3-024. 激震の聖堂宮①

 フローラが飛びかかるよりも早く、クロードは宝飾杖ジュエルワンドで魔法陣を完成させた。

 空中に浮き上がる魔法陣は土色に鈍く煌めき、数瞬後には床からぶ厚い石柱が突き出てきた。

 石柱は空中にいたフローラの腹を突き上げ――


「ぐっ」


 ――バンッ、と彼女の腹筋によって砕かれた。

 その一撃でフローラは勢いを殺され、垂直に床へと着地する。


激震槌クエイク・ハンマーが通じませんか。ここの敷石は質が良いと思ったのですが――」

「だ、ま、り、な、さいっ!!」


 口上の途中で、フローラが再び襲いかかった。

 だが、握りしめた拳をクロードの顔面へと叩きこもうとした瞬間、フローラの体を突如としてつむじ風が巻き上げてしまう。

 無挙動ノーモーションでの風の精霊魔法……厄介だ。


「このっ……!」


 あわや天井に叩きつけられそうになったフローラだったが、器用にも空中でくるくると回転し、足の裏をつけることで衝突を脱した。

 その反動を利用して、フローラは真下のクロードへ向かって弾丸のように突撃する。


「正面からとは芸がない」


 クロードは指揮棒を振るように宝飾杖ジュエルワンドで新たな魔法陣を描き始めた。

 今度は魔法陣が赤く煌めいている――火属性体系の魔法だ。


熱傷吹き矢ヒート・ブロウ!!」


 天井に向かって魔法陣から何本もの炎の矢が射出される。

 勢いよくクロードに迫っていたフローラだが、空中では小回りが利かない。

 彼女はすべての矢の直撃を受けたことでブレーキがかかり、標的クロードから離れた飾り台の上へと墜落した。


「うがぁっ!」


 フローラは止まらない。

 飾り台をひっくり返し、三度みたびクロードへ向かって突進する。

 魔法を真正面から受けてケロッとしているとは、なんてタフな奴……。

 一方、それを迎え撃つ準備をクロードはすでに整えていた。


「猪突猛進もたいがいにしなさい」


 クロードが新たに描いた魔法陣は土色に煌めいている。

 またも土属性体系の魔法を使う気か。


刺突磔刑ブラッディ・クロス!!」


 魔法陣が激しく煌めいた直後。

 宝物庫の床から壁から天井から、氷柱つららのように先端が尖った突起物が何十本も伸びてきて、一斉にフローラへと襲来した。

 前後左右四方八方からの攻撃に押し潰され、フローラの姿は石の棒が大量に交差して出来上がったいびつな監獄へと閉じ込められた。


「……がああぁっ!」


 それでもフローラは前進を止めない。

 拳や足刀によって、自分の周りを埋め尽くす石の棒を叩き折りながら監獄の外へと這い出してくる。

 しかも、衣服がところどころ破けただけで、彼女自身にはダメージがない様子。

 化け物かよ……。


「本当に頑丈ですね――」


 クロードは余裕の態度を崩さない。

 フローラが道を塞ぐ石の棒を砕き進んでいる間、クロードはすらすらと魔法陣を描いていく。

 その魔法陣は半径15cm程度のものだったが、二つ、三つと次々に描かれていき、その数は七つにまで及んだ。


「――まぁ、その強度にも限界はあるでしょうが」


 七つの赤い魔法陣が一斉に光り出し、それぞれから燃え盛る炎がうねりながら飛び出してきた。


炎蛇の鞭舌×7フレイム・タン・セブンズ!!」


 蛇のごとく鎌首をもたげる炎が、鞭のようにしなって近づいてくるフローラを順々に打ち付ける。

 最初の二、三撃は的が外れて床を打ったものの、四撃目がフローラの顔面を叩いた。


「あぎゃっ」


 フローラが短い悲鳴をあげ、俺の隣まで床を転がってきた。


「おい、大丈夫か!?」


 うつ伏せに倒れる彼女に声をかけた時、俺の鼻に焦げ臭いにおいが届いた。

 顔を上げたフローラを見て俺は思わず顔をしかめてしまう。

 その綺麗な顔が、炎の鞭で打たれたことで黒く焼けただれていたのだ。


「……焦げ臭い」


 自分の顔に触れながらフローラはふらりと立ち上がった。

 その目はギョロリと見開かれ、クロードへと殺意の眼差しが向けられている。


「顔はやめてくださる?」


 フローラが言うと、彼女の首から下げられた冒険者タグが激しく輝き始めた。

 すると、顔の傷が見る見るうちに治癒していく。

 たったの数秒で、あれだけ酷かった火傷の痕は完全に消え去ってしまった。


「大した回復力ですね。さすがは〈不条理な癒し手〉と呼ばれるだけのことはある」

「そんな野暮ったい二つ名で呼ばないでくれますかしら? 〈博愛と慈愛の聖女〉で通るこの私を!」

「自称、もつけなさい。そう名乗るなら」

「……!」


 フローラは一瞬、顔を歪ませる。


「おい、挑発に乗るな! ここは冷静に――」

「その口ぃぃぃっ!!」


 せっかく俺が警告してやったのに、フローラは聞く耳を持たずにクロードへと闇雲に突っ込んでいってしまった。

 いくらなんでも考えなし過ぎるって!

 クロードはそんな彼女を冷笑でもって迎えた。

 そして、フローラは七つのしなる炎の鞭によって――


 頭を打たれ。

 顔を打たれ。

 首を打たれ。

 肩を打たれ。

 腰を打たれ。

 脚を打たれ。

 足首を打たれ。


 ――血を散らしながら、その場に頭から崩れ落ちた。

 言わんこっちゃない!


