出会いと始まり

GW1日目 前編


 俺は、何の変哲もないただの高校生だ。


 ゴールデンウィークの初日の朝、俺は実家である寂れた神社の蔵の整理を神主である親父から言いつけられていた。


「いいか?あそこには古い書物とかもあるんだからくれぐれも粗相の無いようにしろよ」

 とまぁいつもの小言と共に半ば追い出されるような形で蔵へとやってきたのだが……。


「うわーこれって漫画に出てきそうな剣だよなー、っておいおい刀じゃねーかコレ!」

 鞘に入ったままの日本刀を見つけた瞬間俺の心は完全に浮き足立っていた。

 ついさっきまで嫌々やってた作業だったがテンション爆上げの今はもうそんな事など頭の中から吹っ飛んだ。


 そして鞘から少しだけ刃を抜き出してみた時、ソレは起こった。


「え?」

 その時、刀身が強く輝いた。一瞬目の前が暗くなり意識が遠ざかりかけ、頭部に激痛が走る。

「痛っ」


 どうやらふらついた拍子に棚にあった物でも頭の上に落ちてしまったらしい。

「はぁ、粗忽者め」

 そんな誰かの響いた気がした。


 そこで俺の記憶は一旦途切れる。


 ****


 ふと、目が覚めると俺は折り曲げた座布団を枕に居間の畳の上に転がされていた。


「目が覚めたか」

 居間の襖を開け神職の服装である白衣を纏った親父が入ってくる。

 中肉中背の40代サラリーマンと言ってほとんどの人が想像するであろう姿形に白衣が全く似合っていない。


「親父?」

「まったくあれ程注意して作業しろと言ったのに。

 割れた物が大したものでは無くて本当に良かった」

「俺の心配は無しかよ親父」

「馬鹿者、自業自得だ。

 それにたんこぶが出来てるだけだ、大した事は無い。

 これで冷やしておけ」

 そう言って親父は俺に氷嚢を放り投げる。


 それをキャッチし頭に載せるとひんやりとした感覚が広がり気持ちが良い。

 しかしなんだかまだ頭がズキズキとする。


「それで何があったんだ?」

「ん?ああそうだ、あの日本刀を抜こうとしてたら急に眩しく光ってな。

 めまいがして棚にぶつかったら上から物が落ちてきたんだ」

「 日本刀? そんな物落ちてなかったぞ」

「いやここに確かにあったって! ほら良く時代劇なんかに出てくるような黒い鞘に入った! 見た感じ相当年代物のようだったけど……」


「すまんがお前が言っているようなものは全く心当たりが無いな」

「マジかよ……」

 確かに俺はこの目で日本刀を見た筈なのに……。


「しかし最近妙な事件が続いているし、本当に蔵に刀なんてものがあってそれが無くなったとしたら大変だな、誰かに持ってかれたってことだろう」

「妙な事件? 街中で人がいきなり暴れ出して、しかもその事を本人は後から思い出せないってやつだろ」


 巷では謎の連続凶悪事件としてここの所お茶の間を賑わしている。


「……まあいい。きっと気絶のショックでお前の記憶が混乱してるだけだろう。

 それより蔵の整理はもういい、鍵を閉めてしまったからな。

 次はちょっとおつかいを頼みたいんだが」


「えーせっかくのゴールデンウィークだってのに何でそんなに働かなきゃいけないんだよ。

 親父が行けばいいだろ」

「俺はこれから祭事で出かけなくちゃいけないんだよ。

 それに、お前がその石頭でかち割ったタンブラーの代金、お前の小遣いから引いてもいいんだぞ」


「わぁーったよ! で、何処行けば良いんだ?」

「立花骨董店だ」

「げっ、あそこかよ」


「何だ嫌なのか? あそこお前と同い年のお嬢さんがいるだろう」

「だからだよ。あいつ苦手なんだよ俺」

「まったく。お前だって好き嫌いができるほど友達がいるわけでもあるまいに、母さんも草葉の陰で泣いてるぞ」

「ぐっ」


 そう俺は友達がいない。俺が小学校高学年の時に母さんが交通事故で死んだ時、べそをかいていた俺を茶化した同級生の男子数人をキレて病院送りにして以来、周りから浮いてしまったのだ。


