追憶Ⅰ ブレドウィナー家長男の苦難

A-001. オリジン―根源―

 俺は、金が嫌いだ。


 昔はそうは思わなかった。

 食べ物を買うのにも、オモチャを買うのにも、金が必要だったから。

 子供の頃の俺にも、そんなことはわかっていた。


 だけど、ある時から。

 親父が死んでから俺は金が嫌いになった。

 正しくは、金の重みを畏怖するようになった、と言うべきか。


 教会の聖職者クレリックは寄付金の多寡たかで救う人間を選ぶ。

 領主は税金を要求し、払えない者の尊厳を踏みにじる。

 棺桶屋は金のない遺族には裸で葬儀をあげろと言う。


 あの頃の俺は、一枚の銅貨を見ながらこんな軽いものがどうしてそんなに偉いのか、と思ったものだ。

 でも、否応なしにそれを認めなければならなかった。


 俺に文字の読み書きを教えてくれた隣家のジュリさん。

 彼女は、家族を食わせるために体を売った。

 街中で男と歩く彼女とバッタリ出くわした時、どこか寂しげな顔で俺にほほ笑んだ。

 それ以来、ジュリさんとはすれ違うだけの関係になった。 


 エリー婆さんは金さえあれば助かる病だった。


 同い年のエーデルは学校に行くのを諦めて、奴隷商に買われて町を出た。


 俺の周りの人達はみんな、金が無いために何かを失っていった。

 金がない者は、家を失う。家族も失う。最後には尊厳も失う。

 それが現実。人間の作り出した価値観。


 俺はそんな現実から家族を守りたかった。

 金さえあれば、家族を守れる。

 だが、まだ12のガキには家族を養える仕事など得られるはずもない。

 そんな時、俺は冒険者という存在を知った。


 闇の時代だと嘆かれてからおよそ百年。

 冒険者は魔物を狩る者として、人々の羨望の的となっていた。

 魔物という、よくわからない害獣を殺せば金がもらえる。

 果てはその親玉を殺せば、数えきれないほどの金貨を得られる。

 頭の悪いガキの俺は、ただそれだけの知識で冒険者になることを決めた。


 12歳の秋。

 俺は弟と妹達を寝かしつけた後、母に内緒で家を出た。

 冒険者となって名声を得て、借金にあえぐ家族を救うため。


 あの夜の星空を見上げた時。

 俺はどうしてか胸がわくわくしていた。

 狭い町から、未知なる広大な世界へと足を踏み出した感覚。

 その世界で、俺は冒険者として多くの未知と出会い、戦い、勝利する。

 そんな夢を見ていた。


 だが、狭い町の外にあったのは。

 俺自身を飲み込んで渦巻く、より残酷で冷たい現実だった。


 ……もう十年も前のことになる。

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