「ぐふっ……。こんのクソ野郎がぁぁっ~~~!!」


 焼けただれて血だらけの顔。

 肌を焼き切られて露出する筋肉。

 見ているだけで俺の方が痛くなってくる有り様だ。


 フローラは血だまりの上に起き上がると、懲りもせず真正面からクロードへ向かってズカズカと歩き出した。

 すでに着ている服はボロボロで、かろうじて胸元や腰から下を隠している程度なのだが、常軌を逸した行動と負傷のせいで色気などまったく感じられない。


「二度と舐めた口きけないように舌引っこ抜いてやる……!」

「知能の低い言葉を使わないでください」

「ぎぎぎっ……! 黙れぇぇぇっ!!」


 フローラが激昂すると同時に、再び冒険者タグの宝石が輝き出した。

 全身の血が固まって剥がれ落ち、傷が瞬く間に癒えていく。

 さらに、破れた衣服の隙間から覗かせる彼女の腕や足の筋肉がビキビキと膨れ上がっていく。


廻生の奇跡ヒアルス・リージェン、さらに研磨の奇跡グライン・フォース!!」


 フローラの口から発せられたふたつの奇跡。

 常時回復に加えて、肉体強化を施す奇跡の反則的な組み合わせだ。

 闇の時代、彼女が魔物の群れに特攻する時によく使っていたのを思い出す。

 その光景は冗談交じりに不死身特攻・・・・・とか呼ばれていたな。


「本気になったからには、もうあなた無事に済みませんわよ!?」

「無知性の魔物相手ならいざ知らず、それを私に言いますか」

「うるっせぇぇぇ!!」


 フローラが前屈みとなって突撃の姿勢を見せた瞬間。


「あばっ」


 炎の鞭が再びフローラの頬を張った。

 しかし、今度はフローラも一方的にやられることはなかった。

 彼女は頬を打った炎を掴み取り、力任せに引っ張ったのだ。

 ずるずると魔法陣から引っ張り出されていく細長い炎は、やがて魔法陣を切り裂いてすっぽ抜けてしまい、空中に溶け込むように消えてしまった。

 力ずくで魔法を破るなんて常識外れなことをする……。


「まだまだぁっ!」


 フローラはさらにもう一本の炎を受け止め、自分の手が焼けただれることもお構いなしに炎を引き寄せていく。

 その炎も魔法陣からすっぽ抜かれた瞬間、魔法陣ごと消え去った。

 だが、まだ炎の鞭は五本ある。

 今度はそれらが一斉にフローラを打ち付け、捕まえようとする彼女の手をするするとすり抜けてしまう。

 その光景を見て、俺は以前にアマクニで体験したウナギ漁を思い出した。


「このっ……!」


 不用意に手を伸ばすフローラの隙をついて、その首に一本の炎が絡みつく。

 彼女は首に巻き付いた炎を両手で引きちぎろうとしたが、彼女の右手も左手も、他の鞭に捕らえられてしまう。

 さらに両足もまた別の鞭に絡め取られ、フローラはヒトデのような恰好で宙吊りにされた。

 しかも、首と四肢の先を焼かれながら、だ。


「がああぁぁ~~~っ!!」


 聞くに堪えない断末魔のような悲鳴。

 宙吊りにされながらも、フローラは抵抗を試みているようだ。

 その時、ポロリと彼女の体から何かが床に落ちていくのが見えた。

 それは彼女が首に下げていた冒険者タグだった。

 ……ヤバい!

