3-014. 虹の都にて

 虹の都の街路を馬車が進む。

 客車が揺られる中、俺は対面に座るクロードに話しかけた。


「賢者様の推理も外れることがあるんだな」

「事実をもとに考えられる可能性を示しただけですよ」


 クロードは悪びれもせずに澄ました顔で答えた。


 教皇が狙われているというクロードの仮説。

 結論から言うと、それは杞憂きゆうだった。

 ヘリオが騎士団長に危険が迫っていることを伝えると、教皇庁は騒然とした。

 しかし、司祭達によって教皇に危険をもたらすような事態は起こりえないことがわかり、すぐに混乱は収まった。

 司祭達は神判の奇跡シビュラ・アイズによって都の悪意ある言動を常に監視しているそうだ。

 彼らにかかれば、賊が都に侵入していればすぐにあぶり出せるし、ましてや教皇庁内にそんな悪意あるやからがいればとっくに拘束されている。

 そんな証言があって、仮説は的外れだと判断されたのだ。


「こんなことなら急いでアルカンを出ることもなかったな」

「しつこいですね、きみ」


 クロードが不機嫌そうな顔で俺を見てくる。

 今回はバツが悪いのだろう、いつものような横柄さはない。

 たまには言い返されない立場になるのも悪くないな。


「それにしても、教皇庁は気前がいいよなぁ」


 俺とネフラとクロードの三人は、ヘリオが操る箱馬車キャリッジに乗せられて来賓用の宿舎へと案内されているところだ。

 しかも、枢機卿すうききょうから会食のお誘いまで受けたのだ。

 高位聖職者ハイクレリックの会食ならば美味しいご馳走を期待していいだろう。

 〈ジンカイト〉の特権、ここに極まれりと言ったところか。


「でも、あまり借りばかり作るのはちょっと気が引ける」


 ネフラが遠慮がちに言う。

 この子の慎み深さ、どこかの自称聖女様にも見習ってほしい。


「〈セント・エメラルド〉へ到着しました」


 ヘリオの声が客車の中にまで聞こえてきた。

 窓の外には三階建てのいかにも貴族受けの良さそうな建物がそびえ立っている。

 ふかふかしたベッドも、しっかりとした浴場もありそうだ。

 王都ふだんじゃ体験できないことを体験できる。

 それが旅の醍醐味だいごみだよな。





 ◇





 来賓用の宿舎〈セント・エメラルド〉のエントランスにて。


「正午の鐘が鳴ったら、この宿舎の食堂でお待ちください」

「なぁ、ヘリオ。枢機卿すうききょうってどんな人なんだ?」

「素晴らしいお方ですよ。自分よりも他者を尊ぶことができる崇高なお人柄ですから」

「ふぅん」

「教皇庁は特定のギルドに肩入れすることはありませんが、猊下げいかならば〈ジンカイト〉を例外とされるかもしれません」

「それって後援者パトロンとして期待していいってことか?」

「あっ。……すみません、少々しゃべり過ぎました」


 ヘリオは最後に胸に手を当てて敬礼すると、きびすを返して宿舎から出て行った。

 うっかり期待させるようなことを言ってくれるなぁ。


「もし枢機卿すうききょう後援者パトロンになってくれたら、凄いことだね」


 ネフラが期待の眼差しを向けてくる。

 確かに高位聖職者ハイクレリックの後ろ盾ができればこれからの〈ジンカイト〉にとっては心強い味方になるだろう。

 しかし、後援してくれると言うことは見返りを求められることを意味する。

 教皇庁の権力者が俺達に何を望むのか……。


「期待しすぎるのは禁物ですよネフラ」


 そう言うなり、クロードは宿舎の外に向かって歩き出した。


「どこへ行くんだ?」

「せっかくですから都を見て回ってきます。正午には戻りますよ」


 通りを歩き去っていくクロードを見送って、改めて思う。

 なんて協調性のない奴!


