第3話 勇者は怪しむ
マイア・アークマン。
この馬鹿げたダンジョン暮らしにおける先輩であり、俺の友であるこの男。わざわざ指摘はしないのだが、全てにおいて非常に怪しい。
まずはその
そして、怪しいのは容姿だけではない。この男、使う魔法も規格外なのだ。
本人が頑なに召喚術と言い張る、腕で墓守を飲み込む少しグロテスクな荒技──あれでは死体も残らない。墓守犬を可愛い可愛いと騒いでいたのはどこのどいつだったのか分からなくなるほど、淡々と真顔で始末するその手際は恐ろしいの一言に尽きた。
しかもアイツの武器は腰丈の杖──材質は見たところ樫の木あたりか──だというのに、まるで研ぎ澄まされた剣のようにあらゆる物を切り裂くのだから怪しいどころではない。なんだ、あれ。身体能力も異常に高く、弾丸のように走り、ロケットのように跳ぶ──それがマイアという男だった。
この男、まさか……そんな疑惑が胸の奥で渦巻いている。出会った当初から、結構常から怪しんでいたのだ。
こいつも勇者なのではないかと。
無論、王道の勇者である俺とは違って、闇堕ちした勇者なのだろう。振る舞いに
え、魔王だって?
いやいや、そんなことはあるわけがない。ありえない、起こり得ない。だって、魔王が世界征服もせずに地底で徘徊なんて、とんだ笑い話ではないか! 地底で徘徊している勇者が言う話でもないが、流石にそんなお間抜け魔王がいるとは思いたくないところなのである。
実のところ、何度か彼の正体を聞こうとしたこともある。勇者っぽく技名を叫んだり、意味深な視線を送ったり。どれもあっちから言ってきてくれないかなという仄かな期待を込めた──まあ奴は半分も単語を理解していないらしく、いつも「何言ってんだお前」なんて生温い視線を送られるのだが──とにかく健気な行為なのだ。
ただ、間違えた時が怖くてダイレクトには言い出せない。もしも勇者であることを明かした時、マイアが勇者でなかったのなら。
「ゆ、勇者様!」
だとか
「これまでご無礼を働きました……」
だとか、或いは
「勇者たる者、こんな場所でなに油売ってんです? 失望しました」
だとか、こんなことを
この世界の勇者が人々にとってどんな存在なのかは全く知らないが、読んでいた小説では
墓守との戦闘後、今夜の食材にしようとはしゃいでいるマイアを横目で見る。こいつが実際なんなのかというのは、開けてはいけないパンドラの箱だ──しかし、溢れる好奇心もまた抑えきれず、俺は思いつきで話している風を装って軽く聞いてみることにした。
「な、なあ、もしもだけどよ」
「あん、どうした?」
マイアは慣れた手つきで墓守を捌いている。何気なく聞けばいい。何気なく、さりげなく──
「あー、いやさ、俺が勇者だったらどうする?」
「はあ?」
途端、マイアの視線が尖る。捌いていた杖──杖で肉を捌いていたのかコイツ──を握りしめてこちらを見上げる。まずった、やはりデリケートな話題だったか! しかし、勇者の存在に圧倒されていると言うよりも、むしろ……。
「お前、まさか、勇者なのか?」
低い声で唸りを上げた。
「お、おいおいおいおいマジになるなって! あー、その、仮定の話だよ。あんたもやんねえの? もしも王様だったら何をしたいとかさ」
「するまでもないからな……」
「今なんて?」
「なんでもない。いや、そもそもお前が勇者じゃねえのは当たり前だろ。ただの愉快な遭難者だろうがよ」
「……愉快?」
甚だ不服な評価を下されていた。
「安心しろよ、間違えてもユイシスが勇者なわけがねえのはわかってる」
「お、おう」
眼光を和らげてマイアが言うが、勇者に見えないのもそれはそれで悲しい。俺は勇者だ。
「そもそも勇者がこんな辺鄙なところにいるわけないだろ。くくく、世界を救うはずの勇者が迷宮で迷子って……」
言いながら肩を震わせる。うん、俺は何も言い返せない。俺だって不思議でならねえよ、なんでこんな所に転移させたんだよ、本当に。
マイアが捌き終わった肉を一枚一枚葉っぱに包んで技能・
マイアは物欲しげな、獲物を狙うような目線で恐ろしいことを呟いた。
「──でも、そうだな。お前が勇者だったら、下の階層に蹴り落としてただろうな。ついでに墓守も上から追加で落としてやるし、なんなら俺の召喚獣の腕も添えてやろう」
「さっきから思ってたけど勇者になんか恨みでもあんのかよ⁈」
びっくりして大声を出してしまう。いやいや、こいつ勇者に親でも殺されたのか……? そう思ったのだが、聞いて更にびっくり。
「いや、今は特にない」
──恨みはないのかよ!
「っていうか、今はってアンタ、先んじて恨みはらしておくとかそう言うことか⁈ 聞いたことのねえ先払いシステムだな!」
悪びれもなく言い放つその様に、俺は心底思ったのだった。
──よかった、勇者だって言わなくて!
ほっと胸を撫で下ろす。危うく友達どころの話ではなくなるところだった。
しかしこの
疑念を薄めるために尋ねたはずが、益々謎が増えただけである。
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