メーメーに癒されて
『ちょっと! さとりちゃん、ミィコ! 藍里ちゃんに何をしたの!?』
その時、突然、物凄い剣幕で雪音さんが念話を飛ばしてきた。
『ユキネ!』
『雪音さん! 僕たちは何もしていません!』
誤解を解こうとしていたところ、抜け殻になっていた藍里がモソモソと動き始めた。
『あ、あれ、ごめんなさい! ち、違うんです! 私、あの時、ちょっとやりすぎちゃって、遺跡壊しちゃって、失敗しちゃったから――そしたら私、落ち込んじゃって、それで気が付いたら現実世界に戻されていて……』
なんだろう、いつもの藍里らしくない慌てぶりだ。一連の出来事がよっぽどショックだったのだろうか。
『雪音さん、向こうで藍里の事情聴いてあげなかったんですか……』
僕はそんな藍里が不憫で、ちょこっとだけ雪音さんを責めてしまった。
『だ、だって、ほら、向こうで藍里ちゃん、ちょっと涙目になってたから、貴方たちが何かしたのかと思って!』
なんと、雪音さんは僕らのことを誤解しているようだ。ミィコならまだしも、僕が藍里に意地悪なことするわけがない!
『涙目にはなっていません! 多分!』
『ユキネ! やめてあげて!』
ミィコが雪音さんに言っている言葉、どこかで聞いたことがあると思ったら、さっき僕がミィコに言った言葉だった。
『とにかく、雪音さん! さっき、迷い込んだ遺跡の中で藍里がすごい大活躍をしてくれて、そのおかげで僕たちは救われたんです!』
『そうです! アイリのおかげで無事脱出できました! あの後もアンデッドの群れに襲われてしまって、その時はアイリがいなくてもうダメかと思ったくらいです!』
僕らは全力でフォローした――というか、それが紛れもない事実だ。
『ごめんなさい、私、肝心なところでいなくなっちゃって……』
藍里はバツが悪そうだ。
僕も突然、向こうの世界に戻されたりしているので、なんとなく藍里の気持ちが分かる。こっちの世界に雪音さんと入りなおすたび、二人に悪い気がしてならない。
それと、戻ってきたときになんとなく居づらいというか、場違いな感じがしないでもない。
『とにかく、みんな仲良く冒険してて偉い! 特に問題なさそうだから私は戻ってるね。じゃね~』
そう言って、雪音さんは早々に現実世界へと戻っていった――
「藍里、さっきのことは気にしないで。僕なんて失敗してばかりだし、何かあればすぐ向こうの世界に戻されてるし……」
「そうですね、サトリはあり得ないです。ゴミ箱行きです」
ミィコは相変わらず僕に対する表現が辛辣だ。きっと、これも一種の愛情表現なのだろう! そうだろう!
「うん、ありがとう! 私、いきなり戻されていたから、ちょっと、びっくりしちゃって!」
「うんうん、あれはびっくりする」
藍里が動揺するのも分かる気がする……いきなり戻された時の状態、心と体の剥離というのだろうか、そんな感覚が非常にきつい。
「ミコはそんなびっくりしたくないです!」
気付けば、僕らはいつもの感じに戻っていた。
そう、あの気まずさは一瞬なのだ。きっかけ一つで気まずさは消える――僕は、そう、信じていたい――
藍里の体がこちらの世界に馴染むまで、しばらくの間、僕らはその場で休んでいた。
ふと、ミィコが立ち上がる。
「サトリ、アイリ、港町まで急がないと日が暮れてしまいます。急ぎましょう」
「そうだね、行こうか」
「行きましょう!」
僕と藍里も立ち上がり、荷物を担ぎ上げて出発の準備をする。
そうして、僕らは遺跡を後に、目的地である港町を目指して歩み始めた。
――この世界に来て、色々と考えさせられることも多かった。
人間関係とか、自分自身とか、世界が美しいということ、とか。
ゆったりとした時間の中で過ごすこの世界は、僕に大切なことを教えてくれる。愛唯がいて、銀太がいて、恵まれた環境の中で生ぬるい生活を送っていた。向上心もなく、ただ、平均的な自分に満足していた。でもそれは、愛唯と銀太が傍にいてくれていたから、頼れる二人がいつも傍にいてくれる、僕は頼るだけでいい。そんな自分でもよかった。それで満足できていたのだ。
