レプリカ

 ――意識が朦朧とする。

「さとりちゃん? 大丈夫? なんだか、顔色が悪いよ」

「サトリ、どうしました!? 具合、悪いのですか?」

「鳳城さん……雪音さんの言うとおり、本当に顔色が優れないようですが――お疲れなのでしょうか?」

 みんな、僕のことを心配してくれている。ありがとう。

「え、いや、なんだか、ボーっとしてしまって……こんなこと言うの、変かもしれないですけど――僕が、時々、本当の僕じゃないんじゃないかって気が――」

 僕がそう言いかけた瞬間、カウンター席にいた真っ赤なフードとケープに狐のお面が特徴的な女性、審判のイオが、そのケープをなびかせながら僕の座っている席の隣にやってくると、その場で立ち尽くして僕のことを見ている。僕はというと、座ったまま、彼女を見上げるような形になっている。

「鳳城 さとり、キミ、”レプリカ”だよ――」

 イオは、僕にそう告げた。確かに、そう告げたのだ。僕は、その言葉に、自分の耳を疑った。

「――え!?」

 僕だけじゃない。周りのみんなも、その言葉に、硬直している。

「さとりん……? あの、イオさん、それ、どういう意味ですか?」

 愛唯が、ひどく驚いた様子で僕を見る。正直、僕の方が驚いている。


 ――静寂。

「イオ、やめておけ……」

 その静寂を破った愚者の白夜、彼がイオに声をかける。それは、僕に余計なことを言うな、という意図でもあるのだろう。

「ごめん、白夜」

 イオは白夜に止められ、素直にその言葉に従った。

「イオ――彼に、関わるな」

 白夜は、イオに釘を刺している。

「はい」

 イオは白夜に返事をして、その場を後にする。

「待って……僕は、いったい――」

 僕は、それでも、彼女の言っていた、”レプリカ”の意味が知りたかった。

「――キミも、被害者、なのにね」

 イオは、スッと立ち止まり、僕に横顔を向け、そう呟いてから――カウンター席、白夜の隣へと戻っていった。

 被害者? どういうことだ? なにがなんだか、僕にはもう、なにも、分からない――


 沈黙が続く中、リーゼントのキングさんが口を開いた。

「ま、”レプリカ”ってのも、そんなに悪いもんじゃないだろ? なんたって、”レプリカ”ができるほどに、その”オリジナル”が優秀ってことだろう、少年!」

 キングさんは僕に向かってそう言うと、二本の指を額の所でサッと振るようなジェスチャーをした。

「ちょっと、アンタ、空気ってものを読みなさいよ、空気ってものを……」

 アンリさんは、そんな空気の読めない発言をしたキングさんに、きつい一言を浴びせた。

「す、すまねえ……俺なりのフォローだったんだ、許してくれよぉ」

 キングさんは情けない声で、アンリさんに許しを請う。

「まったく、見た目に反して情けない男だね、アンタは……」

 アンリさんの発言から、キングさんは、その見た目に反して情けない男らしいが、心優しそうな感じでもある。

 アユミさんが、その一連の流れを見て『クスクス』と笑っている。ミィコと美晴さんもちょっとだけ顔が綻んでいるように見える。キングさんは、その身を挺して、このどんよりとした空気を入れ替えようとしてくれたのだろう。空気が読めないというよりも、空気を読んでくれて換気をしたといったところだろうか。だが、当事者である僕の気持ちは、やっぱり変わらず、どんよりとしたままだ。


 ――”レプリカ”。僕が、“レプリカ”なのだとすれば、境界カオスに存在する、もう一人の僕、それが、”オリジナル”なのだろうか? おそらく、そうなのだろう。なんとなく、そんな気がする。想像や憶測といった、そんな曖昧なものではなく、僕には、彼との繋がりが確実に存在しているのだ。

 僕は、元日から、僕そのものに何か違和感のようなものを感じていた。僕が、僕自身でないような、そんな違和感だ。その違和感は、日増しに大きくなっていった。特に、幾何学的楽園ジオメトリック・エデン唯我独尊インビンシブルヴァニティを使った時から、それが顕著になっていった。あの時、あの瞬間、彼……もう一人の僕との繋がりに気付いた。彼は、ずっと、境界カオスに存在していた。僕が、何度も何度も、この世界のループを経験している間、彼は、ずっと、あの境界カオスに存在していたんだ。


 そもそも、僕の性格がこんな感じなのも、感情の起伏がフラットだったりするのも、それらの要因によって作り出された、偽りの仮面ペルソナ。愛唯に、神社の一件で『関わりたくない』と僕が言ったのも、ミィコに『影が薄い』と僕が言われたのも、今考えてみれば、僕が、”レプリカ”だったから、なのかもしれない。本来の“鳳城 さとり”は、もっと、直情的で、自信に満ちていて、愛唯のお願いを断ったりしない、そんな人間だったのかもしれない。

 そうだ、確かに、そうなんだ。僕の昔の記憶、それについて、深く考えようとしてこなかった。幼い頃、銀太と初めて会ったあの日、数名に囲まれていたところを銀太に助けられたあの日、僕は、あの人数に勝てる気でいたんだ。いつだって、愛唯と、銀太、二人のリーダーであり続けたいと思っていた。そして、愛唯は、僕にとって都合のいい存在だったのかもしれない……彼女の底抜けの明るさと、僕に対する底なしの愛情、それらを僕が独占できるのだから。銀太のことは、単純で扱いやすい人間だと感じていた……僕を守るためならどんな手段も厭わない、彼は最高のボディガードだ。僕に友達と言える友達が、愛唯と銀太しかいないというのも、そのほか、すべての人間は、利用できるところで利用して、使い捨てる――くらいにしか考えていなかったのだろう。

 そう、僕は、自我エゴに満ちていた。本来の僕は、よく言えば……人間らしい人間、悪く言えば……いわゆる、クズだ――


 藍里は、うつむいたまま、僕の顔を見ようともしない。そうだろう、君は、すべてを知っていた? 藍里、君の考えが、僕にはわからない――

 僕が、彼と接点を持つことも、僕が、イオから自分の正体を告げられることも、僕が、僕のオリジナルの存在を知ることも、僕が、境界カオスの存在に気が付くことも――藍里、君は、すべてを知っていたんだね? 藍里、君は……君は、いったい?

 

 ――ドン、ドン、ドン! と、店のドアを叩く音が聞こえる。

「畜生! やりやがったな! てめえら、出てきやがれ! 俺は、絶対に、許さないからな!」

 外から口汚く煽る若い男の声。なんだか、どこかで聞いたことが……ある?

 僕ら一同、一斉に顔を見合わせる。

「そんな、叩かなくても、鍵は開いているから入ってきなさいな」

 アンリさんの大人の対応。

「お、おう、そうか……」

 それに対し、外の人物は意外にも素直な感じで、そう言った。

「そうよ、まったく。ドアが壊れるじゃない!」

 アンリさんは、外の相手にご立腹の様子。

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