3-031. 東へ……
会合を終えた俺達は、ヘリオに医療院の待合室へと案内された。
宝物庫のゴタゴタで手離していた私物を受け取るためだ。
「回収してくれて助かったぜ!」
ミスリル銃が手元に戻ってきて俺は心から安堵した。
聖堂宮で裂け目の底に消えてから、ずっと行方が気になっていたのだ。
何せ、ともに闇の時代を駆け抜けてきた世界でただひとつの相棒だからな。
手元から離れるとどうにも落ち着かない。
「よかったぁ。戻って来てくれて」
俺の隣では、ネフラがミスリルカバーの本を抱きしめていた。
……訂正しよう。
「これもジルコさんの持ち物ですよね?」
次に渡されたのは、ボロボロになった俺の携帯リュックだった。
生地はボロボロ、帯も千切れて、もう使い物にならない。
だが、中身はおおむね無事だった。
財布。
宝石類。
水筒(空)。
筆記用の羊皮紙と羽ペンにインク。
地図やコンパス。
そして、ゾンビポーション。
……手元のゾンビポーションは残り一本か。
最初の一本を使った後も特に後遺症のようなものはない。
できればこんなもの二度と使いたくはないが念のため……。
「ジルコくん――」
紫の液体が入ったガラス容器を手に取って眺めていると、横からネフラが声をかけてきた。
「――これはもうダメ」
「あっ!」
ネフラにゾンビポーションをひったくられてしまった。
「何するんだよ!」
「クロードが言ってた。この薬に頼ると酷い後遺症があるって」
「一本や二本くらいなら平気だって! 現に何とも――」
「ダメ!」
取り付く島もない。
ネフラはゾンビポーションを自分のリュックへ押し込むと、さっさと紐で口を閉じてしまった。
魔薬みたいなものだし、確かに頼りすぎるのは良くないか……。
「三十分後には追撃のための馬をご用意できます。それまでにお二人とも浴室で汚れを落としていくのがよいかと」
「第二陣にはフローラも参加するのか?」
「ええ。やり返さないと気が済まないそうです……」
「確かにえらく恥をかかされていたからなぁ」
「僕は都に残りますが、妹を頼みます」
「頼まれてもあいつは俺の手に負えないよ」
クロードにコテンパンにやられたのが、よほど腹に据えかねたのだろう。
今のフローラは、常に青筋を立てて苛立ちに顔を歪めている。
八つ当たりされそうなので、あまり近寄りたくはない。
「それと、ジルコさんの服はボロボロなので代わりを用意しました。元の服と似たものを探させましたので、出発の際にはこれをお召ください」
「至れり尽くせりだな」
「……さすがにその恰好で屋外を出歩くのはちょっと」
ヘリオが苦笑いを浮かべる中、俺は袋に詰められた替えの服を受け取った。
……まぁ、ヘリオの言いたいこともわかる。
チュニックもズボンも血の色と臭いがこびりついてしまって、人前を歩くのも
「なぁ、防刃コートはどうなったかな。フローラに羽織らせていたんだけど」
「す、すみません。あのコート、妹がめちゃくちゃに破り捨ててしまって……」
……八つ当たりか。
内ポケットに入れていた宝石袋も回収できそうにないな、こりゃ。
「外套も代わりを用意しています。防刃ではないですが、防寒用のウールマントなので厚いです」
「……防寒用」
四月も終わろうって時期に、よりによって防寒用のマントとは。
否。ここまで良くしてもらって文句は言うまい。
「私、先にお風呂入ってくる」
「ああ」
「私が出るまで、入ってこないで」
「そりゃそうだろ」
「……」
「……ん?」
ネフラは俺をジトリと睨んだ後、待合室から出て行った。
「なんだ? ネフラのやつ、どうしたんだ」
「ジルコさん――」
ネフラの去り際の言動を考えていると、ヘリオが話しかけてきた。
「――今回の件、ドラゴグ帝国が裏で手を引いていると思いますか?」
「なんとも言えないな」
それについては、クロードがドラゴグ出身ということ以外の根拠はない。
帝国は以前から
「オーライ卿は、今回の件を利用して竜聖庁にダメージを与えたいと考えているはず。仮にクロードさんが先行する騎士団長に捕まれば、真実はどうあれ、口を封じられてその口実に使われる公算は高いです」
「おいおい。穏やかじゃないな」
「
「当ててやろうか。前者がリッソコーラ卿で、後者がオーライ卿だ」
「……まさしく。ドライト卿が亡くなって以来、どちらが次期教皇に相応しいかの論争が増えて問題山積みですよ」
