3-022. VS神聖騎士団 最強の矛

 カイヤとの距離はおよそ10m。

 おそらく戦士系クラスでもなく、飛び道具も持たないカイヤが相手なら、動きを止めるのは比較的容易だ。

 懸念は、カイヤの隣でこちらを睨みつけているゴーレムと、すぐ近くで燃え上がっている炎の壁か。

 あの巨体のゴーレムを相手取るには、俺が広間で動ける範囲はあまりに狭い。

 炎の壁には熱すぎて近づけないし、屋内でこれほどの勢いで燃え上がっていてはすぐに酸素が足りなくなるだろう。

 戦闘が長引けば共倒れだ。


「邪悪なる者よ、天罰をくらうがいい!」


 カイヤが右腕を俺に向かって突き出した。

 それを合図として、ゴーレムがハンマーを振りかぶりながら俺に向かって突進してくる。

 ただでさえ巨体の上、砂煙を巻き上げながら走ってくるせいで、カイヤの姿が俺の視界から隠れてしまった。

 これでは術者に狙いが定まらない。


「やっぱりこいつから仕留めないと!!」


 俺は即座にミスリル銃の照準をゴーレムへと移し、引き金を引いた。

 銃口から橙黄色の光線が射出され、瞬時にゴーレムの顔面を貫く。

 しかし――


「崩れないっ!?」


 ――ゴーレムが光線の勢いで後ずさったのも束の間。

 顔に空いた大きな穴はすぐに元通り復元され、ゴーレムは再び俺を狙ってハンマーを振り上げた。

 人の形をしているのでもっと脆いかと思っていたが、想像以上に砂のまとまりが強い。

 今セットしてある宝石では、ゴーレムの動きを止める出力は望めそうにない。


「光の束を放つだけとは、噂に聞こえたミスリル銃もたわいなし!」

「うるせぇ!!」


 俺は二度、三度とゴーレムめがけて光線を連射する。

 だが、どこに当たっても結果は同じ。


「だったらこっちだ!」


 狙いを変えてカイヤへと銃口を向けると、いつの間にか空中へと大量に舞っていた砂粒が俺に向かって一斉に吹き付けてきた。


「があああっ!」


 それは驟雨しゅううのごとく上から斜めから吹き付ける固い砂の散弾。

 俺は足の踏ん張りが利かず、壁際まで吹っ飛ばされてしまった。


「痛ぅ……!」


 防刃コートの袖で顔を隠したからよかったものの、今のをまともに素肌に受けていたらズタズタにされていたところだ。

 防刃コートの上から受けただけでも砂粒はかなりの痛みが伴う。


「前座には早急にご退場願おう!」


 カイヤがもう一方の腕を高く掲げるのが見えた。

 その瞬間、宙を舞う砂粒が海流のようなうねりを見せて、俺へと迫ってきた。

 俺の体を打ち付ける砂粒の量は激増し、あまりの物量に防刃コートに仕込んでいた鉄板が剥がれ飛んでいく。

 銃を構えるどころじゃない。


「こりゃ、キツイ……!」


 今すぐ狭い場所に――通路に退避しないと。

 俺が通路へと逃げ込もうとすると、ゴーレムがハンマーを投げ飛ばしてきた。

 かろうじてハンマーの投擲を回避したものの、とっさのことに通路との距離がさらに開いてしまった。

 しかも、ゴーレムが投げたハンマーは床に触れた瞬間に崩れ、新たに砂の壁となって通路の入り口を塞いだ。


「尻尾を巻いて逃げる気か〈ジンカイト〉ォォ!!」


 通路への逃げ道を遮断されたことで、俺は四方八方から雨のように打ちつける砂粒の猛威にさらされた。

 頭を両腕でガードし、猫のように背を丸くして砂粒が当たる範囲を狭める。

 だが、防刃コートの強度にも限界がある。

 さすがにこの状態がこれ以上続くのはヤバイな……。


「すぐに死ね! さっさと死ね! 今すぐ死ねぇぇーーーー!!!!」


 死ね死ねうるせぇなぁ、蛇野郎!

