第4話 魔王は怪しむ
ユイシス・アンヘル・シラン。
この
朝陽──もっとも転生してからはダンジョン内の擬似太陽しか見ていないが、とにかく朝陽のようなのだ──を溶かし込んだような
容姿だけではない。その能力にもいくつか怪しいものがあった。細腕で聖剣の
この男、まさか……そんな疑惑が胸の奥で渦巻いていた。なんなら出会った当初から、結構常から怪しんでいたのだ。
お前も魔王なのかと──。
事実、この世界において魔王が一人ではないことがある。ある時は共同領主として、ある時は力を高めあう為の競争相手として、二人目ないし三人目の魔王候補が生まれることがあると、そういった話も聞いたことがあった。
この場合、僕が魔王なのは決まっているので、彼は魔王候補ということになる。そんな彼がもしも唯一無二の魔王になることを目指していたとすると、下手に口にすることで
聞く機会は幾度とあったが、なにぶん間違えた時が怖いのである。相手が魔王であれば、力でねじ伏せれば良い分まだマシだ。拳をぶつけることで培われる友情もあるものだから。ただ、この男が見た目通りの愉快な人間なのであれば、魔王なんて畏怖の対象でしかないだろう。
「おのれ魔王……!」
といった反応も困るし、
「ひぃ、魔王なんて恐ろしいぜ……!」
なんて言われても困るのだ。
人間にとっての魔王とは未知で、畏怖の対象で、恐怖の根源なので致し方ないところはあるのだが、
僕たちは岩を切り崩しながら、狭い道を進む。
こういう時、ユイシスの魔法はとても役に立つ。大剣を懐中電灯に見立てて足元を照らし、先導する──その背後で僕はこっそり虫や苔を集めながら追うのだ。なぜこっそりか? そりゃあ、一度だけ袋一杯に虫を詰め込むのを見られた時があって、コドクだなんだと騒がれたことがあるからだ。あんまり嫌がるものだから、それ以来は見えないように収集するように心掛けていていた。
「あんなの、加工して食っちまえばわかんねえだろ。本当に人間食うわけでもあるまいし」
「それはそうだけどよ、マイアには倫理観とかねえの⁈」
「なぜ僕にそれを求めるんだ」
「え、求めてもいけねえの⁈」
打てば響く、つくづく愉快な男である。そういう個性や心情も慮ってやれる優しい魔王な僕は、仕方なしに人形だけは完全に闇魔法で跡形なく消すようにしてあげた。そうすれば食用にしようがない。それはそれで不評なのだが、そこまで求めるのはユイシスのわがままだろう。
そんなこの男がまたもやアホなことを言うもんだから、ふと、魔王について聞いてみたい心持ちになったのだ。そもそもこの男が最初に提起したのだから僕に罪はない。
もしも勇者なら──ユイシスは単に戯れに口にしただけであろうが、これを利用して正体を探るのも良いだろう。
そういうことなので、さり気なく(あくまで僕基準でさり気なく)話を切り出すことにした。
「なあ、もしもの話だけどさ」
「なんだよ、藪から棒に」
「もしも──もしも僕が魔王だったら、お前どうする?」
「は?」
先を行くユイシスが突然止まるものだから、間違えて拾った虫を落っことしてしまった。ああ、貴重なおやつが……。ユイシスはぶつけられた虫にギョッとした後、酷く冷めた目で──そんな目ができるとは驚きなのだが──此方を
「なに、マイアは魔王でしたって言いたいのか?」
そう聞かれると困る。
「あー、いやいや、冗談だけどさ。さっきお前が言ってたじゃないか。もしも王様だったらってやつ」
「なんでよりによって魔王なんだ……本当なら俺の異世界救済譚が地下で完結するところだぞ」
「ん? 今なんて?」
「いや、なんでもない。まあ、お前が食い意地の張ったヤベエ奴ってのは確かだけどな」
「その評価は不服だな」
大変納得し難い。第一、料理に凝り出したのはユイシスと出会ってからで、それまではせいぜい保存食の作成くらいしかしてなかったのである。
「安心しなよ、あんたが魔王じゃねえのは知ってるよ。魔王が地中深くで料理なんて……ははは、そんな奴が王だなんて、いくらなんでも魔族に同情しちゃうだろ」
「……」
事実なのでぐうの音もでない。いやほんと、魔王復活を待ってる皆には申し訳がない。──しかしこれは僕のせいでもないのだから、恨むのであれば僕をこんな地中深くに転生させた悪神を恨むべきであろう。
狭い岩場を抜けると、ようやく道が開けた。微かな水の香り──上の階層に近い証拠だ。ユイシスの
背中越しに、ユイシスは酷い台詞を吐いた。
「──そういやよ、もしもお前が魔王だったら、出会い頭に叩き斬ってただろうな。ついでに魔法全部上乗せして木に縛り付けてた」
「お、お前、魔王がそんなに嫌いなのか⁈」
「だって魔王はそうするもんだろ。見つけたら
「いくらなんでも対話ひとつしないとは! 人間は対話する動物とかぬかしてなかったか⁈」
「いや、逆に考えろ! 人間を滅ぼすって言われてる魔王に心酔している人間がいたら、そっちの方が怖いじゃん!」
……こちらとしてはそちらの方がやり易いのだが、それは彼に言うことではない。
──よかった、魔王だって言わなくて!
こっそりと嘆息する。危うく友情の危機を迎えるところだった。
しかしこの
旅は続くが、謎はますます深まるばかりである。
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