3-033. ヴァーチュの再会①
教皇領を出てから五日目の早朝。
俺達は予定よりやや早くヴァ―チュへとたどり着いた。
さすがは王都の衛星都市と言うべきか。
ずいぶん遠くまできたはずなのに、王都とさして変わらぬ街並みだ。
「ひさしぶりだなヴァーチュ。前にドラゴグへ渡った時以来だ」
「時間があれば写本屋に寄りたいけれど」
「また今度な」
「うん」
そんな話をしながら、俺とネフラは馬を引いて街路を歩いていた。
すれ違う人々の会話に聞き耳を立てていると、ヴァーチュでもつい先日、上空を不審な飛行物体が飛んで行ったらしい。
「マゴーニアの岩塊が通過していったらしいぞ」
「進路はこのまま海峡都市なのかな」
俺は地図を見ながら、ヴァーチュから先にクロードが進むルートを思案する。
ドラゴグへと至る道は厳密には四つ。
①
②グランソルト海を直接越える。
③グランソルト海を北周りに沿って行く。
④グランソルト海を南周りに沿って行く。
②は距離があり過ぎて海路も空路も非現実的。
③④は時間も労力も掛かり過ぎる。
……選ぶとしたら①しかない。
「ここまできて北や南の
「でも、クロードは自分が指名手配されている身だと考えているだろうから――」
「素直に海峡都市を選ぶとも思えないよな」
クロードが危険かつ非効率な方法で国境を越えることはないだろう。
となると、あいつは国境を越えるつもりなどなく、ヴァ―チュの先――例えばゲイル丘陵かカザミ湿地あたりに隠れ家を用意してあるのかもしれない。
……う~ん。
これ以上の当て推量は無意味だな。
「とりあえず馬を乗り換えて海峡都市に向かうか」
「せっかくヴァーチュまでやってきたのに」
「クロードを捕まえて、腐るほど文句を聞かせてやろう」
俺は気を落とすネフラへと言い聞かせた。
◇
ヴァーチュで一番大きな教会へ立ち寄ると、馬小屋の前でフローラが
「あら。遅かったですわね!?」
「また機嫌悪そうだな……」
俺と目を合わすなり、フローラが突っかかってきた。
同行していた
……だいぶ苛立っているな。
「お前達、なんでこんなところにいるんだ?」
「ゲイル丘陵で大きな土砂崩れがあって、立ち往生しているのですわ!」
「土砂崩れ? 梅雨時ならまだしも、こんな時期に?」
「馬が通れる海峡都市へのルートで軒並み、ですわよ。クロードの時間稼ぎに違いありませんわ!」
クロードが仕掛けたことなら手際が良いと言わざるを得ない。
よっぽど追いつかれたくないのだろう。
しかし、それは同時に海峡都市へ向かったことを、
「……カイヤは?」
「現地で土砂崩れの解決に励んでいますわ」
丘陵を塞ぐほどの事態では、さすがに
追撃隊の第二陣はヴァーチュで足止めを食らったわけだ。
「そんな状況じゃ苛立つわけだな」
「別にイラついてはいませんわ。すでに伝書鳩で海峡都市には国境警備の強化を伝えてありますから!」
「まさか手配書を回したんじゃないだろうな!?」
「ふん! そうするべきと思いますけれど、教皇様の慈悲でそれは先送りですわ」
彼らは昨日の夕方にはヴァーチュにたどり着いたが、その時にはすでに土砂崩れが発生していたらしい。
彼らも
岩塊がヴァーチュで目撃されたのは
となると、フローラ達は一日遅れ。
俺達からすれば二日遅れだ。
追撃隊からすれば、クロードの移動が想定より遅かったことは
その矢先、追跡を断つ土砂崩れだ。
「ジルコくん。土砂崩れは
「臭いな。ここにきてだいぶ怪しい感じだ」
思えば、ヴァーチュはクロードにとって地元だ。
魔物退治の
その
「ちょっと都を探索してみるか」
「ジルコくんが言うなら、お供します」
俺とネフラは騎士達に馬を預けて、独自にヴァーチュを探索することにした。