「まあ良い、早く行ってきてくれ。

 向こうにはお前が行くって伝えてあるから」

 そう言うと親父は今から出て行った。


 俺も仕方なく準備をして家を出ることにした。


 ****


 俺は駅前に向かって歩いていた。

 立花骨董店は駅前にある商店街の中にあるのだ。

 いつもならこんな人の多いところ歩きたくないのだが、今日は仕方がない。

 まぁ、何もなければすぐ帰ってこられるだろう。


 歩くこと約二十分。

 目的の場所に着いたのだが…… シャッターに張り紙が張られていて本日臨時休業となっていた。

 どうしたものかと考えていると、後ろから声をかけられた。


「あ、あの」

 振り向くと見知った人物がそこに居た。


 身長が俺の胸ほどまでしか無い小柄な少女だ。

 目元を覆い腰まで伸びた長い黒髪、野暮ったい長袖のシャツの端から覗く病的な程白い肌。

 髪で顔の表情は伺うことができないが、小刻みにブルブル震えているのが何とも気味が悪い。

 まるで幽霊か何かの様だ。


 この少女は立花骨董店の一人娘の立花雪。

 ……こいつこそ俺の苦手とする人物だ。


 ****


 雪に案内されて建物の脇にある通用口から中に入るが、なぜか店舗部分ではなく併設された住居スペースの居間に通された。


 お茶こそ出されたものの、お茶を出すと雪は俺の前に座ったまま黙り込んで固まってしまった。

 毎度の事とはいえ流石に辟易する。

 まさか一生こうしているわけにもいかないので俺は意を決して雪に話しかける


「あの雪さんや、親父から物を受け取ってくるように頼まれたんだけど話は聞いてる? おじさんは?」

 すると雪は一瞬こっちを見るような素振りをみせ(実際のところは前髪が邪魔でよくわからない) 微かに聞き取れる声量でぼそぼそと喋り始めた。

「……お、 お父さんは発掘現場の手伝いに行っちゃって。

 ……お話は聞いてます」

「じゃあそれ受け取らせて貰っても良いかな?」

「…………」

(……またか)


 実はこの立花雪という少女。父親同士が友人であり、また小学校中学校と同じ学校に通っていた同級生のため何かと付き合いはあるのだが、俺が店を訪ねるたびにある程度会話をしないと絶対に解放してくれないのだ。

 ただし自分からは絶対に話しかけてこないのでその事実がわかるまで、延々と無言で向かい合うという事態が多発した。


 ……それ以来俺はこの少女のことが苦手だった。


 ****


「あー、高校に入学して一月経ったけどもう慣れたか? 友達はできた?」


 仕方がないのでそう話しかけると、雪はコクンと頷くとやっぱり小さな声で

「うん一人だけ」

 と答えた。

「へ、へぇ」

(マジか! じゃあまだ一人も友達ができていない俺はこの幽霊もどき以下って事かよ)

 と、密かにショックを受けていると雪が言った。


「でも私に近寄ってくる人はいるよ?」

「え? そうなの?」

「うん、たまにだけど」

「どんな奴?」

「それがね、みんな私の顔をジッと見るだけで何も言わないの。

 私が何を言っても返事をしてくれないし、 ずっと黙ったままなの」


「? それはちょっと怖すぎないか?」

「そうだよね。

 だから友達ができないのかもしれない」

「おいおい……」

(……それは本物の幽霊では?)


 なんて薄ら寒い事を考えていると急に雪が大きな声(いつもの雪基準)を出して俺に問い掛けて来た。

「タ、タカ君は出来ひゃ!?」


 ちなみにタカ君とは俺の事だ。

 宍戸孝之、花の高校一年生……のはず。ボッチだが。


「ん? あー友達か、居ないよ。

 俺が友達居ないの知ってるだろ」

「そ、そうなんだ」

 それだけだとなんだか負けたようで癪なので、

「俺と話してくれる友達はお前ぐらいだよ」

 と言うと雪は口元を両手で押さえながらモジモジしながら何事か呟いている。キモい。


(なんだろう。なんか調子狂うんだよなぁ)