 ジエル教徒なら下品な言葉を使うのはやめやがれ!!


 俺が防御一辺倒になる中、ズシンズシンと床を揺らしながらゴーレムが近づいてくる。

 ゴーレムと接近戦なんて冗談じゃない!

 ゴーレムから逃れるため、俺は距離を取ろうと努めた。

 しかし、砂粒の散弾が絶えず俺の周りで吹き荒れているせいで、まともに立って歩くことすらままならない。

 そうこうしているうちに――


「……うっ! 壁!?」


 ――背中が壁にぶつかった。

 満足に身動きが取れないまま、広間の隅へと追い詰められてしまったのだ。


「巨人よ! そのよこしまなる者の魂を断罪せよぉぉぉーーっ!!」


 カイヤの奇声を受けて、ゴーレムが俺を鷲掴みにしようと突っ込んできた。

 砂粒の散弾に押さえられている今、右にも左にも逃げられない。

 俺は姿勢を低くしてミスリル銃による反撃を試みた。

 ……だが、無理っ!

 引き金を引こうにも、指先に打ち付ける砂粒のせいで銃を持つ腕を上げることすらかなわない。

 痛みで体が言うことを聞かないのだ。

 迫りくるゴーレムの足音が、すぐ間近で聞こえた時――


「!?」


 ――肩にかけていた携帯リュックの帯が切れ、床へと落ちた。

 その際、リュックの中から紫の液体が入ったガラス容器が転がり出る。


「ゾンビ……ポーション!!」


 飲めば誰でもゾンビのようにタフになる!

 剣で斬られても、火で炙られても、外傷からくる痛覚のほとんどすべてを感じなくさせる悪魔の秘薬。


「この際、ゾンビでもなんでも構いやしないかっ」


 俺は床に這いつくばり、横倒しになったガラス容器の口をくわえた。

 そして容器を塞いでいるコルク栓を噛み砕き、そのまま一気に中身の液体を飲み干した。

 ……不味い!!

 絶望的な不味さ。

 なんだこれ人間の飲むものか!?

 と思った瞬間、体に感じていた悶えるような痛みが薄まっていく。

 さすがクロード製のポーションは効き目が早い。

 指先に力が戻った。

 足腰にも力が湧いてくる。


「う、おおおおぉぉ……!」


 叩きつける砂粒の散弾も意に介さず、俺は左腕でミスリル銃の銃身を支え、右手の指先で引き金を引いた。

 銃口から射出された橙黄色の光線が、ゴーレムの足を貫く。

 そこから、さらに――


「くらえっ、斬り撃ち・昇雷しょうらい!!」


 ――引き金を引いたまま、力任せに銃身を縦に振り上げた。

 垂直に軌跡を描いた光線は、鋭利な刃物のようにゴーレムの巨体を真っ二つに切り裂き、背後の壁から天井まで一筋の切れ目を残した。

 だが、俺の本命・・はゴーレムとは別にある。


「うぎゃああっ!」


 真っ二つに分かれたゴーレムの後ろから、カイヤの悲鳴が聞こえる。

 ……届いた!

 不死身のゴーレムを止めるなら、術者を倒すのが最善策だ。


「ぐうぅっ! なんだぁ、今のはぁっ!?」


 カイヤの甲高い声が聞こえてくる。

 思った通り術者がダメージを負ったことで、ゴーレムも、砂粒の散弾も、明らかに動きが鈍くなった。

 今なら自由に動ける!