……クロードがヴァーチュに身を潜めている。
その可能性に
◇
俺達は、まずクロードの研究施設へと向かった。
場所はゴブリン仮面の報告書に記載があったので、見つけるのは容易だった。
ヴァーチュでも指折りの裕福層が暮らすエリア――サンセットヴィア。
その通りの一角に、クロードの研究施設はあった。
「さすが賢者様。ずいぶんと華やかな場所に建てたもんだ」
その建物は、裕福層のエリアに遜色ない外観だった。
敷地も個人所有とは思えないほど広く、門扉から玄関まで花壇の並ぶ庭まである。
その花はただの飾りつけなのか、それとも研究素材なのか……。
そんなことを考えながら、庭を横断して研究施設の扉を叩いた。
しばらくすると、扉を開いて白衣姿の若い男が顔を出した。
彼は
おそらくはクロードの助手か何かだろう。
「どちらさまです?」
「〈ジンカイト〉の者です。クロードを訪ねてきたんだけど」
「〈ジンカイト〉の方ですか! ……あれ。でも、先生なら先週に王都へと発たれましたが」
「その後、こっちに戻ってきてはいないかな?」
「さぁ……。戻っているのなら、ここには必ず顔を出されると思いますが」
聞けば、彼はクロードの研究施設で働いている助手の一人ということだ。
開いたドアから施設内を覗くと、中には同じような白衣姿の人間が何人もうろうろしているのが見えた。
責任者がいなくとも施設は絶賛稼働中らしい。
この人達、クロードの罪状を知ったら目の玉が飛び出るだろうな……。
「時の英雄と会えるなんて光栄です! ぜひ中でお話でもいかがです!?」
「すまないけど、先を急いでいるんで」
「そうですかぁ。仕方ありませんね。次立ち寄った際にはぜひとも!」
俺達を引き留めたがっているものの、彼の挙動はただのファンのそれだ。
特に何かを隠しているような気配はない。
とは言え、別れ際に少しカマをかけてみることにした。
「クロードは今、何の研究をしてるんだい?」
「聞いていませんか。去年からずっと
「去年から?」
「厳密には、あなた方と魔王の討伐を終える前からずっと、ですけど。
「ヴァンパイアの治療法の研究などは……」
「はぁ。ヴァンパイアですか……? 先生からは何も聞いておりませんが」
「
「……はっはっはっ! さすが〈ジンカイト〉の方はスケールの大きな冗談をおっしゃる!」
……逆に不審な目を向けられてしまった。
俺は看破の奇跡など使えないが、それなりの観察眼を自負している。
彼の言うことに嘘はない……と思う。
「ありがとう。積もる話はまた今度」
「はい。お待ちしています!」
助手との話を終えた俺とネフラは、庭で頭を悩ませた。
「クロードは研究施設には戻っていないみたいだ」
「
「……あるいは、助手にも知られていないもうひとつの施設があるか、だ」
クロードが大事を行うのに、一介の
助手から有意義な情報は期待できないだろう。
さて、さっそく当てがなくなってしまったが……どうしよう。
「クロードの
「うーん……。得られるものがあるとは思えないけどなぁ」
ネフラとそんなことを話しながら通りを歩いていると、妙な出で立ちの二人組とすれ違った。
二人とも顔を隠すように深々とフードを被っている。
……その二人組が、すれ違った直後にピタリと足を止めた。
「ジルコ・ブレドウィナー?」
「えっ」
二人組から名前を呼ばれたので、反射的に振り返ってしまった。
「ジルコ・ブレドウィナァァァー!!」
「な、なんだっ!?」
二人組は突然マントをはためかせ、俺達に向き直った。
どうやら俺の知り合いのようだが……。
「てめぇぇぇ、ぶっ殺してやらぁぁっ!」
背の高い方――おそらく男――が、マントの下に隠していた鞘から双剣を抜き放った。