 そんな感じでしばらく沈黙の時間が流れた後、ふと思い出したように雪が

「預かってるもの持ってくるね」

 と、つぶやくと部屋を出て行った。

 雪が持ってきたのは風呂敷に包まれた古めかしい木箱だった。入っているのはどうやら古い巻物らしい。


 俺と雪の父親は古文書の研究が趣味でたまにこうして文書の受け渡しをするのだ。


「ありがとう。

 じゃあそろそろ帰るわ」

「待って!」

 立ち上がろうとすると、なぜか呼び止められた。


 そして俺の目の前まで来ると、

「あのっ、これあげるからまた来てね。

 絶対。約束だよ?」

 と、言いつつ小指を差し出してきた。

「はぁ? まあいいけど。

 わかった、また今度来るよ。

 それじゃあな」


 と適当に答えて俺はさっさと店を出た。


 ****


 立花骨董店を出てスマホで時刻を確かめる、ちょうど正午になるかというところだ。


 すると極度の緊張から解放された胃袋がグゥと鳴った。

「腹が……減った……」

 とある大男風に呟く。


「何か食ってくか。でも金がねえんだよな」

 家のような零細の神社では収入もたかが知れている。

 それは俺の小遣いにも大きな影響を及ぼしていた。少なくとも外食を躊躇させる程度には。


「そうだあそこ行ってみるか。

 何か食わしてくれるかも」

 ふとある人物のこと思い出し、そこに向かって俺は歩き出しのだった。


 ****


 家の神社や立花骨董店から見て、線路を挟んだ反対側の閑静な住宅街にその屋敷はあった。

 立派な門構えの日本家屋ではあったがあちこちくたびれており日頃から手入れをしていないことが伺える。

 門の脇には『伊東道場』と揮毫された看板がかけられている。


 俺は勝手知ったる他人の家とばかりに潜り戸を開き敷地内に入る。

 門を抜けた所は庭になっているのだが、庭も雑草が好き放題に生えていてとても人が住んでいる所とは思えなかった。敷地内には建物が二棟並んで建っており、そのうち一軒は二階建てでもう一軒は平屋だ。


 平屋の方に歩いていくと玄関が開け放たれていたので勝手に上がりこむ。

「おーい。爺さん居るか?」

 と言いながら、奥へ続く廊下を歩く。

 突き当たりの部屋に入ると板の間の部屋に出た。そこは二十畳ほどの広さがあり、壁には竹刀や木刀が掛けられており、 奥には床の間がある。

 この部屋だけは掃除が行き届いており埃ひとつ落ちていない。


 中央では 一人の老人が 木刀を構え素振りをしていた。

 その動作には一切激しさが無かった。 静かで滑らかに、それでいてまるで体と地面がつながっているかのような安定感があった。

 俺も思わず見とれているとやがて残心を解いた老人がこちらに向き直り

「師範と呼べと言っておろうが、この馬鹿弟子が!!」

 と、怒鳴り付けてくる。


 ……この老人こそこの道場の主で、俺の剣術の師匠伊東甚内その人である。


 ****


 俺がこの人に出会ったのは母さんが事故で死んで学校で孤立しだした頃だった。


 暴力で孤立した事による鬱憤を暴力によって発散ることを恐れた親父が、知り合いだった師範に俺を預けたのだ。


 暴力を制御するのに武術を習うというのはどういうことかと思うかもしれないが、実際に戦いの術を学んだことで怒りを制御できることになったのは確かだった。


 そのおかげで俺には友達こそできなかったがそのまま非行の道に走らなかったのはこの人のおかげだろう。


 師範は腕前も達人級で、小学校高学年時、中学時代と扱かれたおかげで俺も棒状の物さえ持てばそんじょそこらの人間には負けない腕前になった。


 ただこの爺さんにも欠点がある。

 とてつもなく偏屈で人間嫌いなのだ。

 近所の人間からも恐れられていて道場は鬼屋敷とあだ名されるほどだった。


 そんな偏屈な人物に修行を付けてもらい子供の中に溶け込めると親父は思っていたのだろうか。 謎だ。


 木刀を壁にかけ直しながら師範が尋ねてきた。

「それで馬鹿弟子、お主のような人間嫌いで出不精の男が連休の初日に何の用だ」

「その台詞は師範にだけは言われたくない……。

 立花さんのところに親父のおつかいで行ったからさ、そのついで。何か食わせてくんない?」


 師範は俺が手に持った風呂敷包みに目をやると

「まったくお主は礼儀というものを知らんのか。

 それにしてもあやつらの道楽も相変わらずだのぅ。

 まあ良い、ありあわせで良ければ食わしてやる。付いて来い」

 と言った。


「やったぜ!サンキュー!」

 と、言うなり俺は師範に付いていったのであった。

 これで食費が一食分浮いたぜ、ラッキー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る