「ジルコくん」


 ネフラがコートの袖を引っ張ってくる。

 何かと思って彼女に向き直ると、筆ペンで羊皮紙に文字を書いていた。


 ――人造人間ホムンクルス製造の証拠を掴まなければ。――


 筆談とは考えたなネフラ。

 風の精霊魔法による盗聴防止策か。

 これなら俺達のやり取りがクロードに伝わることはない。

 ……と言っても、あいつが常に盗聴しているのかは定かではないが。


 俺はネフラから筆ペンを受け取り、羊皮紙に返答を書き足す。


 ――おそらくクロードは教皇との謁見が済めば姿を消すと思う。その後もなんとか理由をつけてあいつに同行したい。目を離さないでくれ。――


 俺の書いた文章を見てネフラはこくりと頷く。

 そして、俺から筆ペンを受け取ると……。


 ――正午まで図書館に行ってきていい?――


「いや、それは普通に言えばいいだろ」


 俺が思わず突っ込むと、ネフラは気恥ずかしそうに抱きかかえていた本に顔をうずめる。

 お茶目なネフラ、可愛い。

 俺が頭を撫でようとすると、ササッと身を躱されてしまった。





 ◇





 正午の鐘が鳴り響く中、俺は〈セント・エメラルド〉のエントランスホールでネフラとクロードが戻るのを待っていた。

 この数時間、俺は携帯リュックの中身を整理していた。

 現在リュックに入っているのは――


 財布。

 宝石類。

 水筒(空)。

 携帯食。

 筆記用の羊皮紙と羽ペンにインク。

 地図やコンパス。

 そして、ゾンビポーション。


 ――これだけだ。

 ゾンビポーションは、以前ギルドの倉庫を漁っている時に偶然見つけた禁制品級の品物だ。

 何かの役に立つかもと、4本あるうちの2本をずっとリュックに忍ばせていた。


「こいつを使うような事態にならないといいけどな」


 そうは思いつつも、いざという時にはゾンビポーションを飲む覚悟だ。

 いざ・・とは、クロードと折り合いがつかなくなった時。

 もっともその時は、こんな物よりもネフラの方・・・・・がよっぽど役に立つだろうけどな。


「そのネフラはいつになったら――」


 リュックを閉じて顔を上げた時、ちょうど宿舎にヘリオとフローラが入ってきたところだった。

 否。その二人だけではなかった。

 二人の後ろには、何人もの神聖騎士団ホーリーナイツの姿がある。

 彼らはある人物を囲うようにして、エントランスホールへと入ってきたのだ。


「ヘリオ。もしかしてその人が……」


 俺がヘリオに声をかけると、彼は無言のまま頷く。

 俺の存在に気づいたその人物・・・・が足を止めると、周りの神聖騎士団ホーリーナイツも同時に足を止めた。

 糸のように細い目で俺を見据えているその人物――枢機卿すうききょうは、白と赤の鮮やかなローブをまとった老齢の男性だった。

 首からは、四葉のクローバーの刺繍が編まれた襟飾りをつけている。

 右手の人差し指にはキラリと宝石が輝く指輪が見えるが、それ以外に貴金属を身に着けている様子はない。

 枢機卿すうききょうというからには、もっと絢爛豪華な装いをしているのかと思ったが、質素な身なりをしていることが意外だった。


「これはこれは。あなたがジルコ・ブレドウィナー殿ですな」

「はい。……初めまして」


 枢機卿すうききょうが穏やかな笑みを浮かべながら、俺に近づいてくる。


「我らジエル教徒の間では、あなた方〈ジンカイト〉は英雄です。できることなら私も半年前の凱旋式には参加したかった」

「もったいないお言葉、恐縮です」

「会食では当時のことをお話できればと思っています。ではまた後ほど」


 彼は軽く会釈すると、ヘリオ達に誘導されて食堂の方へと歩いていった。

 少し遅れてフローラが彼らの後に続く。

 彼女は俺に一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らして行ってしまった。

 ……なんなんだ、一体。


 枢機卿すうききょうの姿が通路に隠れて見えなくなると、俺は大きく息を吐いた。

 枢機卿すうききょうは、エル・ロワの貴族で言えば侯爵と同等の地位と権威を持つほどの大人物だ。

 俺のような平民が簡単に口を利けるような人間じゃない。

 しかも、貴族と違って神々しい雰囲気がするので、俺でも緊張してしまう。


「ジルコくん、お待たせ」


 エントランスホールにネフラが戻ってきた。

 何やらウキウキとしていて、らしくない・・・・・ほど落ち着きがない。

 図書館で何か面白い本でも見つけたのだろうか。


「なんだか嬉しそうだな」

「幻となっていたコックローチの著書を見つけたの! 司書さんをなんとか口説いて買い取っちゃった!!」


 口説く、なんて言葉をネフラが使うのは、なんだか嫌だなぁ。

 コックローチと言えば、例のゲテモノ作家だ。

 ネフラに悪い影響を与えていなければいいけど……。


「なんです、騒々しい」


 クロードがエントランスホールへと現れた。

 俺は立ったまま夢中で本を読みふけっているネフラが心配になり、思わずクロードに助けを求めてしまう。


「ネフラが変なことを覚えちまったらどうしよう……」

「は? 何の話です」

「知識欲が強いのはいいんだけどさ。度を越して、良くない言葉やしぐさを覚えるようなことがあったらと思うと」

「……きみ、少し過保護ではありませんか」

「重要なことだ!」

「不良娘のジャスファならいざ知らず、ネフラは聡明で良い子です。何も心配いりませんよ」

「それはわかっているけど、心配なものは心配なんだよ!」


 ……クロードが俺に向けるいぶかしげな視線が痛い。

 身の置き所がないので、ネフラを引っ張ってさっさと食堂へ向かおう。

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