 フローラは冒険者タグの宝石を媒介に奇跡を起こしていたのに、それが手元から離れてしまっては奇跡を封じられたも同然。

 今は・・まだ廻生の奇跡が持続しているが、それも次期に効力を失ってしまう。

 そうなった時、手元に宝石がなければ火葬されるのを待つだけになる。

 いくらフローラでもこの状況はいけない!!

 助けに入ろうと、俺がミスリル銃を構え直そうとした時――


「!?」


 ――白い影が五つ、空中をよぎったのが見えた。

 その瞬間、フローラを宙吊りにしていた五つの炎が中空で断たれた。

 火刑から解放されたフローラは、支えを失って床へと落下。

 俺は間一髪、床に叩きつけられる直前に彼女の体を受け止めることができた。


「うぅ……」


 フローラが唸るように声を漏らす。

 ……よかった。

 全身黒焦げで意識朦朧もうろうとしているようだが、ちゃんと生きている。


「ジルコさん。あなたは・・・・味方ですか?」


 いつの間にか、ヘリオが俺の傍に立っていた。

 他にも四人の神聖騎士団ホーリーナイツが揃って俺を取り囲んでいる。

 ちょうど五人いることから、フローラを宙吊りにしていた炎を斬ったのは彼らだったのだろう。


「答えてください」


 ヘリオの蒼い瞳が俺を見下ろしている。

 彼の持つ白銀の盾にはいくつか宝石が備え付けられており、そのうちのひとつがぼんやりと輝いているのがわかった。

 どうやら看破の奇跡を使っているらしい。

 これはヘリオの尋問だ。


「俺はクロードを止めるためにここにいる」

「そうですか――」


 ヘリオの盾の宝石は、ぼんやりと輝いたままだ。


「――わかりました。妹を頼みます」


 そう言うと、ヘリオは俺に背を向けてクロードと向かい合った。

 その隣に他の四人も並び立つ。

 どうやら俺は彼らに敵ではないと認めてもらえたようだ。


神聖騎士団ホーリーナイツの諸君。次はあなた方ですか」

「広間にカイヤが倒れていました。かろうじて息はありましたが、これ以上、僕の仲間を傷つけることは許しませんよ」


 ヘリオが左手の盾を突き出し、右手に握る白銀の剣を水平に構えた。

 俺からはその顔をうかがい知ることはできないが、きっとクロードを睨みつけているのだろう。

 だけど、ごめん。

 カイヤを倒したのは俺なんだ……。


「クロードさん。あなたが賊であると判明した以上、我々は手段を選びません」


 他の四人もヘリオにならって、右手に剣を、左手に盾を構えた。

 その背中からは、修羅場をくぐり抜けてきたであろう凄みを感じる。

 神聖騎士団ホーリーナイツが五人がかりでクロードに挑めば、あるいは……。


「それがよろしい。しかし、五人で足りますか?」

「……何が言いたいのです」

「もっと集まるまで待ってもいいのですよ」

「あなたの言葉、我々への侮辱と受け取った!」


 ヘリオが白銀の剣を振りかぶってクロードへと疾走する。

 やや遅れて、四人の神聖騎士団ホーリーナイツも後に続いた。

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