名もない物語短編集

Kelma

 追放者の一つの成れの果て

 宿の一室でパーティーから追放者が出た。

 アデル、お前は追放だ──。

 来た、やっと来た、少年の胸の奥が高鳴り、歓喜の声を挙げたがる。強く握りしめた拳はパーティーリーダーのトップソンからは怒りと困惑の震えとしか見えず、しかしそれはアデルは夢にまで待った“追放”が来たから憂いの震えだった。

 「わかった、じゃあな」

 にやけそうな顔をうつ向かせ、荷物をまとめ宿屋を抜ける。暫く、宿屋から離れた噴水広場に付くと溜まりに溜まった歓喜の感情が爆発した。

 「やっっっっったぁぁぁぁぁぁ!!!」

 そのあまりの大声は周囲の人々から奇異の眼差し、頭がイカれた奴、等々向けられる。そして懐から一冊の本を取り出す。105×148サイズのそれは『追放され、差を付けろ~戻ってこいと言われてももう手遅れまで~』というタイトル。

 「これの通りやったら上手くいったよ。アイツら、俺が居なくなったら困るってことを教えてやる。俺がどれだけパーティーに貢献してきた見返してやる、ええっとまずは──」

 ぶつぶつと吹きながら本を開く。

 ──追放されたらまずすべき事は、迷宮ダンジョンに潜りましょう。パーティー性の迷宮ダンジョンは、一人でも実は攻略が可能である。

 よおーし、と早速迷宮ダンジョンへと向かって走り去る。




 「どうしちゃったんだろう、アデルは?」

 元パーティーメンバーの女魔法使い、メルルが呟いた。

 「さぁ。まぁ、でも最近ヤバくなったよな」

 最年少男舞踏家のアンバーが干し肉を食いながら交ざる。

 「突然、パーティーの資金を勝手に手を付けたり。美人局に協力して詐欺働いたり。……昔はそんなのじゃあなかった」

 エルフの弓士、ザハートが弓の手入れをしながら過去の事を思い返す

 「……『全てお前達に問題がある』、以前はあんな奴じゃあなかったよ」

 リーダーのトンプソンはどうしてあーなったのか疑問が湧いていた。

 彼らは知らないであろう。アデルは追放され者はSSSSランクの冒険者以上の力を手に入れられる事が可能と記された本を見つけた事により、変わってしまった事を。




 「あぁっ、こら!!戻りなさい!」

 「どうした?」

 「制止を聞かないで、勝手にパーティー性の迷宮ダンジョンに潜って行ったんだ」

 「はぁ……またか。ほっとけ、どうせソイツも“追放病”ってのに掛かった奴だろう」

 ──迷惑してんだよ、管理して制止止めるこっちはよ。

 ──それもそうか、追放病患者アイツらは一回自分の力量が傲られているってこと知った方がいい。




 「へへ、追ってこねぇ。つまり、一人でも出来るってこった」

 ケラケラと笑う、愚か者アデル。愚か者となったアデルは管理人達が追って来ない──助けはないという事を理解していなかった。

 松明に火を灯し、パーティー性の迷宮ダンジョンの奥へと踏み進む。愚かアデルは一度もパーティー性の迷宮ダンジョンがどれ程危険なのか知らなかった。いや、生命の危険を味わったことがないというべきか。それは突如現れた。

 洞穴一本道の壁からモンスターが現れた。蟻のモンスター、人間と同サイズの。

 「おっ。出た出──」

 ザクリ。

 刃物が右股に突き刺される。蟻のモンスターの顎牙だった。

 「──っい、いでぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 時間遅れに絶叫がこだまする。それを聞きつけてかワラワラ、ワラワラワラワラ、ワラワラワラワラワラワラ、蟻のモンスター達が出るわ出るわ。

 そしてこれでもか、蟻のモンスターの顎の裏に顔、顔のような模様があった。その模様は人面と言い表したらいいのか、それともそのままなのか。目の辺りはギョロリとアデルを捉える。

 かすかに、かすかにだった。

 人面の口角が上がっている。微笑みか、それとも獲物を見つけて嬉しいか。

 マンアント、それがモンスターの名前。巣に潜り込んだ獲物の首、人間型の首を引きちぎり。千切られた体の臓器や肉、骨を貪る。

 今、アデルは、マンアントの巣の真っ只中。

 パーティー性の迷宮ダンジョン、それはマンアントが集団を襲いはしないという習性を利用したモノ。では────あの本、『追放され、差を付けろ~戻ってこいと言われてももう手遅れ~』の書かれていなかった。どうして、アデル困惑と絶望が襲う。

 マンアントがアデルに迫る。

 来るな、来るなぁぁぁぁぁぁぁっああああああああああああ

 “奇跡”は訪れなかった。彼には発現が許されなかった。

 悲痛な叫びであった。マンアントは一瞬怯んだ。だが一体がアデル腕に食らいつく。そうすればまた一体が足を、一体が脇腹を、耳を鼻を指を。裂いて五臓六腑の臓物を、人面模様が旨そうにむしゃむしゃ食べていく。

 これが、愚か者アデルの最後とは誰も知らないであろう。今後、パーティー性の迷宮ダンジョンには誰も来ない。アデルを最後に封鎖された。

 ところで、君達は“知恵”を身に付けた虫が現れたら、どうする?ペンを走らせ、読み手のコンプレックスに刺激させ、啓発を促す、そんな文才を持った──人間サイズの虫をどう思う。




 「うっ………ぐぅ~………」

 嗚呼、なぜだろう。愚か者が生き残っちゃってるよ。それも、目玉が両方共くり貫かれている。肩の付け根から、みぞおちからその先はない。下半身がない。肉達磨“以下”の価値しかない。皮膚は全て奪われた。耳にはマンアントの顎の牙の残響が襲う。

 そして、だ。施術台に愚か者、アデルが乗せられている。

 その周りには鳥に似たマスク被った医者達十三人が手袋をし、手には物々しい道具をこさえていた。一歩、一人医者が踏み出して施術台の愚か者達磨を見下ろすように覗き込む。

 「“今回の”も──発現しなかった。虫に書かせた──否、元追放され奇跡が発現した者に書かせた通りに進まなかった。これで、四五回目だ。愚か者は愚行に走り、散っていく、哀れ哀れだ──諸君、施術を始めよう。新たな命、誕生を祝して。この者の権利全て剥奪し、新たな生として、処分されるべき体に」

 施術台に医者達が群がる。人として形を保てずいる死に損ないを作り変えていく。痛みを一時的に失くす麻酔を投与をせず、のこぎりや金槌、はさみで愚か者のアデルの残り肉カスを消していく。人として消していく。奇跡を発現しなかった者は生きる価値がない。権利はない。奪われて当然。そして愚か者アデルは合成生物キメラの材料となった。

 彼が夢見る、追放され実力を見直され、戻ってきてくれと懇願され、選り取り見取りの美女達に囲まれる未来は来なかった。いや、最初から来なかっただろう。

 あの本の著者もそうであろう。

 哀れな哀れな、愚か者アデルの末路であった。




 グリルだ、宜しく頼む──。

 アデルが空いた席にグリルが加入した。彼が加わった事により、困難と呼ばれていた迷宮ダンジョンが攻略されていく連戦が続いた。そして迷宮ダンジョンに奇妙な人面モンスターが現れたが新生したトンプソンパーティーは倒した。グリル以外のメンバー達は見覚えがあったが遠い彼方に忘れ去られた。

 その人面モンスターはアデル、アデルと鳴いていたとか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名もない物語短編集 Kelma @kelma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