「そこで待ってろ、すぐにトドメをさしてやる!!」


 もたつくゴーレムの横をすり抜けながら、俺はミスリル銃の装填口を開いた。

 粉々になった宝石の残骸を捨て、コートの内ポケットから取り出した代わりの宝石を押し込む。

 カチャリと音がするのを待って、装填口を閉じて銃身に左手を添える。

 砂塵が舞い散る幕カーテンの先で、揺らめく人影を視認した。

 標的ターゲットはそこにいる。


「この程度の土埃ならっ!」


 狙いを定めて、俺は引き金を引いた。

 緑色の光線が銃口より射出され、舞い散る砂埃を吹き飛ばしながら標的ターゲットへと真っすぐに突き刺さった。


「ぎゃあっ」


 カイヤの悲鳴と同時に、周囲の砂埃が晴れた。

 昏倒するカイヤを俺が見届けた時。

 床を這うゴーレムが。

 空中を舞う砂粒が。

 一斉に動きを止め、物言わぬ砂へと還った。


「……ふうっ」


 俺が一息ついた時には、広間には大量の砂が積もっていた。

 一部だけ砂山ができているが、そこにカイヤが倒れているのだろう。


「腹に開いた穴は焼けて血も出ない。ま、虹の都ここならすぐ助けが来るさ」


 勝利の余韻に浸る間もなく、俺はいまだ燃え上がる炎の壁へと向き直った。

 さすがのゾンビポーションでも、この炎を生身で乗り越えるほどの奇跡を起こしてはくれないだろう。

 となれば、この炎をなんとかして消し止めなければならない。


「はぁ。後でなんて言われるか……」


 俺は、炎の壁を消す妙案を思いついてしまった。

 それを実行に移せば、少なくとも俺が突破できる程度の消火はできるはず。

 代償に、教皇庁にとって惨憺さんたんたる事態を招くことだろう。

 それも致しかたなし!


「ごめん! 教皇様、リッソコーラ卿!!」


 俺はミスリル銃を天井へ向けて傾かせた。

 そして、めいっぱい引き金を引き、天井を焼き焦がす炎の焦げ目に沿って銃身を平行に動かした。

 天井へと放たれた光線は外炎の真上を走り、天井――すなわち上階の床を崩して、大量の破片が階下で燃え上がる炎の壁へと土砂崩れのように降り注いだ。


「くっ」


 炎からやや距離を取っていたとはいえ、数m程度しか離れていなかったため、俺の方にも天井の破片が容赦なく飛んでくる。

 幸いなことに、大きな破片を浴びることなく済んだ。


「消火、完了!」


 土煙が舞い上がる広間を見渡すと、炎の壁は瓦礫の山に押し潰されて完全に消え去っていた。

 想像以上の消火効果に、俺は自然と得意顔になってしまう。

 しかし、煙が晴れた瞬間に俺の顔は焦燥に変わった。


「扉が!」


 瓦礫の奥には、黒い扉が開いているのが見えた。

 12あるという封印がクロードの手によってすべて解除されてしまっている。

 なんてこった。

 時間にすれば、カイヤとの戦いは5分と経っていないのに……。


「うわっ」


 足を踏み出そうとした時、床を足が滑りそうになった。

 何かと思って見下ろすと――


「これ、全部俺の血か!?」


 ――足元に大きな血だまりができていた。

 確認すると、コートの両袖の下、首、頬から、出血の痕が見られた。

 すでに血は止まっていたが、足元の血だまりを見てぞっとした。


「なるほど。ゾンビ、ね……」


 俺は思わず失笑してしまった。

 ネフラが見たら卒倒しそうな絵面えづらだ。

 この場にあの子がいなくて、良かったかもしれない。

 とりあえず体は動く。

 視界もぼやけてはいない。

 舌もちゃんと血の味を感じている。

 瀕死の重症ということはなさそうだ。

 俺は装填口からグズグズになった宝石の残骸を取り出し、手に入れたばかりのブルーサファイヤをセットした。

 もしもり合うことになるのなら、クロードお前に贈られるはずだったこの宝石で引導を渡してやる。


「事と次第によっちゃ、覚悟しろよクロード!」


 最後にコートの裾で顔を拭うと、俺は血だまりを踏み越えて宝物庫へ向かった。

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