねると、俺達はすぐに応接室へと通された。
しばらくふかふかのソファーの弾力を味わっていると、扉を開けて小太りの男が部屋へと入ってきた。
ボサボサの髪の毛に
それはギルドに所属する商人である証だ。
「あなたがクロードとの取引を担当した方ですね」
「いかにも――」
対面のソファーに座って、小太りの男が続ける。
「――ヘミモルファと申します。以後お見知りおきを」
「〈ジンカイト〉のジルコ・ブレドウィナーです。こっちは助手のネフラ」
「天下の冒険者ギルドが私に何用かな」
「クロードが何の目的で大量の血液を購入したかを知りたいのです」
「不正な用途であるとの疑いが?」
「いえ。そういうわけでは……」
「ある病を治療するための研究に使うと言っていたよ。それ以上詳しくは聞いていないな。何せ相手は〈理知の賢者〉クロード様だからね。信用は十分だ」
「……そうですか」
予感はあったが、やはり有意義な情報は得られそうもない。
ここも無駄足だったか?
「しかし、あれだけの血液を貧民街に運ばせるとは何を思ってのことなのか。衛生面の責任までは負えんよ」
「え? 貧民街に送り届けたんですか」
「そうだよ。私はてっきり大通りに彼の研究室があると思っていたのに、よりにもよって貧民街だよ。驚いたね」
俺は隣に座るネフラと顔を合わせた。
ここにきて、ようやく手掛かりが見つかったかもしれない。
「どこの貧民街です?」
「サンライズヴィアの裏手にあるファベーラと呼ばれる貧民街だよ。通りの陰にある長い階段を下りて行くとたどり着くゴロツキの巣窟さね」
「届け先の住所は?」
「さぁ、知らんな。場所が場所だけに、同じ貧民街出身の
「取引内容を記録していないんですか?」
「先方の届け先まではねぇ。……ああ、そうそう。
「貧民街に花園があるんですか?」
「ファベーラにそう呼ばれる場所があるのではないかね」
「その
「無理だよ。その子はつい先日、行商キャラバンに加わってドラゴグの方へ行ってしまったもの」
……なんてタイミングの悪い。
せっかく手掛かりが得られそうだったのに。
「私が提供できる情報はこんなところだ」
「ありがとうございました」
「次来る時は、きみから有意義な話が聞けることを望むよ」
「はい。わかっています」
これで俺は、この男の取引相手の一覧に加えられたわけか。
本当に商人というのは抜け目がなくて鼻持ちならない連中だ。
◇
「ネフラ。花園って何かわかるか?」
「……花園。草木や花がたくさん揃っている場所……としか」
商人ギルドを出た後、俺とネフラは改めて頭を抱えていた。
ヘミモルファの言っていたヒント。
ファベーラの
「ヴァーチュの地図を見ても、ファベーラに花園と思わしき場所はない。むしろそんな場所、大通り沿いの公園や貴族の庭園くらいしか……」
「だよなぁ。貧民街に花なんて似合わないし、どんな謎かけなんだか」
結局その謎は解けることなく、手あたり次第にファベーラを始めとしたヴァ―チュの貧民街を当たって見たものの、場所の特定には至らなかった。
街中に赤い屋根の建物などいくらでもあるため、その情報も役に立たない。
日も沈み始め、貧民街は物騒な連中が多く見られるようになってきた。
「ネフラ。フードから顔を出さないようにしろよ」
「わかってる」
貧民街を巡る際、俺はネフラにフードを羽織らせていた。
ネフラのようなエルフが――しかも見目麗しい少女がこんな場所をうろついていては、否応なしにトラブルに巻き込まれること必至だ。
揉め事を避けるためにも、ネフラには顔を隠しておいてもらう方が良い。
しかし、迫りくるトラブルもあれば、遭遇するトラブルもあるわけで――
「やめてよ! 触らないでっ」
「いいじゃねぇかよ姉ちゃん。減るもんじゃなかろうよ」
「可愛がってやるからよぉ。へへへへ」
――路地の壁際で、二人の男に絡まれている女性を見つけた。
……親の顔より見た光景だ。
「ジルコくん」
その一言で、ネフラの言いたいことはわかった。
そして俺のやるべきことも……。
「おい、やめろ!」
俺の声を聞くなり、男達は睨みを利かせながら振り向いた。
「なんだてめぇは。引っ込んでろ!」
「痛い目にあいてぇのか!?」
……どこのゴロツキも同じようなセリフを吐くのだなぁ。
俺はミスリル銃を構えて、二回引き金を引いた。
男達は利き手を撃ち抜かれ、悲鳴をあげながら暗い道を逃げ出して行った。
「怪我はないか?」
俺が声をかけると、女性は安堵した表情で頷いた。
彼女はマントこそ羽織っているが、その下には胸が開いたシュミーズドレス。
青みを帯びた鮮やかな紫色の髪はただでさえ目立つだろうに、こんな恰好で外を出歩いては、ゴロツキに絡まれるのも当然だ。
「助けてくれてありがとう。なんとお礼を――」
「急いでいるから、また今度!」
女性が口にしたお約束のセリフを遮って、俺は
感謝されるのは嬉しいが、今は時間がないのだ。
「……ジルコ・ブレドウィナー?」
「えっ」
名前を呼ばれて、また反射的に振り返ってしまった。
我ながら、うかつすぎる……。
「やっぱり! あなた、ジルコ・ブレドウィナーね」
女性は俺のことを知っている風だ。
しかし、俺の方は彼女の顔に見覚えがない。
「俺と会ったことがあるのか?」
「ふふふっ! 気がつかないのも無理はないわね。あの時は化粧なんてしていなかったし」
「あの時……?」
「私の声を忘れたの? あなたのファンの声を」
……この声、覚えがある。
不意に、ある女性の姿が脳裏にチラついた。
『私、サリサと申します。あなたの……ファンです』
……思い出した!
この女、王都の北門で俺を罠にハメた役者の女だ!!
名前は確か――
「きみは……トルマーリ。トルマーリ・パーティカラ」
「覚えていてくれて嬉しいわ、ジルコ」
トルマーリが妖艶な笑みを浮かべて近づいてくる。
その顔は以前の彼女とは明らかに別人のものだった。
何よりも……美しかった。
化粧というのは、貴族の女性が
侮りがたし、化粧術。
「……まったく気づかなかったよ」
「化粧は女の魔法よ。百でも千でも、いろんな色を出せるもの」
トルマーリは俺の胸にすっと手を当てた。
ふわっと、心地よい香水の香りがする。
……いい匂いだ。
「そして、香水は涙に次ぐ女の武器。色香をもたらす最強の矛になりえるの」
「そう……だな……」
まるで魅了の魔法だ。
魔法使いでもない女性に、まさかこんな――
その時、ドスン、という音が聞こえた。
「ジルコくん――」
俺とトルマーリが音のした方へ振り向くと、そこには本を足元に落としたネフラの姿があった。
「――誰なの、その
その時のネフラの目は、ナイフのように研ぎ澄まされていて怖かった。
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