2-020. 一人目

 俺達が緊張の面持ちで酒場に待機していると、ルリ、タイガ、トリフェンの冒険者パーティー〈あけ鎌鼬かまいたち〉が帰ってきた。


「? ジルコ殿、どうしたのだそんな顔をして」

「何かあったのか」

「皆さん、どうかしたのですか?」


 ルリ、タイガ、トリフェンの三人は、場に張り詰めた空気が尋常でないことにいち早く気づいたようだ。

 どうやってこの三人に説明したものか……。


「こんにちは! 今日も良い天気ですわねぇ~」


 うげぇ! 今度はフローラまで現れた!!

 なんで今日に限って、問題起こしそうな奴ばかり帰ってくるんだ!?


「なんですのジルコ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」


 後々面倒なことになりそうだから、今のうちにジャスファのことを説明しておくか……。


「実は――」


 俺が説明しようとした時、ガチャッと廊下の奥で応接室の扉が開く音がした。

 他のみんな同様、俺も思わず廊下の方へと顔を向けてしまう。

 ……廊下を歩いてくる二人の足音が聞こえる。

 静まり返った酒場に姿を現したのは――


「……!?」


 ――満面の笑みのギルドマスターと、別人のような恰好をしたジャスファだった。


 花模様のヘッドドレスを頭に。

 可愛らしいフリル付きの丈の長いドレスを着て。

 首には冒険者タグの代わりに花柄の描かれたチョーカーを。

 胸元には白百合の花がワンポイントに。


「なっ……!!」


 俺はジャスファの姿に度肝を抜かれた。

 以前、園遊会で見た彼女の姿も驚いたが、今俺の目の前にいる彼女はそれ以上の衝撃を俺に――否。俺達全員に与えた。


「……っ」


 ジャスファは耳まで真っ赤にした顔で、握った拳をプルプルと震わせている。

 彼女の心中は、俺には察するに余りある。


「……ぷっ」

「くくっ」


 そして、せきを切ったように静寂が破られる。


「に、似合うじゃないか。わ、私は、ぷぷっ……。ずっとその恰好でいれば淑女に近づけると、ぷぷっ……。思うぞ? ぷふっ!」


 ルリが必死に我慢しながら、ジャスファの姿を称える。

 ぜんっぜん我慢できていないけどな。


「あっははははは! それ、それイイ! イイですわぁ~! 馬子にも衣装ここに極まれりですわ!!」


 フローラのあざけりが酷すぎる……。

 ここまで完璧に相手を見下して笑うとは、本当に聖職者かお前!


「ふふ、ふふふふ……! ジャスファさんてこんなに可愛かったんだねぇ。すごまれてもぜんっぜん怖くないよ? あはははっ」


 アンまで笑うか。

 笑うにしても、もうちょっと控え目に笑ってやってくれ。


 見れば、ネフラも本に顔をうずめて小刻みに肩を揺らしている。

 あまりの衝撃に唖然としているのは、俺とタイガ、トリフェン、そして取り巻きの男性陣だけだ。


「は、はは……。俺も似合うと思うぜ……?」


 俺はいたたまれなくなって作り笑いを浮かべた。

 その瞬間、ジャスファの殺意のこもった眼光が俺を貫く。

 なんで俺にだけそんな目を向けるんだよ……。


 大爆笑は一向に収まらず、いよいよジャスファの怒りが頂点に達した。


「てめぇら、ぶっ殺――」


 ジャスファが女性陣に殴りかかろうとした時、ギルドマスターの拳骨を頭に受け、堪らずその場にうずくまった。


「いってぇぇぇ……! 少しは加減しろよ、このクソ馬鹿野郎っ!!」

「お父さんと呼んでくれと言っただろう。パパでもいいぞ?」

「死ねっ!」


 ギルドマスターはひょいっとジャスファを担ぎ上げると、そのまま俺達の間を抜けて外へと向かった。


「ギルドマスター、どこへ……?」

「ジャスファは俺の挨拶回りに同行させる。これからはエル・ロワの外を回ることになるから、数ヵ月はギルドに戻らない」

「数ヵ月って……。連絡もつかないんですか?」

「手紙くらいは送るさ。忘れてなけりゃな」


 ギルドマスターは背中を向けながら俺に親指を立てる。


「そうそう。こいつをお前に渡しとこう」


 俺はギルドマスターから何かを投げ渡された。

 見れば、それは〈ジンカイト〉の記章がついた冒険者タグだ。

 タグの留め金にはジャスファの名前が彫られている。


「これは……」

「ジャスファはギルドには置いておけんからな。解雇クビになった奴に記章はいらんだろ」


 たしかにギルドを解雇された者に記章は不要だ。

 記章はギルドに所属していることを証明する証であり、この記章そのものがギルドの権限を表すのだ。


「おいっ! 何もタグまで取り上げることはねーだろ!?」

「お前は冒険者も等級Fからやり直しだ!」


 俺はギルドを去って行くギルドマスターの背を見届けた。

 思えばこの七年間、この背中を追ってきたのだ。


「それじゃ、みんな達者でな!」


 門扉の前で、ギルドマスターが俺達へと振り返って言った。

 が、その視線は俺だけへと向けられている。


「〈ジンカイト〉を頼んだぜ、ジルコ!」


 最後にそう告げて、ギルドマスター(とジャスファ)はギルドの門扉をくぐっていった。

 柵の向こうからジャスファの叫び声が聞こえる。


「覚えてろジルコぉぉ! てめぇ、絶対に復讐してやるからなぁぁぁぁぁ!!!!」


 最後の最後、ジャスファから怨嗟の言葉を投げかけられたものの、ギルドマスターの見送りはこれにて終了だ。


「何と言うか、この世ならざるものを見た気分だ。……ぷぷっ」

「はぁ~。面白いもの見ましたわぁ」

「ジャスファさんが淑女になったら、あたし買い物付き合ってあげよっと」


 俺は溜め息をつきながら、入り口近くの壁に寄りかかった。


 ……ようやく、だ。

 ようやく一人目の解雇通告を完了した。

 あと九人相手に同じことをするのか?

 これじゃギルドが潰れる前に俺の身がもたない。


「ジルコくん」


 ネフラが俺に話しかけてきてくれた。

 彼女の顔を見る限り、もう怒っていないようだ。


「ネフラ。これからが大変だぞ」


 苦笑いでそう告げると、ネフラが手のひらで俺の頬に触れながら言う。


「大丈夫。これからも私がついてる」


 ネフラの穏やかな笑顔。

 彼女の眼鏡の向こう側にある碧眼ブルーアイを見ていると、まるでこちらの心を見透かされているような不思議な気持ちになる。

 この子が特別なのか、エルフという種族が特別なのか、どちらなのだろう。

 ……まぁ、どちらでもいいか。

 ネフラはネフラだ。


 俺は自然とネフラの頭の上に手を置いていた。


「ああ。頼んだぜ、相棒」

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