偉大なるシーフの魂

 僕は階段を下りて、酒場の様子を観察した。この時間になると酒場は混雑して賑やかになっている。藍里とミィコが隅の席で見取り図を見ながら色々なアイテムをテーブルの上に乗せて話し合っている。

 どこから持ってきたのか、チェスの駒を見取り図の上に置いて、それを目印にしているようだ。

 テーブルに近づく僕に二人は気が付いたようだ。

「あ、さとりくん、ミコちゃんと二人で潜入から脱出までほぼ完ぺきなルートを導き出しました!」

「サトリ、その様子だと鍵開けも上手くいったみたいですね」

「ああ、うん、準備OKだよ」


 そのまま、二人のいるテーブルにつき、その上に広げられている城内の見取り図を眺めてみた。

「サトリ、城壁には衛兵が数人配備されていて、その数人が巡回しています。そして、城壁の隅には城壁塔があり、この城壁塔から中庭に出られます。衛兵が塔から遠ざかったところに、このフック付きロープで塔付近の城壁によじ登り、塔を下って中庭に出るんです」

 ミィコはそう言いながら、ナイトの駒を城壁から中庭に移動させた。

「もし、塔内に衛兵がいたら?」

 僕は城壁の部分に置かれているポーンの駒、衛兵を指さしてミィコに聞いた。

「いい質問ですね、サトリ。塔内に衛兵がいた場合、サトリは拘束されて牢獄行きになるでしょう」

「え……それはちょっと」

「冗談はさておきです。最悪の場合、作戦は中止しです。そのまま城壁に戻り、城内からの脱出を試みてください」

「了解」

 僕はちょっとだけホッとした。ミィコのことだから、『そのまま突っ込め』とか言うのではないかと内心ビクビクしていた。


「それとね、さとりくん。もう、どうしようもないっていう時には、これを飲んでください」

 そう言って藍里は僕に緑色の液体が入った小瓶を手渡した――追い詰められたら服毒しろというのか!?

「こ、これは……毒?」

「ううん、見た目はものすごく毒々しいのですけど、これはいわゆる“透明薬”です。でも、体を透明にするとかそういうのじゃなくて、その人の存在そのものを分かりにくくするのだとか……?」

「なんだろう、飲むと体から光学迷彩的な何かが自身の周りに放出されるみたいな?」

「うーん、たぶん? 何かがいる、でもそれがなんなのか認識できない、そんな感じみたいです」

「サトリは影が薄いのでそのままで大丈夫な気もします」

 ミィコは僕の心に鋭い刃を突き立ててきた。

「と、とにかく、発見されそうになったら、僕は潔く諦めてこの薬を飲むよ」

「はい――あ、さとりくん、その薬、効果時間がとても短いのと、飲んだ瞬間から一気に体力が削られていくので、タイミングに気を付けてください。効果が切れてしまう頃には、身動き一つできなくなるかもしれません!」

 藍里は相変わらず恐ろしいことをしれっと告げてくる。

「了解しました……」

 僕は思った――『絶対にそんなピンチに陥らないぞ!』と。


「では、話を戻して、中庭からです。城壁塔から中庭に出たら、巡回中の衛兵に気付かれないように城内に潜入します。この見取り図を見てください。まっすぐ行けば玉座の間、左側の部屋から階段を下りれば牢獄、右側の部屋から階段を下りれば武器庫になっていて、その武器庫には隠し通路があり、その奥が宝物庫となります」

 ミィコは見取り図の城壁塔の近くに置いてあるナイトの駒を、中庭に置いてあるポーンの駒の合間を縫って、中庭から武器庫の入り口まで移動させた。

「なるほど、隠し通路か」

「そうです、この位置から宝物庫に繋がっています」

 ミィコはナイトの駒を武器庫の奥へと移動させ、そこから駒を見取り図上には何もない場所へと移動させた。

 そんなことまで明確に把握しているミィコのサーチ能力には、もはや脱帽だ。

「鍵開けのポイントは三か所。武器庫の扉と宝物庫の扉、そして、とてつもない力を秘めた武器が厳重に保管されている宝箱の鍵です。ミコが街で集めたうわさ話によれば、その宝箱の中身は竜殺しの大剣、『魔剣グラジール』だと言われています。それと、この背中用の『ソードベルト』も渡しておきます」

 ミィコから剣帯を受け取った。魔剣を手に入れたら、それを背負って脱出するということなのだろう。なるほど。

 それよりも、僕はミィコの言う『魔剣グラジール』というものの語源について少し気になった……が、深く考えないでおこうと考えを改めた。


「さとりくん、隠し通路の先は真っ暗なので、潜入直前にこの『キャットアイ』というポーションを飲んでおいてください。効果時間も比較的長くて、本物の猫の目とは違い、真っ暗闇でもちゃんと見えるはずです! それに、暗視と違って強い光を受けても平気みたいです」

 藍里から灰色っぽい液体が入った小瓶を渡された。実は、『効果が日中にも切れなくて、強い日差しで目が焼ける!』とか言われたらどうしようかと僕は思った。

 そんなこと言われる気配がないので、少しだけ安心した――安心して、いいんだよね? 藍里さん?


「それでは、サトリ、準備はいいですか? 後戻りできませんよ」

「――大丈夫、問題ないよ」

 僕は一呼吸おいてからそう答えた。

「さとりくん、ダメです。それは悪い予感がします! まずは部屋でちゃんと着替えて、入念に装備チェックをしてきてください。そうしたら、外に出ましょう。そこで私とミコちゃんで装備チェックを入念に行います。そこで問題なければ出発です!」

 藍里に猛烈なダメ出しをされたが、失敗の予兆を断ち切ってもらえたような気がして、僕の緊張が少しだけほぐれた。


 ――僕は部屋に戻り、忍び装束を身に纏った。

 光を吸収する黒い繊維にしっかりと肌に密着する裏地。その造形や材質は――なんというか、どこからどう見てもポストモダン的なものだ――いいのか、これ?

 武器は『シーブズナイフ』が一本だけ。これは光を反射させない真っ黒なナイフだ。

 そのナイフと、アイテムが詰まっているポーチを腰のベルトに装着する。

 腰のポーチには必要な道具類が用意されているほか、ポーチの外側に小瓶専用の収納が付いていて、ポーチを開けなくてもすぐに取り出せるようになっている。

 そこに藍里からもらった透明薬、スタミナ回復薬、生命力回復薬、切り札として身体能力ブーストポーション等の小瓶を収納している。

 最後に、フックのついたロープを肩にかけて――準備万端だ。


 ――僕は部屋を出て一階に下りた。相変わらず酒場は賑わっている。

 僕は人目につかないように、店の隅の方を通って外に出た。


 藍里とミィコが店先で待機している。

「わあ、さとりくん、思ったより近未来的な外見ですね! 世界観ぶち壊し的な!」

 藍里が痛いところを突いてきた。この装備、確かにこの世界に存在していたらダメな気がする。

「サトリ、それはそれでカッコいいと思います。世界観、ぶち壊していきましょう!」

 ミィコは世界観をぶち壊していきたいらしい。

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