それを目にして、通りを歩いていた女性の悲鳴があがる。
「やる気か!? と言うか……誰だ!?」
「忘れたぁ? 忘れたとは言わせねぇぇぇ!!」
男がフードを下ろした。
現れた顔は、俺がよく知っている男のものだった。
「兄貴、やっちまうかぁ」
「おうよ! この野郎、この場でぶっ殺してやるぜぇぇ!!」
背の小さい方――こっちは女――もフードを下ろすと、やはり知っている顔だ。
まさかこんな場所でこいつらに再会するとは……。
「ジェミニ兄妹!」
王都から旅に出る前に、俺を襲撃してきた冒険者ギルド〈サタディナイト〉の冒険者コンビだ。
クロードの精霊魔法で地面にめり込んでいたが、二人とも無事だったのか。
「今さら報復のつもりかよ!」
「うるせぇぇっ」
ジェミニ兄が双剣を振り回して襲ってきた。
俺はネフラをかばうように動きながら、ジェミニ兄の振り下ろしてくる短剣をミスリル銃の銃身で弾き返した。
「ちぃっ!」
「舐めてんじゃないよぉっ!!」
ぐらりとよろめく兄のマントの陰から、小柄な妹が飛び出してきた。
同じく双剣を抜き放ち、俺に斬りかかってくる。
「甘いっ」
素早いが、妹の剣筋は兄ほど鋭くない。
俺の動体視力なら、余裕をもって見切ることのできるレベルだ。
ジェミニ妹の短剣を軽々といなし、その背中に蹴りをくれてやった。
「がっ、てめっ――」
ジェミニ妹が苛立った顔を俺に向ける。
だが、油断大敵だ。
「――ぶごっ」
ジェミニ妹の顔面がぶっ飛ばされる。
死角からネフラがミスリルカバーの本をぶん回して、顔面に見舞ったのだ。
ミスリルは鋼鉄よりも軽いが、遥かに頑強だ。
あんな受け方をしたら意識もぶっ飛んだだろうな。
「く、くそがぁっ!」
地面に倒れ込んだ妹を見て、兄が怒りの形相に顔を歪ませる。
ふだん血色の悪い顔が真っ赤になるほどだ。
「てめぇまで、俺達をコケにしやがってぇぇ!」
……てめぇまで?
ジェミニ兄が妙な言いがかりをつけながら、突っ込んできた。
もはや躱すまでもない。
「銃を構えてる相手に突っ込んでくる馬鹿がいるか!」
俺はミスリル銃の引き金を引き、橙黄色の光線を撃ち放った。
光線は瞬時にジェミニ兄の
「ぐあっ」
ジェミニ兄はバランスを失い、顔から地面へと突っ込んだ。
典型的な三下の無様なやられ方だ。
「〈サタディナイト〉とはこれ以上揉める気はない。パワーはどうした? ヴァーチュにいるなら話をつけたい」
うつ伏せになっているジェミニ兄に銃口を向けながら、俺は尋ねた。
「げほっ。……ギルドマスターはここには来てねぇよ!」
「お前達の独断か。そんなことじゃギルドの立場が危うくなるぞ」
「もう〈サタディナイト〉はねぇんだよっ! てめぇらのせいでなぁ!!」
……とんだ言いがかりだ。
何のことを言っているのか見当もつかない。
「どういうことだよ。〈サタディナイト〉がないって」
「言葉の通り、てめぇらのせいで潰されちまったんだよぉ!」
「解散になったのか!? 王都の北門での一件のせいでか……?」
「ちげぇよ! その後すぐ、てめぇの仲間に潰されちまったんだよっ」
なんとなく見えてきたぞ。
こいつら、俺とクロードへの報復を〈ジンカイト〉の他の冒険者に向けたのだ。
その結果、返り討ちにあって騒ぎが大きくなり、ギルドの取り潰しに繋がった……といったところだろう。
「自業自得っぽいがな。誰にやられたんだよ」
「クリスタリオス・ルーナリア・パープルオーブ! あのバケモンにだよぉっ!!」
……それは思い出したくない女の名前だった。
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