怪談「古い学級日誌」
Tes🐾
第1話
Uさんが中学生だったころ、奇妙な出来事があった。
事の始まりは夏休み明けの初日で、その日Uさんは日直だった。日直の仕事は朝の会、帰りの会の進行やプリント集めのほか、学級日誌を書くというものがある。その日の天気や時間割を書き込み、最期に感想を書き込むという、おおよそ一般的なそれだ。
ただ、そこは中学生。ただ事務的に書くだけでは面白みがないということで、感想で大喜利をしたり、イラストを描いたり、中には暗号文で書く人もいたのだとか。さらには担任もそれに乗っかって返しを書くものだから、みんな熱が入った。とはいえ、Uさん自身は平凡な書き方をする方で、どちらかと言えば読んで楽しむ派だったという。
だからその日、先生が新しい学級日誌を持ってくると、前の日誌が読めないと少しがっかりした。
しかもその学級日誌が新品のわりには色褪せ、どこか古めかしい。聞くと、夏休み中の倉庫整理で未使用の古い学級日誌が数冊見つかり、捨てるのももったいないので、うちのクラスで使うことにした、ということだった。
とはいえ、その時はただ古い日誌というだけで、他に何も感じはしなかった。
異変に気がついたのは、翌週のことだ。
Uさんはこの間の反省から、日直でない日にも学級日誌を読もうと考えていた。
そこで日直の子に頼んで学級日誌を見せてもらったのだが、なんだか一週間経ったにしては記述が少ない。どうもいくつかページが抜け落ちているようだった。
確認するとUさんが書いたページも無い。その綴じ込み部分をよく見てみると、切れたページの一部が残っていた。きれいな切り口だったので、事故での紛失ではなく誰かが切り取ったようだ。
日直の子と、これはおかしいという話しになり、すぐに担任の先生にそのことを伝えに向かった。
すると、それまで他の生徒と和やかに喋っていた先生が、急にバツの悪そうな顔をした。
「ああ、ちょっと先生たちの資料で使おうと思ってな。切り取らせてもらったんだ」
「そんな。せっかく読もうと思ってたのに」
「うーん、資料として出しちゃうから、本当にごめんな」
使い終わった後でもいいと言ったのだが、教員用の資料になるからそれも難しいという。
Uさんは泣く泣く諦めたのだが、それからも度々ページが抜け落ちることがあった。
それからひと月ほど経ったある日。
すべての授業が終わり、帰りの会の時間になると、いつになく険しい表情の担任がやって来た。
そして、日直に進行を任せるところを止めて、そのまま自ら教壇に立って言う。
「正直に答えてほしいんだが、このクラスでいじめはあるか?」
クラスがざわつく。
それは寝耳に水だった。少なくともUさんは、これまでいじめに関することを見たことも聞いたこともなかった。
それから生徒に目を瞑らせ、いじめに関する質問をして手を上げさせたりもしたが、クラスの雰囲気は変わらない。誰もがいじめをしていないし、そんなところを見たこともない、と口々に言う。
けれど、担任は釈然としない様子で、教壇に置いていたファイルから数枚の紙を取り出して見せた。
「最近、日誌に時々いじめに関することが書かれててな」
それは学級日誌のページだった。
なんでも新学期に入ってから「いじめられているので助けてほしい」という趣旨の一文が、日誌の感想の欄に書き込まれるようになっていたのだという。ただ、書き込まれる日はばらばらで、日直ではなく誰か別の人間がこっそり書いたかもしれない、とのことだった。
その後、いじめの書き込みがあった日の日直が話を聞かれることとなり、Uさんも生徒指導室に呼ばれた。
そこで自分が書いたページを見せられて驚いた。
そこにはUさんが書いた平凡な感想の後、
『今日は教科書を捨てられた。もう嫌だ、助けて』
と書かれていたのだ。
当然、Uさんはそんなことを書いた覚えはなく、書きそうな人も知らない。
結局、その後も誰が書いたか判然としないまま、その日は帰された。
しかし翌日の朝の会、事態は一転する。
「昨日の学級日誌のことに関してなんだが、あれはどうもイタズラだったみたいだ。だから気にしなくていい」
それは本当にいきなりだった。
再びクラスがざわつくも、先生はそれ以上の説明をせずに切り上げてしまう。
だが、昨日見せられた日誌のページ――そこに書き込まれていた文字と筆跡に浮かぶ悲痛さは、とてもイタズラで作られたとは思えなかったという。
そうして未だ喧騒の鳴り止まぬ中、教壇から降りた先生がUさんの元にやって来た。奇しくも、その日はUさんが日直で、学級日誌を渡される。
渡された学級日誌は再び新品だった。
それも、いくつか見つかったという古い物ではなく、以前の新しいタイプに戻されていた。
それから「あの学級日誌は呪われていた」という話しが、瞬く間に学年中へと広がったのだそうだ。
怪談「古い学級日誌」 Tes🐾 @testes
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