男前だよ、アンリさん

「まあ、なんか、ごめんね。ホント。アンタたちに危害を加えるつもりは一切なかったのよ。それにしても、アユミが、ちょっとだけ頭のネジが外れちゃっている子で助かったね……」

 そう言って、アンリさんは藍里の頭をポンポンと撫でた。いや、そもそも、アユミという人の頭のネジが少しでも外れていなかったら、こんなことにはなっていなかったんじゃ……?


「アンリさん、僕たちにこんなことまでして……いったい、何が目的なんですか?」

 本心は内に秘めたまま、僕は思い切って目的を聞いてみた。

 ガタイの良いアンリさんは、力尽きたアユミを『よっこらしょ』と持ち上げてからこちらを見た。

「要点だけ話すわね。政府からの依頼で、海風 藍里と接触するように伝えられた。それで、政府の人間に一度会ってもらうために予定を調整してもらおうとしてたのよ。後、そこのアンタ、さとりくん、アンタがとても危険な能力の持ち主かもしれないってことで、私たちはアンタを警戒していたの」

 アンリさんは僕を指差しそう言った。

「いや、危険な能力の持ち主どころか、僕に能力があることさえ知りませんでしたよ」

 僕は必死になって伝えた。

「そのようね。それに、藍里ちゃんには能力もないようだし、政府と関係あるのかどうか――」

「あの、私の父、政府の研究機関でお仕事しているって聞いていたので、それと何か関係があることなのでしょうか!? それなら、私、行かなくちゃ……」

 藍里が不安そうにする。

「ちょっと待ちなさいな。それが本当なら、政府の人間と直接会わせるのは事情を聞いてからの方がいいわね。表立って藍里ちゃんを狙ったりはしないって話だし、依頼した政府の人間は信用できる人だから、アタシからもう一度聞いてみるわ。そしたら、藍里ちゃんにもう一度協力をお願いするかもしれないけど、いい?」

「はい、私は構いません。明日からも、私たちは普段通りの生活をしていて平気なのでしょうか?」

「もちろんよ。政府も藍里ちゃんの所在が分かっていれば手出しはしないみたいだから。だから、いつも通りに生活していなさい」

 藍里の質問にアンリさんは答えた。

「分かりました」

 藍里はそう言って頷く。


 アンリさんは藍里との話が終わり、今度は僕をまじまじと見始めたかと思うと、アユミを引きずりながら僕の傍に近寄ってくる。

 アンリさんが僕の耳元に顔を近づけ、小声で話しかけてきた――

「なんで居場所が分かったのか不思議でしょう? アタシには能力者とアタシが遭遇するタイミングがわかっちゃうのよ。ま、遭遇って言い方は変なのかもしれないけどね……その、タイミングを『知る』時点では間違いなく遭遇なんだけど、そこから出会うタイミングを意図的に合わせるように、こうしてアタシから出向いちゃっているわけだから……これが遭遇って言えるのかどうかは微妙なとこなんだけどねぇ。ま、細かいことは気にしない!」

 アンリさんは僕の背中をバンッと叩いた後、筋肉質で極太の腕を僕の首に回していた。

「は、はい……」

 僕は色々な意味でこの状況を危険だと感じていた。アンリさんは僕に顔を近づけてくる。

「それと――アンタ、愛唯ちゃんと仲がいいんだってね」

 え、何を急に!? 僕は焦った。そして、小声で返す。

「え、ま、まあ……」

「アンタ、浮気はよくないわよ、クズ男なの? それより、愛唯ちゃんはウチで面倒見ているから、今は藍里ちゃんのことだけ見てなさい。実を言うとね、愛唯ちゃんの能力はすごく厄介なの。だから、アタシがいいっていうまでは、できるだけ愛唯ちゃんから離れていなさい。いいわね? 普段通りに接しつつ、決して、愛唯ちゃんを刺激してはダメよ」


 他人の恋路を邪魔する奴は何とやら、という言葉を思い出したが、アンリさんの人柄から、何か事情があってなんだろうと思った。

 しかし、普段通りで、それでいて、離れていろ、とは難しい注文だ。

「分かりました。何かそれには事情があるのでしょうけど……愛唯のこと、よろしくお願いします」

 僕は丁寧に返した。

「よろしい。それとね、愛唯ちゃんってかわいい彼女がいるんだから、浮気なんてしたらアタシが許さないからね」

「いや、愛唯は彼女じゃないですし! それに、浮気なんてしませんし!」

 僕は慌てふためいていた。


「ま、いいわ」

 アンリさんがそう言って離れようとしたので、僕は気になっていることを勢いで尋ねた。

「あの、アンリさん、昨日、アンリさんが引きずっていったリーゼントの人、ヤギ男の生首を持ったままのように見えたのですが、その後、どうされたのですか?」

「ちょっと、アンタ、愛唯ちゃんと全く同じことを聞くのね。そんな首、どこにもなかったわよ。見間違いじゃなくて?」

「そ、そうかもしれません……でも、愛唯も同じこと聞いていたんですね」

「なんだかんだで、アンタたち、お似合いなのかもね。ま、愛唯ちゃんのこと、大事にしてあげなさい」

「はい」

 愛唯は、アンリさんのところで案外元気にやっているのかもしれない。


 そうして、アンリさんは、アユミをズルズルと引きずって僕から少しだけ離れた。

「アンタたち、しばらく大変なことが多いかもしれないけど、一人より二人。日中は、できるだけ二人一緒に居なさいね。それと、何かあったらここに連絡して」

 そういうと、アンリさんは僕に喫茶アンリ&マユの名刺を手渡した。

「それじゃ、二人とも、今日はごめんなさいね。気を付けて帰ってね」

 アンリさんはアユミをズルズルと引きずりながら駅方面へと歩いて行った。

 それにしても、あのアユミって人、真面目に魔法を使ったら、町の一つや二つ、簡単に吹き飛ばせそうなのだけど……末恐ろしい。

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