Rebirth
――伏見さんに支えられ、なんとかシャワールームの前まで移動した僕は、よろよろしながらも、なんとなく覚えている記憶をもとにダイブスーツを脱ぎ、返却口へと放り込んだ。
足がふらつく。今にも座り込んでしまいそうだ。
「鳳城さん、大丈夫ですか?」
ドアの向こうから伏見さんの声が聞こえる。
「うん、まだ、大丈夫。ありがとう」
「はい! つらくなったら、いつでも言ってください」
伏見さんをいつまでも待たせているわけにもいかないし、こうしている間にも、E・D・E・Nでは時間がどんどん過ぎ去っていき、事態が悪化していく可能性もある。急がなければ――
気合でシャワーを浴びた僕は、その場に用意されていた僕の服らしきものに着替え、伏見さんと共に、エントランスホールに続く通路へと向かった。
エントランスホールに続く通路までは、思いの外遠く、道中、開発中のポッドや、謎の薬品室、アンドロイド開発室、そんなハイテクなものを研究しているエリアが多数存在していた。20世紀の知識が勝っている僕にとって、この時代のものは、すべてが斬新に思えてくる。
天野は……いや、天野さんは、エントランスで待機している息子に助力を求めろと言っていた、はずだ。でも、なんとなく、天野
そうして、僕の中で、僕の記憶が徐々によみがえりつつある。
ふと、今の現実が現実であるという事実、それが現実味を帯びてきていて、僕の中で言い知れぬ恐怖となってこみあげてくる。20世紀を生きていたさとりとしての記憶と、まさに新時代である2048年のさとりの記憶が入り混じり、僕の脳は、まさに
それに、こんなにも親身になって僕に協力してくれている伏見さんに、僕は今までとてもひどい扱いをしていた、だなんて、この胸糞が悪い事実も現実だ。
いくら、もう一人の僕が、この世界でひどい目にあっていたんだとしても、彼女につらく当たっていいわけがない。そんなこと、許されない。ああ、なんだか罪悪感がひどい。うん、これはまさに、うんざり、だな。
「鳳城さん、何か面白いことでもあったんですか? なんだか、にこにこと、そんな可愛らしい笑い方もされるんですね」
伏見さんに言われて、僕の感情がついつい表に出てしまっていたことに気が付いた。
「え、そんな顔してた? うん、なんだか、今までの僕って、うんざりするような人間だったんだなって」
僕がそう言って“あはは“と笑うと、彼女は真顔になって――
「鳳城さん、本当に大丈夫ですか!? 本当に、鳳城さんですか!? AIに身体、乗っ取られていませんか!?」
伏見さんは冗談なのか本気なのか分からない感じで僕にそう聞いた。
「要は、コクーンがピューパしてイマゴする、みたいな?」
僕は雪音さん的ジョークで切り返した。
「はい!? 鳳城さん、私、本当に心配です! でも、私、今の鳳城さんのこと、人として、すごく、好きです――そんな鳳城さんなら、AIに乗っ取られちゃっていたとしても、それもいいかなって思っちゃいます……あ、いえ、冗談です! そんなの、ダメですよね!」
伏見さんは微笑みながら、僕にそう言う。多分、今の僕は、AIによって構築された、AIの一種――なのかもしれない。だけど、それは、自我に纏わりついた垢や塵、そんな腐りきって真っ黒になっていた自我の汚れが綺麗さっぱりそぎ落とされた人格、それが世界の
だとしたら、
どうであれ、僕が、僕である、今、この瞬間を大切にしたい。そして、これから、大事な人たちのために、僕は、僕ができることをする、それだけなんだ。そして、それができるのは、もう一人の鳳城 さとりではなく、この僕、鳳城 さとりだけなんだ。
そう考えると、隣にいる伏見さんとの何気ない会話も、今までの鳳城 さとりにはできなかったことなんだなと、僕はなんだか不思議な感じがした。それが、良いのか、悪いのか、僕には分からない、でも今は――
そんなことを考えていると、伏見さんが不思議な顔をしつつ、僕に聞いてくる――
「あの、お時間がないことを重々承知の上でお聞きするのですが……現在、E・D・E・Nに閉じ込められている、お母様や、藍里さんのご様子を確認されてはいかがでしょうか――」
伏見さんの言うとおり、僕はみんなの状態が気になる、それに、海風 凪が鳳城 渚である事実も確認したかった――だけど、今、それをしたところで、事態が好転するわけでもなく、単にそれは、みんなが無事でいるという事実を再確認するだけに留まるだろう。僕は、みんなを信じている。だから、僕を信じているみんなのためにも、僕は後ろは振り返らないと決めたんだ。
「伏見さん、お気遣い、ありがとう。僕は、大丈夫だよ」
僕の気持ちを伏見さんに伝える。
「は、はい! では、エントランスホールに繋がる通路はこちらです!」
伏見さんは、僕の、この気持ちを察してくれたのだろう――
エントランスホールへと繋がる通路は異様なまでに長い。ここからだと、向こう側がかすんで見えるほどだ。
「今は時間がないのかもしれませんが、あまり無理されると困ります、ので、オートウォークを使って向こう側まで行きましょう」
伏見さんはそう言いながら、僕の手を取り、僕と一緒に、オートウォークに乗る。
ゆっくりと進むオートウォークに、僕は時間を無駄にしているような気がして、焦りを感じてしまう。だが、焦りは禁物。この時間を、有意義に使おう、そうしよう。
そうだ、伏見さんに何か聞いてみようか?
「あの、伏見さん、コスモニマルヒーローって知ってる?」
僕は、本当にどうでもよくて、突拍子もないことを、さらっと聞いてみた。
「え、え? ええ!? あ、はい、大好きです。特に、ウサギガンティアが好きです。あの子、お金に執着しているくせに、戦闘の時は惜しげもなく課金攻撃するので、ほんともう、可愛くて、可愛くて――」
え、え? ええ? ――というのは、今の僕の心境だ。まさか、現実世界でもコスモニマルヒーローが有名だったなんて。いや、現在稼働している通常のE・D・E・Nでも、コスモニマルヒーローがいるとか? それとも、現実世界で人気のヒーローだったりするのだろうか?
まずい、思い出せないぞ! いや、これは多分、思い出せないのではない。もう一人の僕が、単に、コスモニマルヒーローに興味がなくて、それらを気に掛けたことすらなかったのだろう。
「うん、うん、分かる。ネコッテもいいよね」
僕は、この気持ちを隠しつつも、平静を装いながら、伏見さんに何事もなかったかのように答える。
「ですよね! 私、何気にイヌーイも好きなんですよ! あの健気で仲間思いの感じがなんとも――」
――エントランスホールへと続く長い通路を渡りながら、伏見さんとの、ほんのひと時の何気ない会話も微笑ましく思える。それも、僕にとっては、とても大切なものなのだと、改めて自覚することができた。
――さあ、エントランスホールだ。
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