久慈と八神

 ――観覧車前広場。


 ちょっと急ぎすぎたせいか、僕についていくのがやっとだったという感じのミィコは、随分と息を切らしている。

 普段から銀太に鍛えられている僕は、多少の全力疾走くらいなんてことはない。


 観覧車前の広場には、なにやら人だかりができていた。

 僕とミィコは人だかりを割って入っていく――


 人だかりの中央には――なんと、藍里が二人組の男相手に、どこで手に入れたのか、イヌーイの錫杖を振り回しながら応戦している。見事なまでのその棒さばきに、二人組の男は翻弄され、藍里に手も足も出ないといった様子だ。

 派手なスーツの男は、藍里に素早い蹴りを浴びせていくが、錫杖で軽く受け流される。短パンにタンクトップの浅黒い男は、リズミカルなパンチで藍里を攻撃しているが、藍里の持つ錫杖で、その拳を撃ち返されるたびに、その男は苦痛に満ちた表情を見せる。

 錫杖を持つ藍里に、一切の隙はなく――その姿はまるで、宙を舞う蝶の如く、錫杖から散る光は星屑スターダスト。天に輝く数多の星々と共に、相手の攻撃をそよ風のように受け流す――

「さとりん! 早く助けてよ! なにやってるの!?」

 藍里に見とれていた僕は、僕を発見して駆け寄ってきた愛唯の一言により、現実へと引き戻された。

「愛唯! いったい、藍里に何が!?」

 藍里のピンチだと聞かされて、僕らは急いで駆けつけてきたのだが、二人の男を相手に余裕すら見せている藍里のその雄姿は、まさにヒーローそのものだ。

 ここに集まっている人たちも、これが一種のヒーローショーだと勘違いしているのだろう。 

「説明は後! キックの奴と、パンチの奴、二人相手にしている藍里ちゃんの身にもなって!」

「ああ、うん!」

 僕は慌てて藍里の助太刀に入った。


 キック男は、派手なスーツにその身を包み、ジャラジャラと下品な金色の光を放つアクセサリー類を身に付けている。パンチ男は、派手な髪色にラフな格好で、タンクトップにダボダボの短パン、バスケットシューズを身に付けている。

 藍里の横に立って僕は構える。いや、格闘術とか知らないけど、とりあえずは銀太がやっていたように真似て構える。

「藍里! 大丈夫!?」

「さとりくん、どうしてここに?」

 藍里は、なんだか不服そうな感じの表情で僕の顔を見る。その表情から察するに、僕はこの場にいるべきではないのだろう。つまり、ここに来るべきではなかったのだ。

「え、だって――」

 僕が藍里に言い訳がましく返事をしようとすると、パンチ男が僕に攻撃を仕掛けてきた!

「おいおい、俺たちの目の前でイチャついてんなよ!」

  

 ――僕はその攻撃をすんでのところでかわす。

「あんたら、いったい何者――」

 僕が聞こうとするが、相手は聞く耳も持たずに攻撃してくる。


 ワン、ツー、ワン、ツー、ワン、ツー、ストレート――


 攻撃が速すぎる――戦闘経験のない僕には、到底互角にやり合える相手ではない。

「ハッ! なんだよ、彼女より弱いじゃねえか、お前!」

 嘘だろ……藍里、こんなのを二人も相手にしていたなんて――君は、いったい!?


 ダメだ、攻撃を避け切れない! 次第に、僕は相手のジャブを何発か被弾し始め、その痛みにより、地に膝を付けることになってしまった。

「マジか、ヤバい……」

 僕は次の被弾を覚悟する……! 地に膝をつき、パンチ男を見上げる僕の顔面に、男の拳が迫る――が、その瞬間、僕の目の前でその拳が止まった。寸止めだ。

「ああ、拍子抜けだ! コイツぁ、弱ええな。雑魚だ、雑魚。彼女を助けに来たつもりが、その彼女の足元にも及ばないなんて、傑作だろ! こんなの! お前、お荷物になってんじゃん!」

 パンチ男は、僕を指さし、僕のことをあざ笑っている。なんという屈辱……僕は、この場に、来るべきじゃなかったんだ。大人しく、藍里がこいつらを倒すまで、愛唯の横で傍観しているべきだったんだ。

「サトリ!」

 ミィコの呼び声――次の瞬間、ミィコが手にしていた肉球ぷにぷにロッドをパンチ男に向かって投げつけた!

 ――が、パンチ男がひょいとそれをかわし、外れた肉球ぷにぷにロッドは力なく地面に転がった。


「なにしやがる――あ、おい、『八神』! あの娘、“星“じゃねえか? コイツも”ネメシス“と一緒に連れて行けば、教祖様はえらくお喜びになるだろう!」

 パンチ男はミィコを指さしてそう叫んでいる。八神? キック男は八神というのか。“星“とはミィコのことは? じゃあ、”ネメシス“とは……藍里か? それに、教祖……まさか、カルト教団の連中か!?

「ああ、確かに、そのようだな。『久慈』、そんな雑魚は放っておいて、お前は“星“を連れて戻れ。”ネメシス“は俺がなんとかする」

 八神と呼ばれた男はそう叫んだ。久慈? こいつ、パンチ男は久慈というのか。

「あいよ! んじゃ、悪いが、お前なんかに構っている暇はなくなったんでな。これで、終わりにしてやんよ!」

 久慈は、僕に向かって重たそうな右ストレートを打ち込んできた――僕も、ここまでか。


 僕がすべてを諦めようとした、その瞬間――

「そうはさせません!」

 藍里が錫杖で久慈の腕を弾き返した!

「うおおぉぉぉ、痛ってええぇぇ、痛ってええよおおぉぉ……」

 久慈は弾かれた腕を抑え、とんでもなく痛がっている。

『おおおお……』

 藍里の見事なまでの動きで人だかりに歓声が沸く。

 藍里は僕にそっと手を差し伸べ、そっと微笑む。陽の光によって、その藍里の顔が良く見えないのだが、優しく僕をいたわるようにして、微笑んでくれている、その口元だけは微かに見えた。その藍里の微笑みが、僕に、今一度、立ち上がる勇気と希望をくれた。

「あ、藍里……」

 僕は藍里に救われた。なんだか、僕が藍里の助太刀に入ったのに、これでは情けなくなってしまう。せっかく、藍里に与えてもらえた勇気と希望が、一瞬でしぼんでしまいそうだ。


 だが、僕を助け、手を差し伸べてくれた藍里、その行動が、相手に立て直しの時間を与える絶好のチャンスになってしまった。

「久慈、今がチャンスだ」

「くそ、痛ええ、おい、八神、やるか?」

 八神と呼ばれている男が、上着を脱ぎ捨て、深く呼吸をしてから片手を強く握りしめ、その拳を前に突き出す。

 そして、八神の隣で久慈も同じ構えをすると、赤黒いオーラが二人の身に纏わりついていった。

「久慈、俺の霊障オーラ、無駄にするなよ」

「ハッ! お前こそ、自分の力を過信してんじゃねえぞ!?」

 禍々しい赤黒いオーラが八神と久慈を包み込み、二人が藍里を睨みつけている。

 僕は、僕はいったい何をやっているんだ!? 落ち着け、落ち着いて、僕の能力を発動させるんだ! ――動け!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る