「これだけ組織が大きいと大変だな。内輪揉めが多くちゃ、そのドライトって
「……実のところ、僕がクロードさんの推理に過敏に反応したのも、そういった背景があったからなんです。身内が教皇様を――」
「それ以上は止めておくんだな。俺は部外者だ」
俺が止めたことで我に返ったのか、ヘリオは口をつぐんだ。
その後、ネフラが戻ってくるまで彼が口を開くことはなかった。
◇
医療院の外に出て俺は驚いた。
虹の都の
街路に沿って真っすぐ裂け目が続いているのを見て、俺は被害を最小限に抑えるためにクロードが狙いすましたのではないかとすら思った。
「頼んでいた馬がきましたわー!」
フローラが大きい声で状況を報せてくれた。
後発の追撃隊に名乗りを上げた俺とネフラは、フローラ達とともにかろうじて倒壊を免れた
門の先からは、今まさに数頭の馬が御者によって引っ張られてくる。
「お待たせしました。取り急ぎ、アムアシアン・ブルー・ホースを八匹だけ用意いたしました」
「どうもありがとう」
御者から手綱の束を受け取ったフローラは、正門前に集まった俺達へと順々に手綱を渡していく。
「いいですか皆さん! アムアシアン・ブルー・ホースなら多少の悪路なら問題なく進めますの。丸一日全力で走らせれば、三日後にはヴァーチュへたどり着きますわ!!」
「無茶を言うな。そんなことをすれば馬が潰れてしまうだろうが。乗り手も著しく疲労して仕事にならない」
「根性のない殿方ですわね!?」
「我々はきみのような怪物と違って普通の人間なのでね」
フローラとカイヤが揉め始めた。
この状況にはフローラだけでなく、カイヤも苛立っているようだ。
さっき顔を合わせた時にも俺を親の仇のように睨んできたからな。
「そもそもきみは
「私はリッソコーラ卿のお許しをいただいています! 私の言葉を疑うということは、あのお方を疑うことと同意ですわよ!!」
「指揮系統が違う! きみに仕切られる
「なんですってぇ!?」
いがみ合う二人の後ろには、残りの
……うわぁ。
どうやらリッソコーラ卿とオーライ卿の派閥で分かれているようだ。
それでなくとも、この二人は仲が悪そうなのに。
「時間の無駄だ!」
俺はフローラの手から手綱をふたつ奪い取ると、ひとつをネフラに渡した。
「ふん! きみならまだしも、そちらのお嬢さんがこんな大型の馬に乗れるのかね? 子供のお使いではないのだぞ!!」
この蛇野郎……!
年下の女の子にまで当たり散らすとは、恥を知れっての。
「エルフが乗馬を苦手とするとでも?」
そう言うと、ネフラは
しかも、ミスリルカバーの本を片手に抱えながら。
「……!」
よほど意外だったのか、カイヤが目を丸くしている。
一方のネフラは、挑発した本人を馬上から悠々と見下ろしている。
ふふん、と鼻で笑いながら、顎に手を当てて得意げな様子。
このことが各位の熱を冷ましたのか、その後は余計なおしゃべりをすることもなく、俺を含めた八名は馬へとまたがって門を抜けた。
すでに日は高く昇っており、時刻は正午近い。
「騒ぎから四時間。インカーローズの乗った岩塊が伝書鳩程度の速さならば、明朝にはヴァーチュに到着するかもしれん!」
「ならば、夜通し休まずに馬をぶっ飛ばさなければなりませんわ!」
「きみは実に馬鹿だな! 馬と我々を殺す気か!!」
二頭――フローラとカイヤ――が競うように先頭を走る。
それに対して、俺とネフラは隣り合って最後尾を走っている。
声がでかいおかげで二人の会話を聞き取ることは容易だった。
……なんともズレた会話をしていらっしゃる。
「ネフラ! 実際のところ、ヴァーチュまではどのくらいかかりそうだ!?」
「教皇領からヴァーチュまで、おおよそ五日の行程!」
「そこからさらに海峡都市までとなると!?」
「加えて六日ほど。馬にかなり無理をさせたとしても、全行程で八日以上はかかると思う!」
「追いつくのは現実的じゃないな。先行している騎士団長達も同じようなものか」
「
「その案、いかがですお二人さん!?」
俺の声は空しく空に響いた。
なぜなら先頭を走る聖女と蛇は、馬上で互いの罵り合いに夢中になっているから。
……こりゃダメだ。
ヘリオを都に置く選択をしたリッソコーラ卿を俺は少しだけ恨んだ。
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