頼れる相手がいる。それはすごくいいことなのかもしれない――でも、頼られるって意外と悪くない。藍里とミィコ、頼った分だけ頼ってもらえる、そんな相互関係がとても心地よい。ある意味、これもぬるま湯なのかもしれない。
それでも、僕は少しだけ成長したような気がした――
――港町『メーメニア』。
黄昏時、辺りは薄暗くなってきているが――そのおかげか高台から見える港の景色は、黄金郷のように彩られていてとても幻想的だ。
高台から見下ろす港町は絶景そのものだった――
僕らのいる高台から続く細長い階段が、小さな町の入り口へと繋がっていた。
「やっと到着ですよ!」
ミィコはそう言うと階段を駆け下り、町に向かい始めた。
「転ばないように気を付けて!」
僕はミィコに言った。
「子ども扱いしないでください!」
ミィコはそんな言い方をした僕に怒っているようだ。
――そんな僕らを見て、藍里はニコニコしている。
僕はニコニコしている藍里と二人きりだ。
「メーメー、楽しみですね~」
「え、メーメー? う、うん、そうだね」
藍里はメーメーとやらに会えるのが楽しみすぎてニコニコしていたらしい。というか、こういう状況で気まずくならないだけマシかもしれない。
僕らはそのままゆっくりとしたペースで階段を下り、町へと入った。
すると――
「さとりくん、私、この世界のこと、好きです」
「え、あ、うん、僕も好き、かな」
なんだか、藍里の『好き』に少しだけドキっとしてしまった僕がいる。
「ですよね! あ、メーメーの小屋みたいなの発見です!」
藍里はそう言ってから、満面の笑みで『メーメー』を探しに行った。
というか、なんでメーメーとやらが港町にいることを藍里は知っているのだろう? 首都にそんな情報があったのなら、それだけ僕が周りを見ることができていなかったという証拠だ。
こういう世界では情報がとても大事なのだが、情報収集なんかは二人に頼りすぎていて、僕は戦うことしか考えていなかった――つまり、僕は脳筋そのものだったわけだ。
そんなことを考えつつ、僕は藍里の後を追った。
「見てください! さとりくん! メーメーです!」
そういう藍里は羊のような獣をナデナデしている。
「確かに、メーメーだ」
僕も、藍里がナデナデしている羊のような獣をナデナデしてみる。
「楽しいですね! さとりくん!」
藍里の目は、いつにも増して輝いて見える。
「そ、そうだね……」
そうして、僕と藍里はしばらくの間、この羊のような獣と戯れていた。
「サトリ! アイリ! こんなところで道草を食っていたのですか!」
僕はミィコのことをすっかりと忘れていた! ごめんミィコ、可哀想に……。
「あ、ごめんね、ミコちゃん。 メーメーが可愛くてつい……」
「た、確かにモフモフしていて可愛いです……」
そう言ってミィコは、羊のような獣のメーメーを触り始めた。
この獣、家畜のようだけど、町の外に生息しているモンスターたちと何が違うのだろう? ちょっと不思議だ。
こうして、藍里とミィコが満足いくまで羊のような獣と戯れた後、僕らは宿屋に向かう。
辺りは既に真っ暗だったが、町中に点在するかがり火によって明るく照らされていた。
「宿の部屋は先に取っておきました。荷物を置いたら食事を調達してきましょう」
ミィコはそう言って部屋まで案内してくれた。部屋は狭く、小さなテーブルと寝床らしき場所が一つだけ。天井にはろうそくランタンがかかっている。
「勘違いしないでください。ちゃんと人数分の部屋を取ってありますので」
なるほど、そういうことか――
ちょっと寂しい気もするが、当然と言えば当然だし、一人でぐっすりと眠れそうだから、そう考えると、これもまあ悪くもない。
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